格差、シリアの内戦、東日本大震災、原発事故、結婚など、今を生きる私たちの現実が織り込まれた物語『i(アイ)』を上梓した作家・西加奈子さん。インタビュー3回目は、セクシャリティへに対する考え方と創作の源である本についてうかがいます。

第3回 セクシャリティは、もっと流動的でいい

お話中の西加奈子さん
お話中の西加奈子さん
――― 本作『 i 』の中では、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、それぞれの英語の頭文字からとったセクシャルマイノリティの総称)についても触れられています。海外では、LGBTQと「Q」をつけることが一般的になっているとか。
Qは、Questioning。素晴らしい概念だと思ったんです。「レズビアンだけど男性ともセックスしてみたい」というような、自分の性別がどこに属するのかわからなくて、LGBTという枠に収まらない方もいる。セクシャリティなんて自分のものなんだから、もっと流動的でいいんですよね。このことを書いてみたいと考えていたとき、Qのさらに前に、人がまず属すとしたら「I」があるんじゃないかなと。「私」ですね。それで、どこに行っても私でしかないということを書きたいなと。
――― 取材はかなりされたんでしょうか。
今回、話を聴きに行ったのは、数学科の人とデモに参加した人ですね。それ以外の立場の方には話を聴かずに創作しているので、全部私に責任があります。私、気が弱いから、小説の取材のために話を聴くと、その方を投影した登場人物を幸せにしないといけないと思ってしまうんですね。1度だけ、『サラバ!』執筆のときに、エジプトのコプト教の方がどんな日常を過ごしていたのかを聴きに行きましたが、「この人に私の小説を読まれることはないやろう」と思ったからできたことで。普段は「こんなに時間をつくってお話してくださったんだから」と気を回してしまう。プロとしては失格だし、残酷にならないといけないのですけど。それも含めて50代、60代が楽しみですね。「すべて小説のためだ」と切り離して書けるようになるかも。今は取材の代わりに、数多ある本を読んで想像しています。
微笑む西加奈子さん
微笑む西加奈子さん
――― 本から発想が広がっていくと。
これだけ世界中に本があることには、絶対に意味があります。どこかに必ず自分のための本がある。自由に選べるってとんでもない幸せなんです。私自身、作者としてだけではなく、一読者としても、たくさんの作家がいるということ、自分のための一冊を選ぶことが出来るという環境に助けられています。
――― 西さんにとって、自分のための1冊というのは?
人生そのときどきで違いますが、中学のときに『沈黙』(遠藤周作)を読んで衝撃を受けましたし、『青い眼が欲しい』は、作者のトニ・モリスンに話しかけられているような気がして、震えるぐらい感銘を受けました。今は、チママンダ・ンゴズイ・アディーチェでしょうか。海外の作品で境遇が違うので共感はできないけど、「これは自分の本だ」と思えるんです。

■西加奈子さんインタビュー

>>【第1回】「自分とは違う人」を排除してしまう30代、40代へ
>>【第2回】かっこいいと思うのは、緊張感のある人
>>【第4回】言葉は祝福であると同時に、呪いでもある
>>【第5回】人の評価にどれだけ傷ついても、魂は守る

■『サラバ!』から2年、西加奈子さんが全身全霊で現代を書き上げた衝撃作

『i』
ポプラ社/1,500円(税抜)
(アイ)アメリカ人の父と日本人の母のもとへ、シリアから養子としてやってきたアイ。優しい両親に見守られて育ち、豊かで安全な生活を送る日々。一方で、恵まれた自分の環境に、罪悪感を抱く。〈選ばれた自分がいるということは、選ばれなかった誰かがいる〉と。やがてアイは、内戦、災害、テロ……そこで死んだ人々の数をノートに書き始める。〈どうして私じゃないんだろう〉。逃れようのない現実と虚ろな自分の存在意義。問い続けることでたどり着いた“解”とは――。今、この世界を生きる私たちに、自身の扉を開く勇気をくれる、強く優しい物語。
西 加奈子さん
作家
(にし かなこ) 1977年イラン・テヘラン生まれ、エジプト・カイロ、大阪で育つ。2004年『あおい』でデビュー。『通天閣』(06年)で織田作之助賞、『ふくわらい』(12年)で河合隼雄物語賞、『サラバ!』(14年)で直木賞受賞。
この記事の執筆者
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