ジャガー・ルクルトの「ポラリス・メモボックス」が注目だ。まったくのサプライズで登場した50周年記念の復刻限定モデルは、あっという間にどこかへ消えてしまうに違いない。「メモボックス」は、ジャガー・ルクルトが自身で開発した腕時計のアラーム機構と、搭載モデルの名称だ。「ポラリス」のルーツは、本格ダイバーズ・ウォッチ。50年前の「メモボックス・ポラリス」は、誰も登場を予想できなかった<アラーム付きダイバーズ>であり、それが復活した。

50周年を記念して作られた復刻限定モデル

「ジャガー・ルクルト ポラリス・メモボックス」

文字盤正面の矢印がメモボックスの証拠。2時位置のリューズでアラームを設定する。●自動巻き●ステンレススティール●ケース径42mm●防水200m●ラバー製ストラップ●¥1,539,000(税込) ※世界限定1000本

ではなぜ、ダイバーズでアラームという組み合わせなのか。

例えばポロ競技の時に壊れない時計をという英国貴族の要望に、腕時計の本体を反転させるソリューションを得た「レベルソ」を思い浮かべるといい。技術的達成と表裏一体の、思い切りが良い個性の表現が、ジャガー・ルクルト伝統の真骨頂であり、独創的な作風が癖になる。普通ではない時計を、あたかも当然のように出してくるブランドなのである。

「50周年記念」の文字と、オリジナルモデルのケース内部に刻印されていたのと同じ潜水士のエングレーブ。

そのブランドがかつて構想した、潜水士の時計に目覚まし機構という組み合わせについて回答を保留したまま、50年の時を経て蘇らせたことになる。謎のほうがむしろ魅力である。「海の中で目を覚ます」とか、「朝早いダイビングに便利」だとか、妙な用途は考えないことだ。

メモボックスの「956」ムーブメントは、半世紀を経て現役の生きる伝説だ。

アラームといってもその音は美しい。身長1ミリの天使が並んで極小のトライアングルを切れ目なく連続打鐘するような音が心を揺らす。決して小さい音ではないが、その音色は目覚ましのノイズとは無縁で、むしろ対極にある。  ジャガー・ルクルトのアラーム時計にあるのは世俗的な実用性などではなく、むしろ情念である。実用性を突き詰めたつもりが、いつの間にか芸術の領域に越境してしまう。緻密な技術と職人の技が「こんなものが出来上がってしまった」という天恵を呼ぶのだ。

私がアラーム付き永久カレンダーという、どう考えても不思議な組み合わせの「マスター・グランド・レベイユ」を生産終了直前に手に入れたのも、魅力と魔力の間を行き来する妖しさに抗しきれなかったせいだ。   半世紀に一度開帳された秘仏には、見るだけでご利益がある。1000本の限定はいかにも少ないだろう。この時計に関して訊かれた時には、見つけたら買うようにと答えている。魅せられるべきはただ技術ではなく、極上のノスタルジーでもなく、最高の技術に裏打ちされたエキゾティックでエキセントリックな味わいである。 

※価格は税抜です。

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この記事の執筆者
桐蔭横浜大学教授、博士(学術)、京都造形芸術大学大学院博士課程修了。著書『腕時計一生もの』(光文社)、『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)がある。早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校・学習院さくらアカデミーでは、一般受講可能な時計の文化論講座を開講。