格差、シリアの内戦、東日本大震災、原発事故、結婚など、今を生きる私たちの現実が織り込まれた物語『i(アイ)』を上梓した作家・西加奈子さん。インタビュー2回目は、他人と自分との距離感についてうかがいます。

第2回 人に嫌われないための気遣いより、緊張感のある真摯さがほしい

お話中の西加奈子さん
お話中の西加奈子さん
―――  人は全員違うという意識は、いつごろ芽生えたのでしょうか。
30歳くらいですかね。27歳でデビューしたばかりのころって、同世代の作家の本を読むのが怖くて避けてたんです。設定が同じだったらどうしようとか、影響されるんじゃないかとか。でも、実際読んでみて、会ってみたら、みんな私とはまったく違う。あと、海外旅行に頻繁に行きだして、どの国に行っても友達の感想は私のものにはならないと気づいたんです。同じ経験をしても自分の体を通して出てくる表現でしかないなら、似ていても同じなはずがない。「私は私でしかない」と思えるようになったのは大きかったですね。20代は影響されないように踏ん張ってたんですけど、どれだけ混ざろうが、テーマがかぶろうが、絶対自分のものができるとわかった。作品をたくさん書いたからこそ確信できた部分でもあります。そうしたら、好きなものに影響されるのが怖くなくなりました。
ただし、“気持ちよさ”には気をつけています。ツーカーで話が通じる人たちと笑い合っている瞬間は大切だけど、そこでウットリしていたら、まさに「私たちって最高」状態ですから。私、けっこうすぐウットリゾーンに入ってしまうので(笑)。例えば人前に立つときにも正直であろうと心がけています。自分の意見にウットリして気持ちよくなってしまうと、そこで思考停止になって、考えることをやめてしまう。『i』のテーマでもあるんですけど、気持ちいい生活よりは、苦しくても考え続ける生活を大事にしたいです。
――― 確かに、気持ちよくなると、そこで満足してしまいそうです。
たとえば、「作家たるもの、恋しなきゃだめだよ」という言葉、これはまさに気持ちよくなってる状態ではないでしょうか。もちろん心底そう思っている方が仰る、本当に体重がのっている言葉なら信じられます。でも、恋しなくてもいい作品が書ける人だっている。気持ちのいい言葉ではなく、違和感があっても責任のある言葉を選びたいですね。ちゃんと違和感を抱えている人って、上辺だけの言葉に乗らない。ずっと考えてるんですよね。こちらも生半可な言葉を出せないくらい。かっこいいなと思うのは、そういう緊張感のある人です。緊張する場面って必要だし、自分もそうありたいなと。昔は波風立てたくなくて、気持ちのいい言葉を頼りにするときもありましたが、今は相手を緊張させてでも真摯な言葉を発したいと思うようになりました。
――― 意外です。とてもお優しい印象なので。
最近は緊張させているんじゃないでしょうか。でも誰とでも打ち解ける必要はないし、そこは真摯でいたいというか。人にどう思われるかが気にならなくなってきました。「そんなことより体あっためたいわ~」とか思いますから。もうおばちゃんですね(笑)。
笑顔の西加奈子さん
笑顔の西加奈子さん
――― 冷えは心身の大敵ですしね(笑)。鈍感力が鍛えられてきたということでしょうか。
そうなのかな。とにかく最近は年とるのが楽しみになりましたね。きっとどんどん図太くなって、余計なこと考えずに作品に集中できる。50代くらいがピークで書けるのかなと期待しています。今は今で、せめぎ合ってる感じが好きなんですけどね。

■西加奈子さんインタビュー

>>【第1回】「自分とは違う人」を排除してしまう30代、40代へ
>>【第3回】LGBTQ……性別より前に、人が属するものとは?
>>【第4回】言葉は祝福であると同時に、呪いでもある
>>【第5回】人の評価にどれだけ傷ついても、魂は守る

■『サラバ!』から2年、西加奈子さんが全身全霊で現代を書き上げた衝撃作

『i』
ポプラ社/1,500円(税抜)
(アイ)アメリカ人の父と日本人の母のもとへ、シリアから養子としてやってきたアイ。優しい両親に見守られて育ち、豊かで安全な生活を送る日々。一方で、恵まれた自分の環境に、罪悪感を抱く。〈選ばれた自分がいるということは、選ばれなかった誰かがいる〉と。やがてアイは、内戦、災害、テロ……そこで死んだ人々の数をノートに書き始める。〈どうして私じゃないんだろう〉。逃れようのない現実と虚ろな自分の存在意義。問い続けることでたどり着いた“解”とは――。今、この世界を生きる私たちに、自身の扉を開く勇気をくれる、強く優しい物語。
西 加奈子さん
作家
(にし かなこ) 1977年イラン・テヘラン生まれ、エジプト・カイロ、大阪で育つ。2004年『あおい』でデビュー。『通天閣』(06年)で織田作之助賞、『ふくわらい』(12年)で河合隼雄物語賞、『サラバ!』(14年)で直木賞受賞。
この記事の執筆者
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