【目次】
プロフィール
名前:ジョン・レノン(John Lennon)
出生地:イギリス マージーサイド州
生年月日:1940年10月9日
1960年、ポール・マッカートニー、リンゴ・スター、ジョージ・ハリスンと共にビートルズを結成したジョン・レノン。バンドは1962年『Love Me Do』でデビューを果たしました。
ギター、ボーカルの才能はもちろん、作詞作曲家としても類まれな才能を発揮。ジョン・レノンとポール・マッカートニーのコンビが生み出す音楽は人々を魅了し、社会現象ともいえる大旋風を起こし、1966年におこなわれた来日公演での熱狂ぶりは現在でも語り継がれる伝説となっています。
1960年代後半からはソロ活動が本格化し、1969年にはビートルズが実質的に解散。ジョン・レノンはソロアーティストとして数多くのヒット曲を輩出しました。
熱心な反戦運動家としても知られており、ベトナム戦争時には反戦ソングを発表するなど、ミュージシャンの枠を超え社会的な発言も活発におこなってきました
1970年代後半に一時活動休止していたものの、1980年に活動を再開。ワールドツアーも予定され、更なる飛躍が期待されていた矢先の1981年12月8日、自宅前でファンに銃撃されるという事件が発生し、そのまま帰らぬ人となってしまいました。
没後40年以上を経てもなおジョン・レノンの影響力は衰えることはなく、音楽史に名を刻んだ偉大なミュージシャンとしてカリスマ的な人気を誇っています。
私生活では、1962年にシンシア・パウエルと結婚。翌年には長男のジュリアンが誕生したものの、1968年に離婚。1969年、シンシアと婚姻中に出会った前衛アーティストのオノ・ヨーコと再婚し、1975年には自身にとって次男となるショーンが誕生しています。
「若いころ」「昔」の写真17選
まず、ジョン・レノンの「若いころ」「昔」の写真をピックアップ。
1940年代 母のジュリアと
1950年代
1959年(19歳)リヴァプールにて
1960年(20歳)リヴァプール ポール・マッカートニーの自宅前で
1961年12月(21歳)リヴァプール キャバーン・クラブでのステージ
1962年(22歳)音楽番組『レディ・ステディ・ゴー』出演時
1963年(23歳)スタジオ ポートレイト
1963年(23歳)
1963年(23歳)音楽番組『レディ・ステディ・ゴー』出演時
1963年(23歳)音楽番組『レディ・ステディ・ゴー』出演時
1963年(23歳)音楽番組『レディ・ステディ・ゴー』出演時
1963年(23歳)
1963年(23歳)
1963年(23歳)ロンドン オースチンリードの店舗で
1963年(23歳)サウスエンド=オン=シーのオデオン・シネマズにて
1964年(24歳)映画『ハード・デイズ・ナイト』撮影中
1964年(24歳)
「映画」関連作6選
ここからは、チェックしておきたいジョン・レノンの代表関連「映画」を、ご紹介します。
『ジョン・レノンの僕の戦争』(1967年)
リチャード・レスター監督。パトリック・ライアンの小説が原作。主演は、マイケル・クロフォード。ジョン・レノンはグリップウィード二等兵役を演じた。
あらすじ:第二次世界大戦開戦直後の1939年。幹部候補生として訓練を受けたグッドボディ(マイケル・クロフォード)は、中尉として北アフリカ戦線に配属される。与えられた任務は、兵士たちのためにクリケット場を建設するというものだった。たった3日間という期限しか与えられなかったうえ、部下は変わり者のグリップウィード二等兵(ジョン・レノン)をはじめ、戦力にならないものばかり。グッドボディ自身も経験に乏しく、彼の指揮によって兵士は次々と非業の死を遂げていく。
『イマジン ジョン・レノン』(1988年)
アンドリュー・ソルト監督。オノ・ヨーコから提供された未公開フィルムを中心に、ジョン・レノンの生涯を描いたドキュメンタリー映画。
あらすじ:複雑な家庭で育った少年時代から始まり、ビートルズ結成から解散までの日々、そして死の直前まで。妻オノ・ヨーコや先妻のシンシア、息子たち、育ての親である伯母のミミなどの証言を通して描いていく。
『僕たちの時間』(1991年)
クリストファー・ミュンチ監督。ビートルズのマネージャーだったブライアン・エプスタインとジョン・レノンのふたり旅行を描いたフィクション。ジョン・レノン役はイアン・ハートが務めた。
あらすじ:1963年の春。ビートルズのマネージャー、ブライアン・エプスタイン(デヴィッド・アンガス)とジョン・レノン(イアン・ハート)は、スペインのバルセロナを訪れていた。同性愛者であるブライアンに対してジョンは辛らつな態度をとる。一方のブライアンもまた、ジョンに対して複雑な想いを抱えていた。
『バック・ビート』(1994年)
イアン・ソフトリー監督。ビートルズの初期メンバーであるスチュアート・サトクリフの生涯、ジョン・レノンとの関係を描いた作品。ジョン・レノン役は『僕たちの時間』と同じくイアン・ハートが務めた。
あらすじ:1960年、イギリスのリヴァプール。スチュアート(スティーヴン・ドーフ)はアートスクールの友人ジョン(イアン・ハート)のバンドにベーシストとして参加することになる。バンドはドイツのハンブルクで巡業を行うことに。そこでスチュアートは、写真家のアストリッド(シェリル・リー)と運命的な出会いを果たす。
