鈴木保奈美さんの連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」|自ら「ライカ」で撮影したフォトも大公開!
雑誌『Precious』1月号では、俳優の鈴木保奈美さんによる連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」と題して、保奈美さんの趣味のひとつである旅をテーマに、これまで経験してきた旅路を振り返ります。
第三回は、アメリカからフランスへとイレギュラーな旅程を前に、いろいろ思案しながらパッキングした保奈美さん。その結末や、いかに…。今回も保奈美さん自ら「ライカ」で撮影したフォトを大公開します。
第三回「ジャケットを一枚」文・鈴木保奈美
やってしまった。わかっていたはずなのに。かなり熟練してきたと思っていたのに。今回、大失敗だった。ああ、悔しい。何が? パッキングである。
いつも出発日の一週間前には寝室にスーツケースを広げる。用意周到? いやいや、待ちきれないんだも〜ん。旅先で何を着ようか、悩むのは楽しい。友人の一人に「いつも出発日の朝、慌てて荷造りするのよね。で、大体何か足りなくて現地で買ったりするわね」という猛者がいるが、わたしには考えられない。悶々と悩む楽しみを放棄しているではないか。それに、時間に追われてあたふたパッキングするなんて、小心者には耐えられないプレッシャーなのである。
旅先での予定とネットの天気予報と睨めっこしつつ、ワードローブをベッドの上に並べる。昔は、簡単なイラストを手帳に描いていたこともあったなあ、QUO VADISを使っていた、二十代の前半のころ。コーディネートを決めてネーム刺繍入りの収納ケースにしまう。でも、スーツケースは開けたまま。だって出発が近づくにつれ、現地の天気予報が刻々と変わる。で、結局、前夜に全部取り出して、ベッドの上に並べ直すことになるのだが。
そう、確かに今回はイレギュラーな旅程で、難しかったのだ。まず、シカゴへ留学中の娘の様子を見にいく。シカゴは大都会だが、街中でトレンドのおしゃれをしている人を全くと言っていいほど見かけない。ジ・アメリカ中西部、って感じ。それに娘に付き合ってヤングなエリア(彼女曰く、シカゴの下北沢)を歩き回るだろうから、目立たずカジュアルでいい。が、ホテルは五つ星だからチェックインの時にはきちんとしていたい。
次はニューヨークへ移動。ラルフ ローレンのコレクションを見せていただくという、素敵なお仕事だ。会場で着る衣装はもちろんラルフ ローレンで用意してくださるから心配いらないし、車で三時間もかけてハンプトンまで行ってメイクをするから道中はうんと楽な格好がいい。あ、でもその前にウェルカムディナーをしましょう、と言われているから、おしゃれなトップスが必要だな、と思い出し、モニーレが付いたブルネロのノースリーブのシャツを選ぶ。
そこからフランスへ飛ぶ。残念ながらパリは素通りである。ブルゴーニュの小さな村でドメーヌを営む友人の、葡萄の収穫に参加させてもらうのだ。早朝から畑に出るからきっと寒いし、小雨決行だから雨対策してね、と言われている。とはいえ、連日35℃超えの東京にいると、最高気温15℃、という天気予報を見ても、それがどのくらい寒いのか暖いのか、まったく想像できなくなっている。まあ、そうそう冷え込むこともないだろう、などと、根拠なく楽観的になって、ひとまずは泥だらけになっても構わない、通称 “ハーベストパンツ” だけ仕込む。
はっきり言って、全部裏目に出ましたね。シカゴは、寒いのだ。“windy city” なのだ。たとえ気温が25℃でも、巨大なビルとビルの間をミシガン湖からの風がびゅーびゅーと吹きすさぶ。肌寒かったら羽織りましょう、と用意したニットを毎日着っぱなしである。結果、代わり映えしないデニムにスニーカーで歩き回る、ジ・アメリカ中西部の人、そのものになってしまった。
日本を一歩出ると、世界は本当に寒い。ロンドンやパリは実は北海道くらいの緯度である、ということを改めて認識する。真夏のはずのクリスマスのシドニーも、寒かった。日本より暖かいはずの香港やタイやシンガポールだって、建物の中はびっくりするほど冷やされているので、薄着をしているとブルブル震える羽目になる。しかし周りの皆さん、腕とか脚とかバンバン出してる。日本人だけが冷え性なのか? わたし、筋肉量多いんだけどなあ。基礎体温、高い方だと思うんだけどなあ。謎である。
案の定。ニューヨークのレストランはきっちり冷え切っていて、ノースリーブでなんかいられない。せっかくのモニーレが、ストールの下で輝きを消してしゅんとしていた。さらに、コレクションの翌日のこと。マディソンアヴェニューのショップを見に行きませんか、と誘われてひょいと出かけてみたらば。その日は、前夜の出品作を顧客がオーダーする日だったのである! ドレスを着たモデルがそぞろ歩き、超絶おしゃれなVIP客がシャンパングラスを片手にさんざめき、店中がこの上なく華やいでいた。えええ。言ってよお。気楽な見学気分で全く気合の入っていない格好で来てしまった我々、撃沈である。こんなことなら、せめてジャケットを。ここ数年、旅には必須のネイビージャケットを、どうして日本に置いてきたのだ、わたし。
断言しよう。旅にはジャケットを、一枚。ネイビーで、ダブルの金ボタン。暑い季節なら、ベージュの麻混でもいい。これさえあればその下がUTとデニムだって立派にPreciousマダムでいられる。逆に、ジャケットがないときの心細さと言ったら、イヴニングドレスの中に一人、体操着で紛れ込んでしまったような気分になる。いつ、どこでも堂々と振る舞うために、ジャケットは最強の鎧だと思う。
さてニューヨーク滞在中に、この分だとブルゴーニュの葡萄畑がさらに寒いに違いないと確信したわたしは、ハドソンヤードの “ユニクロ” へ行き、ヒートテックの上下を買った。ヒートテック最強。そうして三日間、毎日それを着て畑仕事に励んだのでした。寒くて汗もかかないほどだったから、洗濯しなかったことは勘弁してほしい。ちなみに例の “ハーベストパンツ” もユニクロ。それからヘルノのラミナー ゴアテックス、という撥水加工のブルゾン。毎日このセットを着ていた。つまりこれだけあれば、足りたのだった。
スーツケースに携えたお洋服を満遍なく着回せて、それぞれが存分に活躍してくれた時の達成感が好きだ。今までに三回くらいしか味わったことがない。次回、リベンジだなあ。そうそう、葡萄畑で泥だらけになったラミナー ゴアテックスは、帰国したらクリーニングに出さなきゃ、と思っていたが、ふと、シンクで水洗いしてみたら、見事に綺麗になった。こちらも最強。
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- EDIT :
- 喜多容子(Precious)
- 文・撮影 :
- 鈴木保奈美(本人画像はスタッフが撮影)
- 撮影協力 :
- ライカカメラ