もう20年以上も前の話になるが、2度目にフィレンツェを旅したときのこと。

 フィレンツェで最も紳士的なセレクトショップ「タイ ユア タイ」を訪れると、クローゼットに並んだクラシックな生地使いのスーツやジャケット、タイの鮮やかさにショックを受けたのを思い出す。当時人気の、グッチやプラダ、ドルチェ&ガッバーナなどのブランドは、デザイナーが主役となってファッションをクリエイトするのに対し、「タイ ユア タイ」にそろう古めかしいスタイルは、なんだか宝物を探し当てたような喜びがあった。シャツのラインナップも、白や淡いブルー、ストライプといった、ともすると退屈な雰囲気の生地ばかり。しかし、それが実に普遍的な力強さを秘めていたのだ。

フィレンツェ随一のローケション

サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂

140年の歳月を掛け、1436年に竣工したフィレンツェ随一の名所となるサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。フランコ・ミヌッチ氏がかつて店頭に立っていた「タイ ユア タイ」は、ここから目と鼻の先にあった。
140年の歳月を掛け、1436年に竣工したフィレンツェ随一の名所となるサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。フランコ・ミヌッチ氏がかつて店頭に立っていた「タイ ユア タイ」は、ここから目と鼻の先にあった。

 フィレンツェ旅のお土産にも最適なサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局

フィレンツェ本店のサンタ・マリア・ノヴェッラ。長い歴史を感じさせる重々しい什器には、各種オリジナルの商品が並ぶ。ここからサンタ・マリア・ノヴェッラ教会の中庭を眺められる絶好のロケーション。
フィレンツェ本店のサンタ・マリア・ノヴェッラ。長い歴史を感じさせる重々しい什器には、各種オリジナルの商品が並ぶ。ここからサンタ・マリア・ノヴェッラ教会の中庭を眺められる絶好のロケーション。

 胸が高鳴りながらアイテムを眺めていると、何か鼻をくすぐる、独特な香りが漂っていることに気がついた。店主(フランコ・ミヌッチさん)に聞くと、「いい香りかい? これはサンタ・マリア・ノヴェッラのポプリだよ」と教えてくれ、この街を代表する匂いだと言う。

ポプリが入ったシルク製のサシェ(袋)。車の中やクローゼットに置いて、豊かな香りを楽しむ。匂いが弱くなると、新しいポプリに詰め替えて使用する。
ポプリが入ったシルク製のサシェ(袋)。車の中やクローゼットに置いて、豊かな香りを楽しむ。匂いが弱くなると、新しいポプリに詰め替えて使用する。

 サンタ・マリア・ノヴェッラのポプリを手に入れて帰国すると、仕事部屋や車の中など、自分の占有領域となる空間にポプリを置いてみた。なんとも心休まる、いい香りが一瞬にして空間を満たした。香りを表現するのはなかなか難しい。けれど、知っている人には、すぐにサンタ・マリア・ノヴェッラのポプリだとわかる、植物の実や葉、花びらが熟成した甘さとスパイシーさが渾然一体となった豊かな香りだ。3世紀にわたって受け継がれてきた秘伝の調合による、伝統的な「フィレンツェの匂い」である。

 ポプリを部屋に置いてから、仕事にも影響し始めた。締め切りに追われながら原稿を進めているときでも、心穏やかに前向きになれる。また、車にポプリを忍ばせていると、同乗者の反応が愉快だ。平静を装うも、すぐに香りに気がつくのがわかる。

「サンタ マリア ノヴェッラ」のポプリが日常生活に溶け込んでくると、日本とイタリアの人生観の違いが、しばしば頭をもたげる。

 日本人の人生観のひとつは「仕事があるから生活ができる」と考える。つまり、生活よりも仕事が重要だと。一方、イタリアでは「生活があってこそ、仕事ができる」と思っている。生活が充実していることで、仕事に臨めるというのである。順序が逆になるだけだが、人生を謳歌する意味がまったく違う。想像してほしい。普段の生活のなかに、豊潤な香りが漂うことを……。

 部屋の片隅に置くのにちょうどいい、サンタ マリア ノヴェッラの紋章が入ったセラミック製の新しいポプリケースが、つい先日(3月22日)に登場した。

ポプリ チョトラ エサゴナーレ

サンタ・マリア・ノヴェッラの浮き彫り紋章が入った、六角形のポプリケース。ファインセラミック製。¥10,800(税込)
サンタ・マリア・ノヴェッラの浮き彫り紋章が入った、六角形のポプリケース。ファインセラミック製。¥10,800(税込)

問い合わせ先

  • サンタ・マリア・ノヴェッラ銀座 TEL:03-3572-2694
この記事の執筆者
ヴィットリオ矢部のニックネームを持つ本誌エグゼクティブファッションエディター矢部克已。ファション、グルメ、アートなどすべてに精通する当代きってのイタリア快楽主義者。イタリア在住の経験を生かし、現地の工房やテーラー取材をはじめ、大学でイタリアファッションの講師を勤めるなど活躍は多岐にわたる。 “ヴィスコンティ”のペンを愛用。Twitterでは毎年開催されるピッティ・ウォモのレポートを配信。合わせてチェックされたし!
Twitter へのリンク