【目次】
【「駅伝誕生の日」とは?意味・由来を簡潔に解説】
■4月27日は「駅伝誕生の日」
1917(大正6)年4月27日、江戸が東京になって50年の記念事業として行われた日本初の駅伝「東海道五十三次駅伝競走(東海道駅伝徒歩競走)」に由来する記念日。京都・三条大橋から東京・上野不忍池までの約mを23区間に分け、関東組と関西組の2チームの学生たちが、昼夜を問わず東海道を3日間走り続けるという過酷なリレー競技でした。「駅伝」という競技も言葉も、このイベントから始まったのですよ。「駅伝誕生の日」は、まさにこの大会を記念して制定されたものなのです。
■日本初の駅伝は超過酷なレース!
当時の東海道は現在のように街灯が道を照らしてはいなかったので、夜間は選手を囲んだ大集団が手にカンテラや懐中電灯を持ってコースを照らしてサポートしたといいます。また、コース途中の天竜川や木曽川などの大きな川には橋がなかったので、選手は渡し船で川を渡ったそう。
ちなみにこのルート、1868(明治元)年に明治天皇が京都を出発して江戸城に入ったものに由来します。
■最終走者はマラソンの父・金栗四三
日本初の駅伝で勝利した関東組の最終走者を務めたのは、1912(明治45)年のストックホルムオリンピックのマラソン競技で日本初のオリンピアンとなった金栗四三(かなくりしそう)氏。「マラソンの父」とも呼ばれ、2019年のNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺』の主人公のモデルとなったアスリートです。彼は現役引退後も日本の長距離選手の育成や強化に努め、1920(大正9)年に開催された第1回箱根駅伝の創設にも尽力しました。
現在、スタート地点とゴール地点である三条大橋および上野不忍池の近くには「駅伝発祥の地」の碑がそれぞれ置かれています。
【駅伝とは?競技の特徴と“たすき”に込められた意味】
■駅伝とは?
長距離を複数人で走るリレー競技のこと。正式には「駅伝競走」で、日本特有の競技といっていいようです。国際陸上競技連盟では駅伝の国際名称を「Road relay」としていますが、「EKIDEN」の名称でも知られています。
■名称の由来
「駅」とは、古代律令国家の交通制度で、主要街道におよそ30里(のちの約4里・16㎞)ごとに置かれた人や馬の乗り継ぎ場のこと。街道にあった宿場のことですね。「伝」は宿場に用意されていた公用の馬(伝馬)を指します。役人などが急ぎの用で移動する際、中継地点(駅)ごとに用意された馬を乗り継いで目的地を目指しました。この、「次々に乗り替えて繋いでいく仕組み」が駅伝のルーツといわれています。
■「たすき」に込められた意味
そもそも「たすき(襷)」は神事で装束を整えるために使われてきた道具。日本では古来、身に着けるものに魂が宿るという思想がありますが、駅伝でたすきを繋ぐのは次のランナーに託すことであり、前走者の魂を引き継ぐという意味を持ちます。
個人の記録よりチームとしての成果を重んじる点も、とても日本らしい精神ですね。制限時間内に次のランナーへたすきを繋ぐことができなかった場合の“繰り上げスタート”が悲劇的に捉えられるのも、日本人ならではの感性といえるでしょう。
【駅伝の魅力|チームでつなぐ競技が人を惹きつける理由】
駅伝の魅力のひとつが個人の記録よりチームとしての成果だとお伝えしましたが、なぜチーム競技、チームプレーに惹きつけられるのでしょう。考えられる理由を挙げてみます。
■競技者も観客も、「共感」「共有」「感動」が生まれやすい
■チームには「主役」も「脇役」も「黒子」も必要だという全肯定
■「献身」や「自己犠牲」に美徳を感じる日本人の感性
ひとりでは弱い存在でも、組織の一員になると個の能力が引き上げられる――ということが起こる点も、駅伝に関わらずチーム競技の魅力ですね。
【現代に受け継がれる駅伝文化】
■正月のお茶の間やコース沿道を熱くする「箱根駅伝」
「箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝)」は、関東学連加盟大学のなかから前年度の同競技トップ10チームと、10月に開催される予選会通過校10チーム、そしてオープン参加の「関東学生連合」を加えた計21チームが、1月2日と3日の2日間にわたってゴールを目指す学生最大の駅伝競走です。
往路は、東京・大手町の読売新聞社前から、神奈川の箱根芦ノ湖畔まで。復路はその逆を走る、往復10区間227.9㎞のレース。往路・復路ともに4か所設けられた中継所で各大学の選手がたすきを繋ぐシーンは、お正月の風物詩といってもいいくらい馴染みの深いイベントですね。
「箱根駅伝」が誕生したのは1920(大正9)年。金栗四三氏が世界で戦える選手の育成を目標に創設しました。彼は「東海道五十三次駅伝競走(東海道駅伝徒歩競走)」で最終ランナーを務めた経験から、「箱根駅伝」の開催を思いついたのだそう。戦中・戦後に一時的な中断はありましたが、1987(昭和62)年にテレビで生放送されるようになるとさらに高い人気を博し、2024(令和6)年に100回大会という大きな節目を迎えました。
■女子駅伝も増えています
「箱根駅伝」同様、お正月に開催されるのが、「全日本実業団対抗駅伝(ニューイヤー駅伝、1月1日、前橋。1957年開始)です。このほか、「全国都道府県対抗男子駅伝(ひろしま男子駅伝、1月、広島。1996年開始)」、「全日本大学駅伝(11月、名古屋―伊勢 (いせ) 。1970年開始)」、「全国高等学校駅伝(12月、京都。1950年開始)」などがあり、1980年以降になると、女子や中学生のレースも行われるようになりました。
女子の主なレースとしては、1983年から始まった「全国都道府県対抗女子駅伝(全国女子駅伝、1月、京都)」をはじめとして、「全日本実業団対抗女子駅伝(クイーンズ駅伝in宮城、11月、仙台。1981年開始)」、「全日本大学女子駅伝(10月、仙台。1983年開始)」、「全国高等学校駅伝(12月、京都。1989年開始)」などがあり、現在では男子とほとんど変わらない競技数となっています。
■海外の「駅伝」、国際大会は?
1986年には北京 (ペキン) で「日中友好万里の長城駅伝(のちに北京国際駅伝)」が開かれたのをはじめ、ニューヨークでは「全米50州対抗駅伝」、韓国では「ソウル国際女子駅伝」などが開催されました。最近では2024年6月にイギリスで初の駅伝が行われています。しかし、五輪実施種目と比べると世界的な知名度はいまひとつ。日本国内で行われていた「国際千葉駅伝(男女混合、11月)」や「横浜国際女子駅伝(2月)」も、マラソンなどとの過密日程や外国チームの参加数減少などにより幕を閉じています。
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駅伝の応援に行ったことはありますか? 沿道からの声援も選手たちの力になります。「たすきを渡しながらチームで長距離を走る一体感」が駅伝の魅力。全力を尽くし、次へ、次へとつないでいくことで一丸となって達成を目指す…歴史のある競技ですが、そのスタイルは、まさに現代が求める考え方に合致しているといえそうですね!
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- 参考資料:『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)/『デジタル大辞泉』(小学館)/読売新聞HP( https://info.yomiuri.co.jp/group/history/ )/佐川スポーツ財団HP( https://www.ssf.or.jp/index.html ) :

















