女性の「服装と成功」の関係。サクセスルックとは存在するのだろうか? もちろん、能力が何よりも優先なので、少なくとも装う人の「有能さ」を示すツールとして服は効果的な役割を果たせるのだろうか?
普遍的なテーマになりそうなので、今回は米国大統領選挙で惜しくも敗退したカマラ・ハリスの「パワードレッシング」を例に考えてみたい。
1980年代から注目され始めた女性エグゼクティブ。ファッション界でも、映画やドラマなどのサブカルチャーでも、組織の中で登り詰めてゆく女性のファッションは、常に注目の的であった。
そこで登場するのがパンツスーツだ。
アメリカ社会が中心ではあるが、キャリアの基本的な服装として、中堅管理職や、現場はパンツスーツ、高位のエグゼクティブ職はワンピースか、スカートのセットアップという印象がある。服装の選択において、男性とは比べ物にならないほど自由で幅広くある女性が、こと「政治的好感度」を上げるために、なぜパンツスーツ一択で選ぶのだろうか?
「いつでも、あなたのために動ける」を示すパンツスーツの効果
カマラ・ハリスもそうである。それは、「いつでも、あなたのために動ける」という姿勢を表しているから。
ただ、カマラの場合は前回ドナルド・トランプと大統領選を争ったヒラリー・クリントンと比べると、同じパンツスーツでも、堅苦しさがなく、もっと言えばメンズスーツと同じ土壌に立つユニフォーム的な存在ではなく、よりフェミニンで、自分の好みをさりげなく取り入れた「今どき感」のある着こなしで共感しやすい。
最終日に大統領候補者として指名された民主党全国大会では、「クロエ」のベージュのパンツスーツが話題に。白のボウブラウスを合わせて、夏らしく爽やかな季節感を漂わせ、かつボウブラウスが、女らしい優しさも感じさせ、新たな時代を担うにふさわしい新鮮さがあった。
「クロエ」はカマラの最近のお気に入りブランドで、今回の選挙戦でもカスタムオーダーのスーツやブレザーを何度も着回していた。それも、政治家御用達のパンプスではなく、以前から愛用していることで知られるコンバースのスニーカーやデニムと合わせるなど、活動的でカジュアルな着こなしで登場し、若々しいイメージ作りに成功している。
「ヴァレンティノ」や「セリーヌ」などのヨーロッパブランドも好きだし、「アルチュザラ」や「キャロリーナ・ヘレナ」などラグジュアリーなアメリカブランドもお気に入りだ。共通しているのは派手ではないが品があって程よく女らしいところ。
今回の大統領キャンペーン中で、印象に残ったカマラ・ハリスのベストパワードレッシングを見てみよう。
カマラ・ハリスの「ベスト・パワードレッシング」ベスト5
■1:白のボウブラウス×濃紺のパンツスーツ
なんと言っても、リーダーに求められるのは清廉さ、知性、活力だ。特に政治の世界はそうだろう。その点、第一印象で抜群の好感度を与えたドナルド・トランプ氏との初めてのテレビ討論会のときの装いは、まさにサクセスルックの教科書のようであった。
白のボウブラウスに濃紺のパンツスーツという、シンプルでわかりやすく清潔感溢れるコーディネート。服に対する批判の余地を与えないなど外からの雑音を廃し、心地よい緊張感と知性を漂わせ、赤いネクタイがだらりと伸びた印象のトランプ氏を圧倒した。
自分のメッセージに集中して欲しいとき、あえてファッションには匿名性を求める姿勢。これこそ女性に限らず、男性にも共通する「エグゼクティブ・ファッション」のマスト要素ではないだろうか。
■2:グレージャケットの着回し
次に、ジョージア州アトランタやホワイトハウスで見せたグレーのジャケットの着こなし。この着回しには、感嘆した。お洒落だ。本来洗練された品格を持つグレーを基調に、黒や同系色のインナーを合わせ、印象を変えた。
