ニューヨークに行く機会ができたら何をするか? 観光名所巡りはさておいて、美術館、スポーツ観戦、コンサート、ショッピング、グルメ……。様々ある中で、欠かせないのが劇場巡りだ。それもミュージカル。ミュージカルは、なんといってもニューヨークが本場。世界最高水準のパフォーマンスを楽しむことができる。

 とはいえ限られた滞在時間。数ある舞台の中で何を観るか。その判断材料として有効なのが、年に一度のニューヨーク演劇界の祭典トニー賞だ。日本でもWOWOWで観ることのできるこの授賞式は、新登場ミュージカルのハイライト・シーンがライヴ中継される。それを観て、気に入った演目に目星をつけておくといい。

 その授賞式を前に、あらかじめ今シーズン注目すべきミュージカルを紹介しておこう。ポイントは女優。というのも、世界の動きを反映するように、ブロードウェイ・ミュージカルにも、今「#MeToo」の風が吹いているから。そんなわけで、トニー賞の主演女優賞、助演女優賞の候補者が選ばれた6作品から4作品をピックアップ。

絶対に観逃せないリヴァイヴァル2作

1作品目『回転木馬』

『回転木馬』上演中のインペリアル劇場

 まずはリヴァイヴァルの『回転木馬』(Rodgers & Hammerstein's Carousel)。ジェシー・ミューラーが主演女優賞とルネ・フレミングとリンゼイ・メンデズが助演女優賞のそれぞれ候補になった。

主演女優賞候補のジェシー・ミューラー 写真:Shutterstock/アフロ
オペラ界のスター、ルネ・フレミング 写真:ロイター/アフロ

『回転木馬』はリチャード・ロジャーズ(作曲)×オスカー・ハマースタイン二世(脚本・作詞)による古典的名作だが、今回のリヴァイヴァルは神話的雰囲気と力強いダンス・シーンとで、いきいきとした舞台に仕上がった。そして、上記の3人の女優がそれぞれ素晴らしい。

 ジェシー・ミューラーは、キャロル・キングの伝記的ミュージカル『ビューティフル』(Beautiful:The Carole King Musical)でスターになり、次の主演作『ウェイトレス』(Waitress)も当てた実力派。その2作に続いて今回も、ダメ男に悩まされ、そして立ち直る、という#MeTooの象徴のような女性を演じる。

 ミューラーを励ます独立心の強い従姉の役がメトロポリタン・オペラのスター、ルネ・フレミング。作品のキラー・チューンであり、サッカーの応援歌としても知られる「You'll Never Walk Alone」を歌い上げるのが彼女。その1曲を聴くためだけにでも観た方がいい、と思わせる名唱。

 リンゼイ・メンデズはミューラーの親友役で、夫になる男に従順のように見えて、しっかり自己主張する。ユーモラスな役柄だが、他の2人に引けを取らない歌唱力を発揮して盛り上げる。

2作品目『マイ・フェア・レディ』

『マイ・フェア・レディ』上演中のヴィヴィアン・ボーモント劇場前のビルボード

 リヴァイヴァル『マイ・フェア・レディ』(My Fair Lady)は、ヒロイン、イライザ役のローレン・アンブローズがトニー賞主演女優賞候補に、ヒギンズ教授の母ミセス・ヒギンズ役ダイアナ・リグが助演女優賞候補なっている。

イライザ役ローレン・アンブローズ 写真:AP/アフロ

 これまた古典的名作と言っていい『マイ・フェア・レディ』は、一般的には、貧しい花売り娘が風変わりな音声学教授ヒギンズの手を借りて貴婦人に生まれ変わるシンデレラ・ストーリーと認識されていると思うが、今回のイライザは違う。ヒギンズのもとで発音の矯正に励んだ末、社交界でも通用する洗練と教養を身に着けるが、彼女のパーソナリティ自体は一貫して自立している。

 そんなイライザ像を実現できたのは、やはりアンブローズの内に秘めた強い意志を感じさせる演技と個性あってのこと。初のミュージカル出演だが、オペラを学んでいたという歌唱力も確か。しかも、これ見よがしに歌わないから、イライザ像のユニークさが際立つ。実に刺激的。

