このブログを書きながら、もう一つのPCで、南北首脳会談の様子を観ていた。
朝鮮半島の情勢を、別に根拠があるわけではないが「悪くなることはあっても、良くなることはないんじゃないか」という悲観的な目でずっと眺めていたぼくにとって、両首脳が手を携えて軍事境界線をいったりきたりしているのは、ニワカには信じがたい光景である。
国家権力の緊張を描いたアクション映画『V.I.P修羅の獣たち』
嘲笑うような視線の先は何を見ている?
しかしその一方、金大中や盧武鉉政権のときもオヤジである金正日と首脳会談をおこなっているが、首脳が顔を合わせたという以外何が成果だったのか、ぼくには判然としなかった。内容よりも握手シーンの写真だけが印象にのこったイベントという記憶があるから今回も油断ならないと心のどこかで思っているのである。
官僚たちの下打ち合わせでは何を合意したのか。首脳マターで決着する停戦、非核化、統一についての前進はあるのか。会談の内容や合意事項については夕方発表されるのだろうが、偶然にも、ぼくは、そのころ南北問題を背景にした韓国のクライムアクション『V.I.P. 修羅の獣たち』(6月16日公開予定)の試写を観終わり、渋谷の街に出るころなのだ。
もし何か大きな具体的合意があり、南北が和平・統一に向かって歩みだすということになると、「北から亡命させた最重要人物(VIP)が殺人事件の容疑者だったら?」というとんでもなくオモシロイ設定が突然現実味を失うような気がしてならない。興行的には大打撃だろう。大好きなチャン・ドンゴン主演、監督は『新しい世界』というこれまたオモシロイ韓国マフィアの映画で一躍注目を浴びたパク・フンジョンなだけに、ぼくはそのあたりビミョーな気持ちなのである。
いやいや、この『VIP』に限ったことじゃない。そもそも日本で韓国映画の認知を一気に高めた『シュリ』(1999年)や『JSA』(2000年)、近年でいうと『ベルリン・ファイル』(2013年)や『シークレット・ミッション』(2013年)などのヒット作がある〈南北スパイ〉ものという一大ジャンルそのものが危機に陥ることになる。まあ、むろん、大局的に言えばそれは歓迎するべき事態ではあるのだがね(笑)。
似たようなことは1991年のソ連崩壊のときに起きている。それまでスパイ小説といえば、そのほとんどが冷戦を舞台にした英米対ソ連という対決構図のなかで描かれていた。イアン・フレミングの007シリーズの初期、グレアム・グリーンの『ヒューマン・ファクター』、ジョン・ル・カレの『寒い国から帰ってきたスパイ』や『スマイリー・シリーズ』などその典型である。ところが肝心のベルリンの壁が崩れ、KGBが消えてしまったら西側のスパイは誰と戦えばよいのよ?ということになってしまった。
むろんKGBの代わりにテロリストやその支援国家という敵役があらわれ、スパイ小説はいまでも永らえているが、90年代初期、スパイ小説の手練たちは実際、途方にくれていたのである。
それと同じようなことが緊急事態が韓国の映画/TVプロデューサーたちの身の上に今日起こるのかどうか……。
さてさて、歯を磨いて、おとなしめのオーデコロンをつけて、渋谷桜ケ丘の試写場に参りますか。
国家の威信をかけた駆け引きに注目
6月16日(土)より、シネマート新宿ほか全国ロードショー
配給:クロックワークス
V.I.P. 修羅の獣たち公式サイト
- TEXT :
- 林 信朗 服飾評論家