格差、シリアの内戦、東日本大震災、原発事故、結婚など、今を生きる私たちの現実が織り込まれた物語『i(アイ)』を上梓した作家・西加奈子さん。インタビュー5回目は、他人からの「評価」についてうかがいます。

お話中の西加奈子さん
お話中の西加奈子さん

第5回 SNSの「いいね!」では満足できない

――― 西さんの作品を読んでいると、生身のコミュニケーションの大切さを感じさせられます。意識されている部分でもあるのでしょうか?
SNSやバーチャルな世界でのコミュニケーションで孤独から救われている人もたくさんいるし、革命も起きている。決して否定はしていないし、むしろ素晴らしいツールだなと思います。でも自分は数ある作家のひとりとして、生身の人間のぶつかり合いを書きたい。古いってわかってるんですけど、信じられるものは生身。それ以外の話はほかの誰かが書いてくれると思っています。

私自身はSNSの効用が自分にはないとわかっているからやりません。欲張りなんです。「いいね!」だけでは絶対満足できない。すごくおいしい晩ご飯を食べたいから、おやつは食べない…という感覚に似ているかも。ごはんという小説のために、すべてを賭けたいんです。小説に対しては、思いっきり全部出して、賛否含めて手間のかかった感想がほしいんです。すごくわがままなんですよね。お手紙をくださったり、サイン会に会いに来てくださるのがすごくうれしいから、ひと言「西さんの小説いいね!」があっても「足りない!」と(笑)。インターネットの素晴らしさである、手軽さや近さが私にとっては「足りない」になっちゃう。それなら、直接私にコンタクトを取らなくても、私の本がきっかけで読書をするようになった人がどこかにいるということのほうが、よほどうれしいです。

――― 賞や書評は、うれしいものですか?
めちゃくちゃうれしいです。小説を書き続けておられる選考委員の方が、「あなたの作品はどうなの?」と言われるリスクをおかして、作家生命を懸けて評価してくれることがうれしいです。それは刺し違える覚悟で受け止めます。書評家の方や小説を書かれていない方からの批評に対しては、傷つくこともありますが、名前を出して意見してくれている。小説をすごく愛して、勇気を出して批判してくれるってすごいことだと思います。ちゃんと体重が乗っている感じがする。私はその体重がほしいです。
西加奈子さんの手
西加奈子さんの手
――― 評価されることは怖くはないのでしょうか?
すごく変な言い方ですけど、何を言われても書き続ける自信はあるんです。私の小説だけが小説じゃないから。私の本一冊しかないなら押しつぶされそうですが、たとえ評価が悪くても、必ずその人を救う本がほかにある。全世界の作家とチームみたいな意識です。誰かが取りこぼした人を誰かが拾っている。だから好きに書ける。あとは、どれだけ傷ついても腹が立っても、作品には影響しないんですよね。心はやわらかいので傷つくこともあるし、怒りもするんですが、魂はなびかない。観念的ですが、魂は自分から差し出さないかぎり、傷つかない。

心がどれだけ傷ついても、魂さえ守っていたら作家としてやっていけるんだと、いろんな作家の姿勢を見て教えられました。「傷ついてない」のは嘘。傷ついてもいいから作品を守る。あえて魂を売って違う世界に渡るというのも勇気ですが、自分の場合は魂を守りさえできたら、死ぬときに後悔しないんじゃないかと思います。

――― 魂から生まれた作品…これからも読ませていただきたいです。最後に、作家として、女性として今後はどのようになっていきたいですか?
これは人間としてですが、やわらかくありたいなと思っています。硬いだけでは折れてしまうけれど、やわらかさは強さ。しなやかに、でも、魂は硬く。モリスンが書いている「新緑の小枝は完全な円になるほど曲がるが、折れはしない」という言葉がまさにですね。新緑のようにビビットに感じられるよう、何に対してもファーストタッチで接することを大事に生きていきたいです。
自身の作品の前に立つ西加奈子さん
自身の作品の前に立つ西加奈子さん

■西加奈子さんインタビュー

>>【第1回】「自分とは違う人」を排除してしまう30代、40代へ
>>【第2回】かっこいいと思うのは、緊張感のある人
>>【第3回】LGBTQ……性別より前に、人が属するものとは?
>>【第4回】言葉は祝福であると同時に、呪いでもある

■『サラバ!』から2年、西加奈子さんが全身全霊で現代を書き上げた衝撃作

『i』
ポプラ社/1,500円(税抜)
(アイ)アメリカ人の父と日本人の母のもとへ、シリアから養子としてやってきたアイ。優しい両親に見守られて育ち、豊かで安全な生活を送る日々。一方で、恵まれた自分の環境に、罪悪感を抱く。〈選ばれた自分がいるということは、選ばれなかった誰かがいる〉と。やがてアイは、内戦、災害、テロ……そこで死んだ人々の数をノートに書き始める。〈どうして私じゃないんだろう〉。逃れようのない現実と虚ろな自分の存在意義。問い続けることでたどり着いた“解”とは――。今、この世界を生きる私たちに、自身の扉を開く勇気をくれる、強く優しい物語。
西 加奈子さん
作家
(にし かなこ) 1977年イラン・テヘラン生まれ、エジプト・カイロ、大阪で育つ。2004年『あおい』でデビュー。『通天閣』(06年)で織田作之助賞、『ふくわらい』(12年)で河合隼雄物語賞、『サラバ!』(14年)で直木賞受賞。
この記事の執筆者
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クレジット :
撮影/相馬ミナ 構成/佐藤久美子(LIVErary.tokyo)