黒を合わせて力強くモダンに、ライトグレーを合わせて温かみのある優しい表情に。共に長らく愛用しているパールのネックレスをつけているが、「愛用のパール」が、華美ではなく、堅実さを物語るところも広く共感を呼ぶ。パワーにエレガンスさえ漂わせる着回し上級者と言える。
■3:濃紺のボウブラウス×同色のパンツスーツ
続いては、民主党全国大会4日目のイリノイ州シカゴで見せた、民主党のカラーである濃紺で統一した着こなし。これも「クロエ」のボウブラウスに、同色のパンツスーツの組み合わせだ。
ここでは、全国大会の最終日とあって、装いでも「決意」を強く打ち出した。濃紺は知性や伝統、クラシックなイメージと共に、男性の仕事着として定着しているように、「仕事ができる」を想起させるカラーなのである。そこにブラウスの柔らかさを加えることで、男性のスーツとは異なる、自分ならではの「仕事」への向き合い方を見せたのではないか。
■4:ロイヤルブルーのジャケット×黒のトップス×パールネックレス
その意味では、ネバダ州ノースラスベガスで着たロイヤルブルーのパワーショルダーのジャケットも目が覚めるようであった。「クロエ」を愛用しているように、今回は優しい肩のジャケットが主流。だが、ここではキッパリと、張り出した大きめの肩で強靭さを表明した。
古臭く見えがちなパワーショルダーも、ここでは行き過ぎることなく、鮮やかなロイヤルブルーの華やかさと、お気に入りのパールネックレスが程よいバランスを見せ、むしろ新時代のパワージャケットを予感させたほどである。
■5:ボルドーのパンツスーツ×同色のブラウス
パワードレッシングのベスト5を挙げるなら、最後は母校ハワード大学で敗北宣言したときのボルドーカラーのスーツがふさわしい。ボルドーは民主党のシンボルカラーである“ブルー”と共和党の“レッド”を混色してできる色。色そのものが「団結」を意味する重要なメッセージであり、「希望を失わずに」と呼びかけたスピーチを象徴するものであった。
アクセサリーは、小粒のスタッド・イヤリングとラペルに合衆国の国旗のピンバッジのみ。主役はあくまでも「カラーに込めたメッセージ」だ。足元はピンヒールで、厳しかった選挙戦で疲労しているにも関わらず、その立ち姿は美しくも威厳に満ちていた。そして、なんだか、政治家としても、女性としても一皮剥けた感があった。
いつもと変わらないとびきりの笑顔で、観衆に拍手しながら壇上に上がったカマラ・ハリス。彼女が一貫して、証明してきたのは、仕立ての良いパンツスーツやジャケットを身につけることがどれほどトップキャリアにとって大切であるかだ。
良いものを数着持っていれば、目的によって、インナーやアクセサリー使いで印象を変化させながら、リーダーシップを取るにふさわしい能力を持っていることを暗黙のうちに伝えることができる。
ビジネスパーソンにも、なくてはならないキーアイテムの秘訣。それは、身につけるものの全てに意味があると自覚すること。カラーの持つメッセージ性を重要視し、かつ身体にフィットした仕立ての良いジャケットやパンツスーツは、それだけで着る人の内面の精確さ、迷いのない決断力を感じさせる。
「似合う」と「なりたい自分」の両方を叶えるために、カマラ・ハリスは、選挙キャンペーン中ずっと、ファッションを有効なツールとして活用してきたのだ。
惜しくも、米国初の女性大統領は誕生しなかったけれど、私たちは、政治の世界でも、社会の中でも、戦い方の戦術としてファッションが大きな役割を果たすことを学んだように思う。
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- TEXT :
- 藤岡篤子さん ファッションジャーナリスト
- PHOTO :
- Getty Images
- EDIT :
- 谷 花生(Precious.jp)