21世紀の今、このような戦争が起きるなど誰が予測しただろうか。ロシアによるウクライナへの侵略が始まって1年が過ぎた。そんな戦乱下のファーストレディが、ウクライナ大統領ウォロディミル・オレクサンドロヴィチ・ゼレンスキー夫人。1978年生まれ、現在45歳のオレナ・ゼレンスカだ。
SNSを駆使して世界に訴えかける「ウクライナの希望の星」
2022年2月に始まった軍事侵攻から、早くも1年以上が経過した現在、戦争によって引き起こされた物価高、エネルギー不足で世界中が苦しんでいる。その一方で、戦火に苦しむウクライナへの関心はかつてのような勢いが薄れつつあり「ウクライナ疲れ」と囁かれることもある。
そんななかで、「私たちを忘れないで」と世界に向けて、また国民を鼓舞するように連日SNSを発信し続ける希望の星がオレナ・ゼレンスカだ。「元気?」や「疲れて絶望している時は、行動するのが一番よ」などで始まるポジティブなメッセージは、図書館や、病院を背景にした自分の写真と共にアップされ、また傷ついた人々への労いも忘れない。
これが、「自分は大衆受けをするような振る舞いや、常に場の中心にいるような公人向きのキャラクターではない」として、夫の大統領への立候補に反対したオレナの現在の姿である。二人の子供をもち、脚本家というキャリアを築きながら、ある日突然に「世界で最も勇敢な女性」と呼ばれ、ファッション誌の表紙を飾り、しかも居場所が不明。なぜなら命の危険が伴うから。
世界には、知性と行動力に溢れたファーストレディは数多く、ファッションにおいても、国の代表的ブランドや若手を世界にアピールする役目を果たしている。そして、弱者救済のチャリティなどの活動で国民に尽くしている。
だが、オレナほどドラマティックな運命が待ち受けていたファーストレディはいないのではないだろうか?
いくつもの転機を経て、世界が注目するスポークスパーソンへ
ゼレンスキー夫妻は、高校の同級生だが、キーウ国立経済大学で知り合い交際が始まった。オレナが建築学、ゼレンスキーは法律学を専攻。卒業後二人とも風刺コメディの制作へと進み、ゼレンスキーが率いるスタジオは、人気コンテストで優勝を重ね、オレナを含む友人たちと制作会社「クバルタル95」を2003年に設立。そして同年、交際8年を経て結婚した。
瞬く間にウクライナ最大級の制作会社に成長した「クバルタル95」による『クバルタルの夕べ』は旧ソビエト連邦構成国のなかで唯一の政治風刺番組と言われ、ゴールデンタイムに放送される人気番組に、そしてドラマ『国民のしもべ』(ゼレンスキーが主役。汚職や縁故主義が蔓延る支配階級に激しい批判を浴びせる高校の教師がSNSを通じて人気を呼び、いつの間にか大統領に選ばれる)へとつながっていった。ゼレンスキーは俳優、オレナは脚本を担当し、順風満帆の船出であった。
私利私欲のない、清廉潔白なイメージで、4年後の2019年には本当に大統領選に出馬し、73.2%という高い得票率を得て、地滑り的な勝利で当選。コメディアンから俳優、大統領へと、まるでドラマさながらの滑り出しであった。
だが、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を受け、生活は一変した。首都で指揮を取る夫と離れ、子供と共に身を隠しながら、「舞台裏」を好んでいたオレナは、突然ウクライナのスポークスパーソンとして、国際社会へウクライナの受難を訴え、武器の提供を呼びかけるという外交の表舞台に躍り出たのだ。
平穏な日々を取り戻すことを信じ、人道活動の最前線に立つ
2022年9月には、有名俳優やヒラリー・クリントン元国務長官などの支援を受けて、ニューヨークに慈善団体「オレナ・ゼレンスカ財団」を設立。まず爆破された病院の再建や子供への教育を最優先事項に挙げ、マイクロソフトなどの大企業も協賛した。
