鈴木保奈美さんによる連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」第二回のテーマは「図書館にて」
雑誌『Precious』12月号では、俳優の鈴木保奈美さんによる連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」の記念すべき第二回を掲載。保奈美さんの趣味のひとつである旅をテーマに、これまで経験してきた旅路を振り返ります。
今回は「図書館にて」と題し、『Precious』7月号のファッション特集の撮影で訪れたパリでの滞在を振り返りながら、保奈美さん自ら「ライカ」で撮影したフォトも大公開します。
第二回 「図書館にて」 文・鈴木保奈美
パリ五輪開会式のダイジェストを半日遅れの配信で観ていたら、円窓の連なる美しい楕円の部屋が映し出された。緑色のデスクランプが灯る細長い机が縦に長く並んだ間の通路を、不思議なメイクアップとカラフルな衣装のアーティストたちが這いずり、駆け回る。クラウン、なのだろうか。ダンサーだろうか。奇妙で愉しげな身体の動き、嘲笑うような表情。だけどわたしが惹きつけられたのは、彼らの両性具有的な躍動感ではなく。ああ、この場所。つい三ヶ月前に訪れた、図書館ではないか。
同じようにあの放送をご覧になっていた方々に、知ったかぶって解説しよう。あの建物は、フランス国立図書館、リシュリュー館、という。もとはルイ十四世の教育係だったマザラン枢機卿の邸宅であったのが、やがて王立図書館となり、時代を経て2022年に改装再オープンしたばかりだ。なにせ十二年の歳月と相当な費用をかけてのリニューアルであったから、ただいま絶賛PR中。開会式の映像で、世界にアピールできたに違いない。
九時の開館までに撮影を終わらせねばならない我々ロケ隊は、朝八時にリシュリュー館の中庭に到着した。四月の後半とはいえ、薄曇りのパリの朝はダウンコートが必要な肌寒さだった。すぐに広報の女性が現れた。さらりとファッショナブルで、モダンな美女。このキャスティングが、いかにも文化を大切にするフランスならではだ、と感じる。そしてものすごく感じが良い。さっさと鍵を開けると、好きなところを撮ってね、雑誌が出来上がるの、楽しみにしているわ、オーボワー、と笑顔で立ち去って行った。
La Salle Ovaleと呼ばれる楕円形閲覧室に足を踏み入れたわたし達は、本当に全員が、息を飲み、そして、うわあ、と歓声を上げた(図書館だから、そおっとね)。ぐるりと壁沿いに並ぶ書棚は本で埋め尽くされ、どこもかしこも重厚なのに空気が明るい。見上げれば、はるか高くの天窓から自然光が差し込んでいる。楕円の周りを小さな十六の円が囲む様は、宇宙の理を表しているかのようで、なぜだかわたしはダ・ヴィンチの人体図や飛行船の設計図を思い出していた。
BnF site Richelieu フランス国立図書館 リシュリュー館
パリにある5つのフランス国立図書館(BnF)のひとつ「リシュリュー館」。文化遺産に指定された17世紀の建造物を修復・保存しつつ、新たな空間も加えた大規模改修を終え、’22年にリニューアルオープン。今までは限られた研究者しか入場を許されなかった大ホール「La Salle Ovale」(楕円形閲覧室)は、一般にしかも無料で開放。またデジタルの導入も進み、自由で開かれた新しい時代の図書館として脚光を浴びている。上階には王室コレクションなどを展示する美術館もあり(有料)。
住所:5,rue Vivienne,75002 Paris
URL:https://www.bnf.fr/fr/richelieu
撮影を終えた帰り際、エントランスには、これから閲覧席を確保しようとする十数人が列を作っていた。教授風の紳士やマダムや、学生は大理石の床にぺたんとあぐらをかいたり、思い思いに。今度はわたしもここに並ぼう、と、バケットリストが一つ増える。
本を借りる目的がなくても、旅先の図書館は、いい。その国のその街の、文化や芸術や建築に対する思い入れが感じられる。いるだけで、街の人々と同じ空気を吸える。それに何より、図書館には、絶対的な静けさと丁寧さと礼儀正しさが保障されている。いつだったか、アメリカの田舎の図書館のトイレで、地元の高校生がこっそりドラッグを使用していたのが発覚して、町中が大騒ぎになっているというニュースを聞いた。高校のトイレだったらそれほどの騒ぎにならないらしい(それはそれで悲しいことだが)。図書館とは、そういうことが絶対にあってはならない、暗黙のうちにそれを皆が厳守している不思議な聖域なのだ。
