お客様を外見で判断しない、それは私たちの仕事の基本です。その一方でそう簡単には言えないところもあると思います。お客様がどのような人物であり、何をお求めなのか、瞬時にジャッジして行動しなくてはいけないのが、(前職の)ホテルの現場でした。現職の和光においてもそれは同様だと思います。お客様の装いについての見識や理解は、最善のサービスをご提供するために必要なことでもあります。

背広は自分を表すと同時に外から判断されるものでもある

プロフェッショナルが描く理想の背広姿

写真左から白洲次郎、コフィー・アナン、小林陽太郎、ジャンニ・アニエリ、ジョン・F・ケネディ
写真左から白洲次郎、コフィー・アナン、小林陽太郎、ジャンニ・アニエリ、ジョン・F・ケネディ

 こうした点を踏まえ、背広というものは、自分を表すものであり、かつ外からジャッジされるものでもあると思っています。自己を表現するという点においては、私自身はさりげないながらも、上質な生地、質感を選ぶようにしています。さらに季節感を反映させるため、シーズンごとに仕立てるようにしています。その上でお客様に快適な印象を持っていただくためにどのように選ぶのか。他の職業の方もそうだとは思いますが、より強く意識しているかもしれません。

 私たちの仕事では、基本的に立ち姿でお客様をお迎えします。見られてもいい立ち姿をいかに意識しているか、それをどう美しく見せるスーツかは重要です。さらに歩き方、ドアの開け方、開けた後の目の配り方といった所作、それらの動きは私が学んだヨーロッパのホテル文化においてはあたりまえのことで、その姿は見られているとよく言われたものです。今でも自分の姿を別のカメラで追っているような、そういうイメージをして動くのが習慣になっています。

 そして着用する背広は、清潔でなくてはならず、お客様から見て華美になってはいけません。お客様に与える安心感など、服装は寛ぎの空間を生む重要なファクターでもあります。個人的にはグレーが合わせやすいですね。季節によって色のトーンに配慮します。紺も着ますが、生地感が出やすい色だと思うので、より気を遣います。

 今まで多くの素敵な背広姿の方々にお会いしてきましたが、ビジネスマンの背広姿として思い起こすのは伯父の小林陽太郎です。ベースはダークスーツ、特にどこのものを着ていたということではなく、とにかくその佇まいが素敵でした。

 着丈やパンツの長さなど、体に合わせた最低限の配慮をすれば、おかしな背広姿にはならないでしょう。背広は着るもので着られるものではない。決して背伸びをする必要はありません。背伸びすると「着られている感」が出てしまいます。多くの背広を拝見してきた身として、やはりわかるものです。その一方、その人にうまく溶け込んでいる背広もあります。伯父はまさにそうでしたね。(談)

犬丸徹郎さん
株式会社和光取締役執行役員、元・帝国ホテル東京副総支配人
帝国ホテル創業家に育ち、スイスにてホテルマンとして教育を受ける。昨年上梓した『帝国ホテルの考え方 本物のサービスとは何か』(講談社)では、その生い立ちから、経験より導かれたサービスの極意までが披瀝されている
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MEN'S Precious編集部 
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MEN'S Precious2017年春号 背広 姿が語る、 ダンディたちのストイックなスタイルより
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
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撮影/小池紀行(パイルドライバー) イラスト/ソリマチアキラ 翻訳(ジェームズ・シャーウッド)/堀口麻由美構成・文/菅原幸裕 素材協力/リッドテーラー
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