【目次】

【前回のあらすじ】

米の高騰に民の生活は立ち行かず、江戸市中には諸国から米を求めてやってきた流民(るみん)が集まり、お救い小屋はあふれるばかり。お救い小屋とは、飢饉や災害などによって家や職を失った窮民を救済するため臨時に設けられた施設のこと。現代で言うところの災害時の避難所や炊き出し所が、江戸時代にすでにあったのです。互助精神に長けた日本人らしさの表れですね。

浅間山の噴火や冷害、海流異変などが原因とされている天明の飢饉(1782~1789年)。米の値を下げる件はいったん目途がついたかに思えましたが、米の高騰は商人をもうけさせて私腹を肥やそうとする田沼意次(渡辺謙さん)の悪だくみだと噂され、息子の意知(宮沢氷魚さん)が吉原に出入りしていることも広まります。

そんな噂が広まる様子は「人の口に戸は立てられない」ということわざの通り。そこに策略が見え隠れしていそうな気がするのは、今後の展開の“匂わせ”でしょうか。

米騒動が落ち着かなければ、意知と身も心も通い合った誰袖花魁(福原 遥さん)の身請け話も進展は望めない――と思っていたら! このままではらちが明かないと、意知は自分ではなく旗本の土山宗次郎(栁 俊太郎さん)に身請けさせる手筈を整えていたのです。

第22回より。(C)NHK
第22回より。(C)NHK

意知は誰袖にメロメロですね。誰袖花魁は、表向きは土山の妾、実は意知の女、というわけですが――え? いやいや待って! そもそも誰袖花魁は土山のご贔屓だったはず。田沼の側近だった勘定組頭の土山は蝦夷地の事情にも通じていたため田沼親子に重宝されていましたが、えーっ、土山宗次郎! そんな超プライベートなことまで引き受けちゃっていいの?

そんなこんなで晴れて誰袖花魁は吉原大門を出ることに。禿時代から蔦重を慕い、「いつわっちを身請けしてくれるんでありんすか?」とまとわりついていたかをり(誰袖花魁の幼名)ですが…大文字屋を去る日の彼女の美しさといったら! 髪型も化粧も装いも、武家の奥様風にすっかり仕上がっていましたね。

松前廣年(ひょうろくさん)をはめようとしていたときとは別人の、ピュアな美しさが見事。(C)NHK

着付けも帯結びも、女郎のそれとはまったく違います。武家の奥さまだろうと女郎だろうと女衆(おんなし/下女のこと)だろうと、着物の元の形はみな同じ。着付けや着方だけで身分や品格を表すことができる日本の着物のような着衣は、世界中を見渡しても本当に珍しいのです。 瀬川花魁(小芝風花さん)が白無垢姿で、吉原のメインストリートである仲之町を歩いた美しさとは異なる、可憐さとしたたかさを併せもって自ら幸せを掴んだ、そんなこの上なく幸せな美しさでした。

蔦重(横浜流星さん)が大文字屋の座敷で誰袖の幼名「かをり」と呼んだそのひと言にも、グッときた人は多かったはず。

幸せの絶頂直後に奈落へ…。(C)
幸せの絶頂直後に奈落へ…。(C)

そして、そんな幸せ絶好調からの………………つらすぎます(泣)。


【意知とのラブストーリーは…誰袖花魁って?】

■実在した誰袖花魁

福原遥さん演じる誰袖は吉原に実在した花魁です。江戸中期から後期にかけて存在した大見世の「大文字屋」に幼いころに身を寄せた誰袖ですが、実際の生没年や素性はわかっていません。天明3(1783)年発行の蔦重版『吉原細見五葉枩(松)』には、「大もんしや」「大もんしや市兵衛」「たがそで」の名がしっかり記載されています。

誰袖が大文字屋を代表する花魁であり、土山宗次郎に身請けされたのは事実ですが、花雲助という仮の名前で吉原へ来ていた田沼意知と誰袖のエピソードは『べらぼう』のオリジナル。鳥山検校(市原隼人さん)に1400両で身請けされた瀬川と比べても劣らない1200両で土山に身請けされた誰袖ですが、その大金はどこから? という辺りは、今後の展開のなかで描かれるのでしょうか。

本作は、江戸時代中期から後期にかけて江戸に実在した人物や出来事、店や書物などを用いながら、オリジナルキャラやエピソードを盛り込むという手法で視聴者を引き込んでいます。森下佳子さんの脚本や演出が見事にはまった大河ドラマといえるでしょう。

■日本美術に見られる「誰袖」

「誰袖(たがそで)」という名称を、吉原の花魁の名前ではなくご存知の方もいるかも? 日本美術好きなら「誰袖図」や「誰袖図屛風」を、見たり聞いたりしたことがあるかもしれません。

『日本国語大辞典』によると「誰袖」は【桃山時代から江戸時代にかけて流行した、さまざまな豪華な婦人の衣装を衣桁(いこう)にかけた図。装飾的な屏風絵などに用いた】もの。「誰が袖」とも書きます。人物は描かれず、衣桁に掛けられた美しい着物や周辺の調度品などから持ち主を想像するという、粋な趣向の絵画様式なのです。

根津美術館やサントリー美術館、MIHO MUSEUMなどに、美しい誰袖図屛風が所蔵されています。


【次回 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第28回 「佐野世直大明神」のあらすじ】

城中で意知(宮沢氷魚)が佐野政言(矢本悠馬)に斬られ、志半ばで命を落とし、政言も切腹する。後日、市中を進む意知の葬列を蔦重(横浜流星)たちが見守る中、突如石が投げ込まれ、場が騒然となり、誰袖(福原遥)は棺を庇い駆け出す…。憔悴しきった誰袖を前に、蔦重は亡き意知の無念を晴らす術を考え始める。そんな中、政演(古川雄大)が見せた一枚の絵をきっかけに、仇討ちを題材にした新たな黄表紙の企画を実行する。

※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第27回 「願わくば花の下にて春死なん」のNHKプラス配信期間は2025年7月20日(日)午後8:44までです。また、7月20日(日)総合 午後8:00の『べらぼう』は選挙特番のためお休みです。

この記事の執筆者
美しいものこそ贅沢。新しい時代のラグジュアリー・ファッションマガジン『Precious』の編集部アカウントです。雑誌制作の過程で見つけた美しいもの、楽しいことをご紹介します。
WRITING :
小竹智子
参考資料:『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 後編』(NHK出版)/『日本国語大辞典』(小学館)/『初めての大河ドラマ べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~歴史おもしろBOOK』(小学館)/『蔦屋重三郎の生涯と吉原遊郭』(宝島社) :