銀座メゾンエルメスの8階、9階にあるギャラリー、フォーラムでは、現代を生きるアーティストとともに、アートを通じたオルタナティブな実践やコンテンポラリーな問題を見つめ、考察する展覧会を開催しています。

2023年10月からは、アートにおけるエコロジーの実践を問う「エコロジー:循環をめぐるダイアローグ」展として、個展とグループ展の2つのダイアローグの形で展示を展開され、ダイアローグ1では、「新たな生」崔在銀(チェ・ジェウン)展として、環境や自然との対話を継続してきた一人の作家、崔在銀(チェ・ジェウン)氏の40年に亘る実践を個展形式で振り返っています。

アートと保全の現場からエコロジーへの向き合い方を考える機会

12月には、銀座メゾンエルメスフォーラムで開催中の「新たな生」崔在銀展内の新作《White Death(白い死)》に関連し、「珊瑚と沖縄」をテーマとしたトークイベントが開催されました。

トークイベントには、アーティストの崔氏のほかに、沖縄で長年珊瑚の保全活動に取り組む金城浩二氏が登壇。来場者と共にアート作品の鑑賞や議論を通じて、沖縄の珊瑚の現状や人の経済活動が与える自然への影響、そして自然との共存について考える取り組みとなりました。

12月16日に開催されたトークイベント。壇上左から/崔在銀氏・金城浩二氏。
トークイベントの模様。壇上左から/崔在銀氏・金城浩二氏。

トークの焦点となった展内新作《White Death(白い死)》では、沖縄の現実に起こっている浜に打ち上げられた白い死珊瑚の風景をギャラリーに持ち込んでいます。珊瑚の白化現象は珊瑚の死を意味し、その主な原因は、地球温暖化による海水温の上昇や水質の悪化であると言われています。

展覧会_1
崔在銀氏 新作《白い死》

崔氏は、《White Death(白い死)》を作品テーマに掲げた理由、展示を通して伝えたいことや考えてほしいことをはじめ、作品に必要であった多くの珊瑚の収集や沖縄県外への持ち出しの許可について、金城氏と出会い、現地の人々の協力の輪を広げることで実現できたことを語りました。

展覧会_2
崔在銀氏

崔氏は、《White Death(白い死)》で表現したことについて、次のように語っています。

「アートの表現を通して、作品に潜むメッセージを世に出して、より多くの人に届けることこそがアーティストの行為です。今回の作品は、珊瑚の状況を全く知らない都会の人に訴える力があり、だからこそ意味があったと感じ、それも一つの命であると考えています。珊瑚の上でガラスを割るパフォーマンスをしましたが、割る瞬間は世の中や自分に対して、自然にこのような結果をもたらしてしまった怒りや反省がありました。死がより身近にあることは、生きていることの尊さを知ることができることでもあります。まずは、アートを観て考えてほしいです。価値観が変わることで、環境を守ることへのアクションにつながり、そこに希望を見出すことができると思います。」

また、金城氏は、今から25年前に珊瑚の養殖を思い立った経緯と長年の保全活動について話しました。それらを受けながら、「エコロジー」に関する喫緊の課題にどのように向き合うことができるのか、そこにはどのような矛盾や希望があるのかといった問題提起が双方からなされ、アーティスト、自然環境の保護活動家といった立場による異なる視点を交換しながら対話が続けられました。

展覧会_3
有限会社海の種代表 金城浩二氏

金城氏は珊瑚の収集時の様子やご自身の珊瑚保全の活動について、次のように語ります。

「珊瑚は沖縄県にとって貴重なもの、その上、大量の珊瑚を県外へ移動させるのは前例がなく極めて困難なことでした。アートでエコロジーを考えることへの賛同を得るために、多くの人に崔氏の存在と考え方を説明して回り、理解と協力を得ることができました。ここにある白い珊瑚は、40人のボランティアが協力して、沖縄県の許諾のもと様々な海岸から全て手作業で一つ一つ丁寧に収集しました。私は、珊瑚の養殖活動をたった一人で25年前に始めました。その時は、エコといっても誰にも興味を持たれず、なかなか理解されませんでした。今、エコについて皆が話をするけれど、実際に手を動かす人はまだまだ少ないです。毎日、珊瑚の現状と向き合っている私からすれば、人間は自然の一部、自然を回復する手助けを少しずつでもできると思います。とにかく気長に続けることが希望です」


会場からも活発な質問が投げかけられる中、誰もがエコロジーについて問いかけながらも、その問題の根深い複雑さや実践に戸惑っているといった率直な話も聞かれました。

今回ご紹介したトークイベントに関連した展覧会「新たな生」崔在銀(チェ・ジェウン)展は、2024年1月28日まで開催しています。

切迫した環境危機の様相を静かに映し出す《White Death(白い死)》の他には、世界7ヵ国に和紙を埋めたのち、時を経て掘り起こし、時間を表す「World Underground Project」、半島を南北に隔てる非武装地帯(DMZ)で、人間のアクセスが禁止されたがゆえに自然の自己組織化だけを通じて実現された生態系を未来のビジョンとして、破壊された森を再生させる計画「Dreaming of Earth Project(大地の夢)」を展示しています。

本展示に続いては、次回はダイアローグ2「つかの間の停泊者」のグループ展(会期:2024年2月16日~5月31日)として、ニコラ・フロック、ケイト・ニュービー、保良雄、ラファエル・ザルカの4人を取り上げ、自然と人間のエネルギーの循環の姿を紹介する展示がラインナップ。

2008年に設立された、エルメス財団は、技術やノウハウの伝承、知識交換や共有機会の提供、責任ある行動、そして人だけでなく自然環境も尊重することを目指しています。職人によるものづくりとそれに関わるすべての人を大切にするというエルメスの哲学を反映しており、財団の掲げる4つの柱「創造Create」「伝承(継承)Transmit」「保護Protect」「連帯 Encourage」を軸とした9つのオリジナルなプログラムのうち、日本では「フォーラム」と「スキル・アカデミー」の活動を行います。


Precious読者の皆さんにもおなじみのこの銀座エルメスのアドレス。ぜひエルメス財団の展示にも足をのばして現代が抱える問題について、アートを通じて、アーティスト、そしてキュレーターの試みをどうとらえるか、世界を見つめなおす端緒にしてみてはいかがでしょうか。

問い合わせ先

  • 「新たな生」崔在銀展
  • 会期:2024年1月28日(日)まで 
  • 休館日:2023年12月30日(土)~2024年1月2日(火)
  • 開館時間:月〜日/11:00〜19:00(入場は18:30まで)※2024年1月10日(水)は短縮営業(11:00~15:00)
  • 会場:銀座メゾンエルメス フォーラム 8・9階
  • 入場料:無料
  • 主催:エルメス財団
  • TEL:03-3569-3300
  • 住所:東京都中央区銀座5-4-1

この記事の執筆者
Precious.jp編集部は、使える実用的なラグジュアリー情報をお届けするデジタル&エディトリアル集団です。ファッション、美容、お出かけ、ライフスタイル、カルチャー、ブランドなどの厳選された情報を、ていねいな解説と上質で美しいビジュアルでお伝えします。