 ダイアナ・リグは『マイ・フェア・レディ』の原作戯曲『ピグマリオン』(Pygmalion)で、若い頃にイライザを、近年ミセス・ヒギンズを演じたことがあるという、いわば舞台の重しのような出演者。芝居好きには興味深い配役だ。

作品賞最有力は渋い傑作

『迷子の警察音楽隊』

地下鉄通路に掲げられた『迷子の警察音楽隊』のポスター/女性がカトリーナ・レンク

 ミュージカル作品賞の最有力候補と見られているのが『迷子の警察音楽隊』(The Band's Visit)。この邦題は原作となった映画の日本公開時のもの。エジプトの伝統音楽を演奏する警察音楽隊がイスラエルに招かれるが、手違いで砂漠の小さな町にたどり着き、カフェの女主人の厚意で、町の人たちの家で一夜を明かすことになる、という話。そのカフェの女主人役のカトリーナ・レンクが主演女優賞の候補。情熱を秘めた誇り高い女性を演じて魅力的。

 設定に沿って音楽にもアラブ系の要素が含まれ、それが作品に広がりと豊かさを与えているが、中でもレンクの歌う「Omar Sharif」は、映画『アラビアのロレンス』や『ドクトル・ジバゴ』で知られる俳優オマー・シャリフのことを歌った味わい深い楽曲。授賞式で歌われる可能性が高いとみる。

 奇しくも全世界の注目を浴びているイスラエル。そこに暮らす市井の人々とエジプトの人々との不思議な交流の話は、渋いが最も今日的でもある。

伝記的ミュージカル『サマー』

『サマー』上演中のラント・フォンテーン劇場

 もう1作は「ディスコの女王ドナ・サマー」の伝記的ミュージカル『サマー』(Summer:The Donna Summer Musical)。歌い上げるドナ、ディスコのドナ、少女時代のドナ、と3人のドナ役が登場するが、歌い上げるドナのラシャンズが主演女優賞、ディスコのドナのアリアナ・デボーズが助演女優賞の候補に。

 華やかな活躍の裏で様々なハラスメントと戦いながら生きたドナ・サマーを、3人のドナが何度も入れ替わりながら、助け合い励まし合うように演じるところが見もの。

 2006年に主演女優賞を1度受賞しているラシャンズは作品の要。ナレーター的役割を担い、バラードを感動的に聴かせる。

 アリアナ・デボーズも今回は助演カテゴリーでの候補だが、存在感はほとんど主演。エネルギッシュに歌い踊る姿は油の乗り切ったドナ、といった風情で、見応え充分だ。

 他に、採り上げなかった上演中の新登場ミュージカルとして、『エスケイプ・トゥ・マルガリータヴィル』(Escape To Margaritaville)、『アナと雪の女王』(Frozen)、『ミーン・ガールズ』(Mean Girls)、『ワンス・オン・ディス・アイランド』(Once On This Island)、『スポンジ・ボブ』(SpongeBob SquarePants:The Broadway Musical)の5作がある。いずれも観て損はない水準の仕上がり。

 各作品の上演日時および劇場は、下記入手方法の「Playbill」のサイトでご確認ください。トニー賞の結果いかんによっては、早々にクローズする作品もありますのでご注意を。

※トニー賞WOWOWオンエア日時:6月11日午前8時~(同時通訳ライヴ中継)/6月16日午後7時~(字幕録画)

現地でのチケット入手方法

各劇場窓口(作品によっては「Playbill」のサイト内に劇場窓口用ディスカウントクーポンの設定があり、そのプリントアウト持参で割引を受けられる)

当日ディスカウントチケット売場TKTS(ブロードウェイと47th Streetの交差点)赤い看板が目印!

オンラインでのチケット入手方法

この記事の執筆者
TEXT :
水口正裕 ミュージカル研究家
2018.9.14 更新
ブロードウェイの劇場通いを始めて30年。オンのミュージカルは99.9%網羅。たまにウェスト・エンドへも。国内では宝塚歌劇、歌舞伎、文楽を楽しむ。 ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」(https://misoppa.wordpress.com/)公開中。 ERIS 音楽は一生かけて楽しもう(http://erismedia.jp/) で連載中。
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」