ボストンのパブリックライブラリーの、美術館のように重厚な旧館はもちろん素晴らしいが、わたしはガラス張りの新館が好きだ。すっきりと明るく、カラフルな椅子が並んでいて、本を手に行き来する人々が外からも見えて、ちょっとアップルストアのようでもある。夜更けのコンビニというか、ああ、この中は清潔で明るくて安全だ、と、前を通るだけでほっとする。時々エントランス前の歩道にホームレスがいるのだが、きっと彼らにとっても安心な場所なのだろう、と、無事を祈りたくなる。
ニューヨーク公共図書館は、なんたってフィフスアヴェニュー沿いにある。表参道や銀座中央通りに、どでんと図書館があるなんて、東京ではちょっと考えられない。彼の地の本の地位、羨ましい限りである。この図書館の中には、わたしはまだ入ったことがない。深い理由はないのだけれど。う〜ん、強いていえば。ニューヨーク公共図書館は、愛読書『バナナフィッシュ』の主人公アッシュが足繁く通い、また最期を迎えた場所でもあるんだよね。だからなんだか、恐れ多いというか。いや、笑わないで。そういう乙女な一面もあるということですよ。それで正面玄関のライオンに挨拶だけして、裏側のブライアント・パークを散歩する。ちなみにブライアント・パークを挟んだ反対側には大きなWhole Foods Marketがあって、ここのサラダバーは卵とベーコンとグルテン攻撃に疲れた胃腸の救世主です。
ダブリン、トリニティ・カレッジの図書館の、ロング・ルームと呼ばれる部屋は圧巻である。重厚、を形にしたらこうなる。今だったら、入った途端に「まるでハリー・ポッターだ」とつぶやくかもしれない。が、わたしが訪れたのはハリー・ポッターが出版されるよりずいぶん前だったので、ただ、映画のセットみたいだ、と驚いた。ここで勉強したらどれだけはかどるのだろう。その少し前に中途半端な大学生活を終えてしまったわたしには、あまりにも羨ましい光景だった。今は観光客が列をなすほどの名所になっているようだが、当時は空いていて、わたしがデジカメで撮った写真にも絵葉書のように人影がない。並ばずに『ケルズの書』を好きなだけ眺めることができたのは、幸運だったのだな、と改めて知った。
日本国内にも訪ねてみたい図書館はいくつもある。金沢、武雄、岐阜、檮原(ゆすはら)…。できればわざわざ出かけるというよりも、旅の途中にちょっと休むような気分で、地元の学生や買い物帰りの親子に混じって、ふらりと立ち寄りたい。図書館はわたしにとって、優しく、自由で、伸び伸びとした、圧倒的な性善説に基づく場所。人間の清らかさを信じても良いのだ、と確認できる。そうして自分もかくあるべし、と、背筋を伸ばせる場所なのだ。
保奈美さん自らが撮影したパリでの写真を大公開
ここから公開するフォトは、保奈美さん自らがコンパクトデジタルカメラ「ライカQ3」でパリ滞在中に撮影したもの(本人の画像はスタッフが撮影)。レンズ越しに目にした “絵になる風景” を切り取りました。
BnFリシュリュー館の閲覧室にはまるでリビングルームのようにくつろげるコーナーも。シックなパープルのソファや筒形のブックスタンドなど、そのモダンなインテリアセンスにも目を見張る。
高さ18mもある天井を見上げると、ガラス張りの天窓が大迫力で迫ってくる。光と影のコントラストが美しい。
ホテルのバルコニーから眺めたパリの街並み。歴史を感じさせるロートアイアンの手すり越しに見る風景は、まるで時空を超えたかのよう。
パレ・ロワイヤルの庭園で、ロケ隊に遭遇。並木を背景にモードなファッションを撮影中。
ホテルのロビーで、鏡に映った自分をセルフポートレート。
サン・シュルピス教会は小粋な左岸のランドマーク。広場にある噴水は待ち合わせ場所にも。
ドーム状に天井までタイルを敷き詰めた地下鉄のホーム。よく見ると白いタイルには、ひとつひとつにアルファベット文字が。
※掲載商品の価格は、すべて税込みです。
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問い合わせ先
- PHOTO :
- 浅井佳代子
- STYLIST :
- 犬走比左乃
- HAIR MAKE :
- 福沢京子
- EDIT :
- 喜多容子(Precious)
- モデル・文 :
- 鈴木保奈美
- パリ・コーディネーター :
- AYUMI SHIMODA
- 撮影協力 :
- ライカカメラ