『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』(2009年)
サム・テイラー=ウッド監督。ビートルズ結成前のジョン・レノンを描いた作品。ジョン・レノン役はアーロン・ジョンソンが務めた。
あらすじ:幼いころに両親が離婚し、伯母のミミ(クリスティン・スコット・トーマス)と伯父ジョージ(デヴィッド・スレルフォール)に育てられたジョン・レノン(アーロン・ジョンソン)。しつけに厳しいミミに対し、伯父のジョージは音楽好きで優しく接してくれていた。しかし、ジョージが急死してしまい、悲しみに暮れるジョン。さらに、葬儀の日に実の母ジュリア(アンヌ=マリー・ダフ)が近所に住んでいることを知り…。
『ジョン・レノン 失われた週末』(2022年)
イブ・ブランドスタイン、リチャード・カウフマン、スチュアート・サミュエルズ監督。オノ・ヨーコと別居中だったジョン・レノンの私生活に迫ったドキュメンタリー映画。
あらすじ:ファンの間では「失われた週末」として知られている、ジョン・レノンとオノ・ヨーコ夫妻が別居していた期間。その間、ジョンは夫妻の個人秘書だったメイ・パンの助けによって最初の妻との間に授かった息子ジュリアンと再会を果たしていた。デヴィッド・ボウイとのコラボレーションやポール・マッカートニーとの再会など、当時の証言を交えながら知られざる日々に迫っていく。
「妻/息子」の写真7選
最初の妻シンシアと婚姻中にオノ・ヨーコと出会い、離婚後すぐに再婚したジョン・レノン。ふたりは夫婦としてだけでなくアーティストとしても共に活動し、特に反戦運動に熱心だったことも知られています。子どもは、シンシアとの間に長男ジュリアンを授かっており、オノ・ヨーコとの間には次男となるショーンが誕生しています。ここからは、「妻/息子」の写真をピックアップ。
1962年に結婚した妻のシンシアと
1964年4月
息子のジュリアンと
1968年12月 『ロックンロール・サーカス』撮影中
1969年に結婚したオノ・ヨーコと
1969年 ロンドンにて
1973年
「男前遍歴」22選
次に、1960年代後半からの「男前遍歴」を、貴重な写真と共に振り返ります。
1965年(25歳)スイスにて
1966年(26歳)
1966年(26歳)
1966年(26歳)音楽番組『'Top Of The Pops』出演時
1966年(26歳)イギリスのコメディ番組出演時
1967年(27歳)アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』プレス・ローンチ
1967年(27歳)アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』発売 プレス・コール
1967年(27歳)ロンドン・ヒースロー空港にて
1967年(27歳)映画『マジカル・ミステリー・ツアー』撮影中
1967年(27歳)映画『マジカル・ミステリー・ツアー』撮影中
1968年(28歳)『ロックンロール・サーカス』より
1968年(28歳)『ロックンロール・サーカス』より
1969年3月(28歳)アムステルダム ヒルトンホテルにて
1970年(30歳)
1971年5月(30歳)フランス カンヌにて
1971年7月(30歳)ティッテンハースト・パークの自宅で
1971年12月(31歳)ミシガン クライスラー・アリーナでのステージ
1974年(34歳)ロサンゼルスにて
1974年(34歳)マディソンスクエアガーデン エルトン・ジョンと共演のステージ
1975年(35歳)全米テレビ芸術科学アカデミー 夕食会
1977年1月(36歳)ジミー・カーター 大統領就任パーティー
1978年(38歳)ニューヨークにて
「人生後半」の写真3選
2025年、ジョン・レノンが亡くなるまでの10年間に焦点を当てたドキュメンタリー映画『夢と創造の果てに ジョン・レノン最後の詩』が公開。さらに、2028年にはサム・メンデス監督が手掛けるビートルズの伝記映画『THE BEATLES - FOUR FILMS(仮題)』が公開される予定となっています。作品は4人、それぞれの視点で描かれたものが4本公開されるという壮大なプロジェクト。ジョン・レノン役はイングランド出身の俳優、ハリス・ディキンソンが務めるとのこと。偉大なミュージシャンを題材とした新たな物語に、期待が集まっています。
1980年8月(39歳)ニューヨーク ザ・ヒット・ファクトリーの前で
1980年12月(40歳)ニューヨーク ザ・ヒット・ファクトリーにて
1980年12月(40歳)ニューヨーク ザ・ヒット・ファクトリーにて
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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- PHOTO :
- Getty Images

















