ウェールズ公チャールズ王太子(皇太子とも)殿下は、文字どおり真に「摂政時代風」にきめた、洒脱な男だ。TPOに応じた服を、場に合わせて適切に着こなすが、決して派手だったり、これ見よがしにすぎることはない。〝ターンブル&アッサー〟のシャツ、クラブタイ、シルクのポケットチーフは見事に調和しているが、絶妙に着くずされてもいる。ロイヤル・アスコットでのグレーのスリーピースのモーニング、スコットランド・バルモラル城にて毎年夏に行われる「ブレーマー・ギャザリング」での、ハリスツイードの上着とキルトを組み合わせた着こなし。インドを訪問した際に身につけていたクリーム色のツーピースのサマースーツ。王太子はいつどんな服を着ていても快適そうだ。

チャールズ王太子が継承する「ウィンザー家」のスタイルは、1936年の「退位の危機」により形づくられた。チャールズ王太子の大伯父であるエドワード8世(後のウィンザー公)は、二度の離婚歴を持つアメリカ人女性ウォリス・シンプソンへの愛ゆえに、在任期間わずか325日で退位。この「王冠をかけた恋」と呼ばれる一連の出来事の後、弟のヨーク公アルバートが「ジョージ6世」として即位し、以後、現在の英王室の系譜へと連なることとなった。

英国を代表するスタイル・アイコン

最上段は、第二次大戦終結後に撮影されたロイヤル・ファミリーの写真。エリザベス女王(左)やアン王女(右)、そして妻であるエリザベス王太后の後ろに控えめに立つジョージ6世の佇まいが、抑えた色調のスーツやVゾーンとともに、まさに「extremegood quiet taste」だ。ジョージ6世はややゆったりとしたダブルのスーツも好んだ(写真上左)。中央の写真はチャールズ王太子とジョージ6世。下2点は近年のチャールズ王太子の写真で、ダブルのスーツにはダークカラーのジャカードタイか由緒あるレジメンタルタイを合わせ、英国的な服装セオリーに沿いながら、どこかリラックスした着こなし。
最上段は、第二次大戦終結後に撮影されたロイヤル・ファミリーの写真。エリザベス女王(左)やアン王女(右)、そして妻であるエリザベス王太后の後ろに控えめに立つジョージ6世の佇まいが、抑えた色調のスーツやVゾーンとともに、まさに「extremegood quiet taste」だ。ジョージ6世はややゆったりとしたダブルのスーツも好んだ(写真上左)。中央の写真はチャールズ王太子とジョージ6世。下2点は近年のチャールズ王太子の写真で、ダブルのスーツにはダークカラーのジャカードタイか由緒あるレジメンタルタイを合わせ、英国的な服装セオリーに沿いながら、どこかリラックスした着こなし。

 1920年代および’30年代には王太子だったウィンザー公爵は、サヴィル・ロウにとって最愛の人だった。ジャズエイジの仕立てでつくられたスーツ、マチネーのアイドルのごときグッド・ルックス、その類い希なファッション・センスゆえ、大西洋をはさんでアメリカとヨーロッパから崇拝される存在となった。退位後、公爵とシンプソン夫人は放浪先でファッショナブルな人生を過ごした。そんなふたりの生き様は、公爵が捨てたロイヤル・ファミリーにとって嫌悪の対象だった。ウィンザー公はスタイル・アイコンとして現在でも名を馳せているが、チャールズ王太子の装いは、彼のスタイルを受け継いではいない。ウィンザー公の弟であるジョージ6世が「extreme good quiet taste」─日本語に訳すと「極端なほどにささやかだけれど、雅趣に富んだよいテイスト」といったところか─を確立し、それは義理の息子であるエディンバラ公フィリップ王配と孫であるチャールズ王太子に影響を及ぼすこととなった。1939年、英国はドイツに対して宣戦を布告したが、そのたった2年前に、ジョージ6世は突然王位を継承した。2010年製作の映画『英国王のスピーチ』において、チェーンスモーカーで吃きつ音おんに悩む姿が描かれたこの王は、第二次大戦において英雄的君主であることが証明された。ロンドンから疎開することを拒んだ王は、擦り切れたスーツと、摩耗してボロボロになったカフス付きのシャツを身につけていた姿が目撃されている。ジョージ6世は、大戦後の1944年に以前から顧客だった〝ベンソン&クレッグ〟に自身のロイヤルワラントを授けた。サヴィル・ロウの老舗ではなく新参者にすぎなかった店が、王室の公式テーラーとなったのだ。そして1952年に亡くなるまで、生涯、顧客であり続けた。そのスタイルは、実に慎ましやかで気どらないものだった。

 チャールズ王太子もまた1983年に初めて〝アンダーソン&シェパード〟の顧客となり、祖父同様、王族として、2014年に同店に自身のロイヤルワラントを下賜している。この事実はロイヤル・ファミリーにおいて、クラフツマンシップに関する姿勢が継続していることを物語っている。

 チャールズ王太子が「プリンス・オブ・ウェールズ」と呼ばれるようになってから、すでに64年が経過している。王太子はドレスコードが急激に崩壊する時代に、英国のものづくりの伝統を堅守しつつ、ウィンザー家のスタイルを維持し続けてきた。そして今日、タイムレスなブリティッシュ・エレガンスを世に伝える偉大な大使として浮上したのだ

ジェームズ・シャーウッド
文筆家・キャスター
2006年に英国のテーラリングの歩みに光を当てた展覧会「The London Cut:British Bespoke Tailoring」をキュレーション。同展関連のほか、これまで英国の紳士服やラグジュアリーブランドに関して多数の著作・著述がある。近刊は『James Sherwood's Discriminating Guide to London』(Thames and Hudson)。
この記事の執筆者
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MEN'S Precious編集部 
BY :
MEN'S Precious2017年春号 背広 姿が語る、 ダンディたちのストイックなスタイルより
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
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クレジット :
撮影/小池紀行(パイルドライバー) イラスト/ソリマチアキラ 翻訳(ジェームズ・シャーウッド)/堀口麻由美構成・文/菅原幸裕 素材協力/リッドテーラー