本誌2016年冬号をもって、「当世伊達男の絶品スーツ」の連載が終了した。3年にわたって取材したのは、総勢12名。メンズファッション業界の誰からも"Buon Gusto(粋人)"と呼ばれる男たちである。

第1回は、故ジャンニ・アニエリ元フィアット名誉会長を祖父とし、つい最近、ニューヨークで狂言誘拐の騒ぎを起こした"イタリア インディペンデント"のCEOを務めるラポ・エルカン氏だった。最終回は、1887年に創業した、ナポリ、ローマ、ミラノにショップを構える「エディ モネッティ」の4代目、サルヴァトーレ・モネッティ氏に登場して頂いた。厳密にいえばラポ・エルカン氏のみ、直接コメントを得られなかった。そのため、ラポ・エルカン氏の文章は、これまで彼自身が発してきたファッションに関係する言葉や自叙伝、そして、独自の取材からスーツの着こなしで気にかけているポイントをひも解いた。
 

取材はまず、対象者に連絡を取り、スケジュールを調整してイタリアで会った。顔を突き合わせて話を伺うと、連載のスペースだけでは書ききれないほど、スーツの着こなしについて、多くのヒントを与えられた。スーツ生地の見立て方や守るべきコーディネートの基本、男の装いで唯一のアクセサリーともなる愛用時計の裏話など。12名すべてをイタリア人の伊達男に絞り込んだことで、現代のかの国の、最もリアルでクラシックなスーツスタイルを垣間見ることができたのではないだろうか。当ブログで、連載の文章からの抜粋や取材ノートに記した各人の卓見を、発刊順にひとことずつ列挙する。

「祖父から譲り受けた『カラチェニ』のスーツを直して着ています。季節を問わず、生地表面が毛羽立った素材を愛用するのは、祖父からの教えです」(ラポ・エルカン)

「所有している多くのスーツはオーダーメイド。子供の頃に父親から教わった、シンプルな色合わせの基本が、今のスーツスタイルにしっかりと生きています」(クラウディオ・マレンツィ/"ヘルノ"CEO)

『メンズプレシャス』2014年秋号から。
『メンズプレシャス』2014年秋号から。

「服装のルールを意識しながら、非凡にスーツを着こなすことは、そう簡単ではありません。抑制的なコーディネートを心掛けることで、品格と知性が備わったスタイルになります」(ウンベルト・アンジェローニ/"カルーゾ"CEO)

「スーツに合わせるタイは、160㎝の長いものを選び、ダブルノットで結びます。結んだ後に大剣と小剣の長さが合わなければ、何度でも結び直します。小さな形のノットが好みです」(フランツ・ボトレ/現在『Arbiter』責任編集主幹)

「常識にとらわれない生地選びやコーディネートに挑んでいます。たとえ、色の組み合わせが派手であっても、やがて自身の着こなしとなり、スタイルが成熟していくものです」(ジャンルカ・イザイア/"イザイア"CEO)

「故アルフレッド・カネッサから、"エレガントなスタイルの男をよく見ることだ"と教えられました。その結果、バランスのいいフィッティングが、エレガントで自然なクラシックスタイルになることがわかりました」(アルベルト・スカッチョーニ/エンテ・モーダ・イタリアCEO)
※アルフレッド・カネッサとは、元"マーロ"、"バランタイン"CEO

「打ち込みのしっかりとした古い英国生地のスーツを好んで着用します。他人の洒落たスタイルを真似するだけでは、自分独自のスーツの着こなしにはなりません」(ティンダロ・デ・ルーカ/「サルトリア・ティンダロ デ ルーカ」オーナー兼サルト)
 
「クラシックを進化させて楽しんでいます。ただ、古いディテールを着こなしに取り入れることを忘れてはならないのです」(シモーネ・リーギ/「フラージ シモーネ・リーギ」オーナー)

『メンズプレシャス』2016年春号から。
『メンズプレシャス』2016年春号から。

「フォーマルな雰囲気のダブルスーツは、ゆったりとしたシルエットのパンツが合います。すそ幅は20㎝か21㎝。足の甲が隠れる、完璧なすその長さに仕上げています」(ルカ・ルビナッチ/「ルビナッチ」マネージャー)

「スーツの着こなしは、コーディネートするアイテムの色数を抑え、ジャケットとパンツのサイズが、体型と調和していることが重要です」(アンドレア・ルパレッリ/「サルトリア リペンセ」オーナー)

「着用したときにストレスをまったく感じない、リラックスできる仕立てが、スーツの大事な要素です」(ヴァレンティノ・リッチ/"シャマット"オーナー兼カッター)

「スーツは体に沿った完璧なサイズバランスが大切で、タイと靴の色が合っているかどうかで、本物の洒落者を見極めることができます」(サルヴァトーレ・モネッティ/「エディ モネッティ」オーナー)

1981年生まれの最も若いルカ・ルビナッチ氏から、'47年生まれの凄腕のマエストロであるティンダロ・デ・ルーカ氏まで、現代のイタリアを代表する「クラシックの達人」たちが、試行錯誤しながら掴み取ったスーツスタイルの開陳だ。それぞれの言葉に、我々のスーツの着こなしに生かせる示唆が多分に詰まっている。

この記事の執筆者
ヴィットリオ矢部のニックネームを持つ本誌エグゼクティブファッションエディター矢部克已。ファション、グルメ、アートなどすべてに精通する当代きってのイタリア快楽主義者。イタリア在住の経験を生かし、現地の工房やテーラー取材をはじめ、大学でイタリアファッションの講師を勤めるなど活躍は多岐にわたる。 “ヴィスコンティ”のペンを愛用。Twitterでは毎年開催されるピッティ・ウォモのレポートを配信。合わせてチェックされたし!
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