きりっとした芯の強さを感じさせる奥深い赤と、切子面からすんなりと差し込む透明な光のコントラストが小気味いい江戸切子。銅赤とよばれるこの赤色は、発色を安定させるのが難しいとされている。

丹念に切り込まれた文様は、江戸切子伝来の古典柄をベースに、新進のデザイナーがアレンジしたもので、熟練の切子士も手こずる新手の柄。

また、蓋ちょこと名付けられたように、切子の器にしては珍しい蓋付きで、この蓋だけで、もう一品つくるのと同じ工程を要する。

男の手元に映える「江戸切子」

江戸切子 蓋ちょこ/上から、滝縞、かまぼこ、二重矢来各¥20,000(廣田硝子)※すべて参考価格、編集部調べ
江戸切子 蓋ちょこ/上から、滝縞、かまぼこ、二重矢来各¥20,000(廣田硝子)※すべて参考価格、編集部調べ

これほど手間のかかる江戸切子のプロデュースにあえて挑戦したのは、創業明治32年の廣田硝子の4代目・廣田達朗さん。旧知の切子士は、廣田さんの注文に淡々と挑み、伝統の江戸切子に新しい息吹を吹き込んだ。こうして、つくり手の意気=粋が、形となって凝縮した。最後に、丹念な手磨きで仕上げられた一品が手渡されたとき、廣田さんは「やりきった!」とつぶやいたという。

蓋付きのデザインの発想のもとは、切子によくある酒器ではなく、そば猪ちょこ口。蓋は、薬味をのせるための小皿だというから、なんとも実用的。しかし、もちろん使い方は持ち主しだい。大切に食器棚に並べて眺められるより、日々、使われてこそ生まれたかいがある。

何より、粋で語呂のいい「江戸切子」の名前を持つ伝統の日用品が、江戸職人の技のさえを受け継ぎながら、今もなお、東京の下町でつくられ続けていることに、安堵さえ覚えるのである

※2014年夏号掲載時の情報です。

この記事の執筆者
TEXT :
堀 けいこ ライター
BY :
MEN'S Precious2014年夏号 和が生む、粋なる「モノ」語りより
音楽情報誌や新聞の記事・編集を手がけるプロダクションを経てフリーに。アウトドア雑誌、週刊誌、婦人雑誌、ライフスタイル誌などの記者・インタビュアー・ライター、単行本の編集サポートなどにたずさわる。近年ではレストラン取材やエンターテイメントの情報発信の記事なども担当し、ジャンルを問わないマルチなライターを実践する。
クレジット :
撮影/戸田嘉昭(パイルドライバー) 
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