シンプルでありながら、圧倒的に贅沢! 着る人の個性を引き立てる上質な白シャツは、プレシャス世代の女性にとって、なくてはならないキーアイテムです。
雑誌『Precious』9月号では【ラグジュアリーな「白シャツ」名鑑】と題して、着る人の個性を引き立たせる「白シャツ」を特集。
今回は、小説家・朝吹真理子さんの、シャツにまつわるエッセイ「再び出会う」をお届けします。
【SPECIAL ESSAY】小説家・朝吹真理子さん寄稿 「再び出会う」

わたしのまわりにはシャツを着ているひとが多かった。シルクシャツをすこしまくり、つめがやわらかくて時計の金具を外せないという祖母が、時計を父に外してもらっているすがたが女王様みたいで憧れた。父も糊のきいた白いシャツを毎日着ていて、クリーニングに出すボックスに山のようになった白い張りのある布をきれいだと思ってみていた。シャツはいちばん身近な装いで、だからこそ退屈でもあった。
学生時代、着たい訳ではないのにクローゼットにはアイロンのかかったPOLOの白いレギュラーカラーシャツが五枚並んでいて、朝起きると自動的にそれを着ねばならなかった。禁欲的なシャツだと思って苦しかった。私は皮膚を人に見られることが苦手だったので、長袖に皮膚が覆われていると安心し、むかしは盛夏でも決して半袖を着なかった。いまも長袖の方がじぶんらしい気がしている。十数年間白いシャツばかり着ていたことにうんざりしていたので、自由に服を選べるようになるとシャツを買おうという気がまったくおきなかった。
数年前、どうしてなのかわからないけれど、たまたま入ったジル サンダーで、襟が極めてこぶりで細身のコットンシャツをみかけて、襟の小ささがきれいで、抑制された雰囲気と同時に、風通しのいい自由さも感じたプレーンなシャツで、試着室でだいぶ悩んだ末に、再びシャツに出会っているような気がして、買うことに決めた。それでもはじめはどう着ていいかわからず、ボタンをきちんととめ、似合っているか不安なまま袖を通していた。
とある撮影のときお化粧をしてくださった加茂克也さんが 「そのジル サンダーのシャツは袖をすこしまくりあげて、そこにエルサ ・ペレッティがデザインした’70〜’80年代のヴィンテージバングルを探してつけるともっと似合う、シャツはアイロンをあてないで着ても素敵なんだよ」と教えてくださった。その日、加茂さんが着ていたくすんだライラック色のシャツもジル サンダーで、くたっとした質感がとても色っぽくみえた。素敵な大人から言われたので愚直にそれを信じ、以来、シャツはほとんど手洗いしている。アイロンもあてない。ヴィンテージバングルもずっと探していて、たまたま今年、ぴったり合うものをみつけることができた。

去年亡くなってしまった画家の田名網敬一さんも、365日シャツをお召しになっていた。先生は毎日制作をするのに、作業着は着ない。シャツにチノパン。シャツの多くがポール ・スミスだった。なぜ先生はシャツが好きなんですかときいたら 「襟付きじゃないとだめ、気持ちがしゃんとするでしょう」と言って、八十八歳のお体で、朝からずっと絵を描いているのに、夜十時になっても背筋をすっとのばしてコーヒーを飲む。先生の袖にはアクリル絵の具がよくついていた。誰に会う日でなくても、襟付きを着る先生に憧れる。思い返せば祖父もそうだった。庭いじりをするときも白いシャツを着ていた。
田名網先生が亡くなられた後、遺品整理で、ポール・スミスの花柄シャツや、鮮やかなグリーンのシルクシャツをいただいた。女性のわたしがそのまま着るにはすこしだけおおきいので羽織りものとして持っている。先生の奥様の字で、田名網のタの字がタグに入っているのがうれしい。祖母の着ていた、ストライプに真っ白い丸襟のついたブラウスも、共布でできたくるみボタンがとれないように気をつけながら、時折着ている。シャツがよく似合う親友が、サイズを間違えて買ってしまったというH&Mのボタンダウンも、ゆずってもらって着ている。大切なシャツも気兼ねないものもすべてじぶんで洗っている。干しているときに、ボタンの蝶貝が光っているのをみたり、着るほど生地がやわらかくなるのがいとしい。パジャマのようなシャツ、ウール素材の男性が着るようなシャツ、いろいろ着ているうちに、シャツが退屈な装いだとはまったく思わなくなった。
※掲載商品の価格は、すべて税込みです。
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- PHOTO :
- 生田昌士(hannah)
- STYLIST :
- 大西真理子
- EDIT&WRITING :
- 長瀬裕起子、木村 晶(Precious)