パリでは、ブリジット・マクロン大統領夫人が開催したレセプションで、病院をはじめとする生活のインフラの再建が最大の支援となることを訴え、資金の供給を依頼した。ユニセフとの連携で安全な子供の教育、給食の質の改革キャンペーンも行っている。
また、侵攻前からバリアフリーな社会の実現を目指し、2021年にはNGOや心理学者らと共に「バリアフリーハンドブック」を作成。これは現在、世界の潮流となっているインクルージョンの流れを先取りする活動といえる。さらにWHOと取り組み、物理的な面だけではなく、ジェンダー、偏見、差別、賃金格差・メンタルウエルネスなど、戦争によって身体的にも、精神的にも傷を負う人々が増加するにつれ、「あらゆる人に機会を与えることが私の仕事」は、さらに重要になってきた。
国民が健康であること、勝利の後にあらゆる機会が与えられ、国を再建していこうと訴え続けるオレナの論理的かつ、情緒的なスピーチと行動は、世界の人々の共感を呼び、アメリカ大統領夫人ジル・バイデンの電撃訪問や、オレナのホワイトハウス訪問、前代未聞の米議会での演説につながった。そして2022年11月には、バッキンガム宮殿で開かれた、カミラ王妃をはじめ各国の王妃や大統領夫人が集う女性への暴力や性的暴行の撲滅運動へのレセプションにも参加し、侵攻後の状況を訴えている。
「戦う国民の象徴」としてのスピリットを映し出すファッション
ひたすら勝利を願い、侵攻された理不尽さと窮状を訴え続けるオレナ・ゼレンスカ。彼女の行動は装うファッションにも強く反映されている。
本来は裏方に徹したい性格だけに、例えば日本の天皇の即位の礼に参加した時に目にしたのは、ウクライナ国旗を思わせるソフトなイエローやブルーのドレスで夫の一歩後ろを歩く控えめな姿であった。淡いブルーやペールピンク、抑え気味のセージグリーンなどは、オレナのお気に入りで、公式イベントでも度々登場する。
ところが、「悲劇のヒロインに甘んじない戦う国民の象徴」の役回りとなると「強さ」と「共感」を呼ぶ黒白の、キリリとしたスタイルに変貌する。白のシャツやブラウスに黒いパンツスーツ。あるいは黒のドレスに白襟、白いベルトなどアクセントを効かせ、明るい色にはない、強いイメージを生かす。華やかさより、清烈な美しさこそ、この場にふさわしく、洗練されたエレガンスも醸すことを知っている。
二の腕をさりげなく覆うケープ襟や、ウエストのペプラム使いなど、黒のスーツでも、「陰」のイメージを払拭する垢抜けたフェミニンで上品なイメージに変換し、センスのよさを感じさせる。
カーキのブラウスやグレーのスーツなど、「今のウクライナ」をシンボリックに伝えるカラーで登場することも多いが、なんと言ってもオレナの立ち位置を表現するのは「ホワイト」だ。白のクリーンで若々しいイメージは夢のある未来を描き出す。ウクライナのデザイナーの服を選んでいるというのも、好感度が高い。
最新の公の姿はチャールズ国王の戴冠式でキャッチされている。各国王室の王族、元首が集う華やかなレセプションでもオレナはかっちりした黒のスーツを着用。それでも彼女は注目の的で輝いて見えた。そして戴冠式では、ソフトな印象のグレイッシュなグリーンのスーツで出席、お気に入りのスタイルだ。
こういった華やぎの席では、自分らしさもありながら、思い切りその場にふさわしいお洒落を楽しむことも醍醐味だ。1日も早くこの戦乱が収まり、黒白に身を包んできたオレナ・ゼレンスカが華やかなカラーをまとう、平和な「ハレ」の日が訪れることを心から願ってやまない。
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- TEXT :
- 藤岡篤子さん ファッションジャーナリスト
- PHOTO :
- Getty Images
- EDIT :
- 谷 花生