「藪に入る…ってどういうこと?」…言葉から受けるイメージから「藪入り」本来の意味を導き出すのは難しそうです。実は「藪入り」は、江戸時代に広まった風習で、年に2回の「奉公人の休暇」を指す言葉です。今回はこの言葉の詳しい意味や由来、落語の「藪入り」についてなど、雑学をご紹介します。

【目次】

【「薮入り」とは?「意味」と「由来」】

「意味」

江戸時代、商家に勤める住み込みの奉公人たちが、年に2回、1月16日と7月16日に休暇をもらい、実家に帰れる休日のことを「藪入り」と言いました。主人は奉公人に着物や小遣い、手土産などを渡して送り出します。親元では、親が子どもの帰りを楽しみに待っていて、親子水入らずのひとときを過ごしました。また、実家が遠くて帰れない人は、好きな場所に出かけて芝居見物などを楽しんだそうです。現代のように「週休二日」や「有給休暇」といった、公休日の概念がなかった当時の雇用者にとって、「藪入り」はスペシャルな休日だったのです。

また、特にお正月後の休日を「藪入り」と称し、7月16日の休日は「後(のち)の藪入り」と言ったり、季節を問わず、奉公人や嫁などが主人に暇をもらって実家に休息に行くことを「藪入り」と表現することもあったようです。

■「由来」

藪入りの語源については宿下(やどさ)がり」がなまった表現であるとか、都会に住む人間が、多くの奉公人が帰る場所を「草深い田舎=やぶ(藪)」と表現したのではないか、など諸説あり、明確にはなっていません。


【何をする?】

繰り返しになりますが、「藪入り」は、年に2回の奉公人の休暇です。江戸時代、住み込みで働いていた奉公人には、基本的に休みがなかったのです。驚きですね。 1年にたった2日しかない休日、当時の人々は何をして過ごしていたのかというと…

■実家に帰る

もっとも多い「藪入り」の過ごし方がこれ。そのため嫁や婿が「実家に帰る」ことを「藪入り」と言うようにもなったのです。

■好きな場所に遊びに出かける

年にたった2日のお休み。今年はこれをしたい、といったことを叶えられる日でもありました。実家が遠くて1日で往復できない人は、江戸界隈の人気店を覗いたり、流行りの劇を見たりしていたようです。

■閻魔さまをお参りする

薮入りは、地獄の閻魔さまも仕事をお休みするといわれ、各地の閻魔堂や十王堂(死後の世界を司る王さまを祭ったお堂)が開帳され、縁日が立つようになっていました。そこを訪れるという風習もありました。


【落語の「藪入り」はどんな話?オチは?】

古典落語に「藪入り」という話があります。別題を『お釜さま』『鼠の懸賞』と言い。三代目三遊亭金馬(さんゆうていきんば/1894-1964年)が十八番としていました。あらすじをご紹介しましょう。

主人公である亀吉の父親は、初めての藪入りで奉公先から帰ってくる息子(亀吉)の帰宅が楽しみでしかたありません。興奮して夜も眠れず、「帰ってきたらあれを食べさせて、あそこに連れていって…」と妄想を繰り広げ、妻に呆れられてしまう始末です。

ところが、いざ亀吉が帰ってくると、立派に成長した息子の姿に胸がいっぱいで、うまく話せません。ひと段落したのち、亀吉は風呂に行きますが、その間に母親が息子の財布から大金を見つけてしまいます。ふたりは「悪いことをして得たお金なのでは」と心配し、風呂から帰ってきた息子を訳も聞かずに怒鳴りつけ、喧嘩になってしまうのですが、実はそのお金は、そのとき流行っていたペストのため、ネズミを捕まえて警察に持って行くともらえた報酬金だったのです。

それを聞いた父親はほっとひと息。息子を疑ったことを謝って、「チュー(忠)のおかげだな。これからも主人を大切にしなよ」というオチで、噺は終わります。


【閻魔堂とは?「藪入り」にまつわる雑学】

■「藪入り」の過ごし方の定番、「閻魔参り」とは

上でも触れた「閻魔参り」。もう少し詳しくお話しましょう。

仏教では、1月16日と7月16日を「閻魔(えんま)参り」または「閻魔賽日(えんまさいじつ)」と言います。この日は、地獄の釜(かま)の蓋(ふた)が開いて亡者たちも「この世」に里帰りするため、地獄番の鬼もお休み。鬼も亡者も責め苦から免れます。ここから、「地獄の鬼さえも休む日には、人も仕事を休むべき」とされ、奉公人のある商家では、この日を「薮入り」として、休暇を与えたのです。

「閻魔賽日」の「賽日」とは「お参りする日」という意味で、休みをもらった奉公人は、実家や出かけ先で閻魔さまをまつった寺社にお参りするのが「藪入り」休暇の過ごし方の定番でした。閻魔堂とは、閻魔王を祭ったお堂で、京都にある引接寺 (いんじょうじ:千本閻魔堂)が有名です。ほかにも、閻魔さまゆかりの寺社では、露店が立ち並んで賑わう場所も多いようです。

■閻魔さまってどんな神さま?

「嘘をつくと閻魔さまに舌を抜かれるよ」。昔の子どもは嘘をつくと、大人たちにこう叱られました。今でも、閻魔さまという言葉から「怖い神さま」と連想する人は多いのですが、具体的にどんな神さまなのかは、よくわかりませんよね。

閻魔さまは閻魔大王とも呼ばれ、インド神話では「死の神」、仏教では、冥界(めいかい)の王、地獄の王として、人間の死後に善悪を裁く者とされています。死者の裁判を行う10人の王のうちのひとりとしても知られる一方、「子授け」や「子育て」、「眼病治癒」などの御利益があるといわれていますよ。

■「盆と正月が一緒に来た」ってどういうこと?

ものすごく忙しいことや、喜ばしいことが重なった際に使われる、「盆と正月が一緒に来たようだ」というフレーズをご存知ですか? 通常のボーナスに臨時収入が重なったり、偶然、朗報が重なったり…よいことが続く喜びを表現する慣用句ですが、この由来とされているのが、「藪入り」です。奉公人やその家族たちは、お盆とお正月の後、年2回ある藪入りを心待ちにしていました。「盆と正月が一緒に来た」は、その藪入りが一度に来た程、嬉しいという意味で使われます。

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「藪入り」とは、江戸時代の雇用者たちの「年に2度の休日」を指す言葉です。1年に、たった2日しか休みがないなんて、現代の感覚ではちょっと信じがたいものがありますね。「藪入り」で家族と一緒に過ごす時間は、本当に貴重で楽しいひとときだったことでしょう。

日本で週休二日制が導入されたのは、第二次世界大戦後。それに伴い「藪入り」の習慣もなくなりましたが、その名残は、正月休み・盆休みの帰省に見ることができます。2025年に迎える1月16日の藪入りは、木曜日。休日ではありませんが、離れて暮らす家族に電話するなどで感謝や望郷の思いを伝えてみてはいかがでしょうか。

この記事の執筆者
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