格差、シリアの内戦、東日本大震災、原発事故、結婚など、今を生きる私たちの現実が織り込まれた物語『i(アイ)』を上梓した作家・西加奈子さん。インタビュー4回目は、愛や幸せを感じる瞬間についてうかがいます。

第4回 好きな人の魅力は、箇条書きできないもの

笑顔の西加奈子さん
笑顔の西加奈子さん
――― 女性ならではかもしれませんが、「誰かに愛されているから存在価値がある」「子どもを産み育てているから生まれてきた意味がある」と考えて、逆にそれらが得られていないと自分に自信がもてない…という瞬間もあると思います。『i』には、生きる意味を問いかけられている気がしました。
友達に読んでほしいと思って書いた作品でもあるんです。同世代の友達が失恋して、この歳で失恋はしんどいとすごく落ち込んでいて。話を聴いていたら、本当にいい子なので「西さんがいてくれたから私がいられる、ありがとう」って、何度もお礼を言ってくれるんですよ。その気持ちは美しいし嬉しいけど、私は「あなたが素晴らしい人だからあなたの話を聞きたいんだよ」と言いたくて。美しい感情だけど、「●●がいるから、私がいられる」って、今の社会に照らし合わせて極端に言うと「国があるから、自分がいられる」になってしまう。『i』の中でも、主人公は帰る国がないことでアイデンティティが揺らいでしまうんですが、何よりも最初に「I」があると伝えたかった。だからって「私のおかげ」はもちろんダメで、バランスは大事なんですけど、「私がいる」が先なんだと。その視点で見ると、愛されたり、子どもを産み育てたりすることは本当に素晴らしいことだけど、「私がこの世にいるから」生まれた価値のひとつにすぎないんですよね。
――― 西さんご自身の愛にまつわるお話もうかがいたいと思います。これまでの人生で、愛によって影響を受けたことはありますか?
20代のころは、自意識が高くて自己否定もあったけど、「あなたは悪くない」と言ってくれた人がいたんです。「いてくれてありがとう」という感情を受け取ることができたのは、救われましたね。あと何より大きかったのは、自分の体ひとつしかないと気づいたときの衝撃。私、恋愛に限らず好きな人や尊敬する人ができると、「一体化したい」「その人の皮をかぶって、相手の目のすき間から世界を見たい」と思っていたんですよ。でも、「中に自分が入っている」という時点で、それは自分でしかない。一生、自分から逃れられないということに、絶望しつつ、強さも感じて。覚悟を決めましたね。
――― 愛を感じる瞬間といえば?
日々感じてますね。じんわり、あたたかい。すごく幸せです。当たり前と思ってはいけないですが。
――― ちなみに、日常の中で幸せだなと思うのはどんなときでしょう?
お風呂入るとき。すごい贅沢。あれだけの水を使ってあったかいところに入る。うわ~って、つい拝みたくなります。かといって長くは入らないんですけど。「はぁ、出よ出よ! 熱い熱い!」って。感謝の時間は短い(笑)。あと、つまらないんですが、好きな人たちとごはんを食べに行って、オーダーするとき。「いいねぇ」「それいいねぇ」って褒めたたえ合う時間。あれ、永遠に続けばいいのにと思います(笑)。
――― では、愛する人は?
友達も、夫も、家族も。全員で浮かぶ感じですね。集合写真みたいに。
西加奈子さん横顔
西加奈子さん横顔
――― 結婚の決め手となった、パートナーの魅力はどんなところでしたか?
パートナーに限りませんが、友人でも一緒にいたい人でも、箇条書きにできないところがいいんじゃないでしょうか。箇条書きにしちゃうとそれ以外のことが光らなくなる気がします。もっとまんべんなく、おかゆみたいな感じなんですよね。お米が立ってないイメージ。すべての人や物事に対して、「どこがいいかわからんけどなんか好き」でいいんじゃないかなと。もちろん作家をしていると、こうやって取材されることもあるし、小説の中で書かなくてはいけないこともあるんですが、言葉って祝福であると同時に、呪いでもあるから。「こういうところが好き」と言ってしまうと限定されてしまう。その強度は怖い。もっと曖昧でいいんじゃないかな。日ごろ仕事で言葉にならないものにパキパキ名前をつけているので、なおさら思いますね。
――― 人の気持ちは、曖昧でいることに不安をおぼえてしまう側面もあるかもしれませんね。
たぶん、曖昧って気持ち悪いんですよ。はっきりさせると気持ちいい。一見気持ちいいかもしれないですけど、「○○だから好き」ではなく、「共感はしないけどなんか好き」とか「理解できないけど会いたい」とか、本来混じり合っているものだと思います。

■西加奈子さんインタビュー

>>【第1回】「自分とは違う人」を排除してしまう30代、40代へ
>>【第2回】かっこいいと思うのは、緊張感のある人
>>【第3回】LGBTQ……性別より前に、人が属するものとは?
>>【第5回】人の評価にどれだけ傷ついても、魂は守る

■『サラバ!』から2年、西加奈子さんが全身全霊で現代を書き上げた衝撃作

『i』
ポプラ社/1,500円(税抜)
(アイ)アメリカ人の父と日本人の母のもとへ、シリアから養子としてやってきたアイ。優しい両親に見守られて育ち、豊かで安全な生活を送る日々。一方で、恵まれた自分の環境に、罪悪感を抱く。〈選ばれた自分がいるということは、選ばれなかった誰かがいる〉と。やがてアイは、内戦、災害、テロ……そこで死んだ人々の数をノートに書き始める。〈どうして私じゃないんだろう〉。逃れようのない現実と虚ろな自分の存在意義。問い続けることでたどり着いた“解”とは――。今、この世界を生きる私たちに、自身の扉を開く勇気をくれる、強く優しい物語。
西 加奈子さん
作家
(にし かなこ) 1977年イラン・テヘラン生まれ、エジプト・カイロ、大阪で育つ。2004年『あおい』でデビュー。『通天閣』(06年)で織田作之助賞、『ふくわらい』(12年)で河合隼雄物語賞、『サラバ!』(14年)で直木賞受賞。
この記事の執筆者
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クレジット :
撮影/相馬ミナ 構成/佐藤久美子(LIVErary.tokyo)