燦々と降り注ぐ太陽がイメージの南イタリア・ナポリにあって、マリオ タラリコは、19世紀半ばから傘をつくり続けている。ナポリ随一の目抜き通り、トレド通りを入った路地に、20平米ほどの小さな店舗兼工房を構える。ここでつくられた傘は、西欧の王室や世界のVIPに愛用され、フランチェスコ・ローマ法王に傘を献上した歴史もある。

王室や世界中のVIPに愛用されている手作り傘の名店「マリオ タラリコ」

美術工芸品といえる世界一美しい傘

ハンドル部分は樹皮を生かした栗の木を用い、傘の先端となる石突き部分は、インドネシア産の牛の角を素材とする。はっ水加工を施した小紋柄の布地が、クラシックな着こなしによく似合いそうだ。マリオ タラリコの傘は、4代目と5代目の共同作業で生まれる、唯一無二の一本である。¥38,000(伊勢丹新宿店〈マリオ タラリコ〉)※税抜
ハンドル部分は樹皮を生かした栗の木を用い、傘の先端となる石突き部分は、インドネシア産の牛の角を素材とする。はっ水加工を施した小紋柄の布地が、クラシックな着こなしによく似合いそうだ。マリオ タラリコの傘は、4代目と5代目の共同作業で生まれる、唯一無二の一本である。¥38,000(伊勢丹新宿店〈マリオ タラリコ〉)※税抜

1860年、マリオ タラリコは、ジョヴァンニ・ブオン・ジョヴァンニによって創業。当時、ブルボン家の王室御用達だったこともあり、最盛期には80人もの職人を擁する大きな工房だった。ナポリには今から約40年前まで、70軒ほどの手づくりの傘屋があったそうだが、徐々に中国製などの安価な傘におされ、工房を兼ねた手づくり傘のショップは、マリオ タラリコだけになった。

自由な発想で数々の1点もの傘を手掛ける4代目のマリオ氏

4代目のマリオ氏が手にしているのは、かなり古い鹿の角。「何かインスピレーションが浮かんだら傘にしたい」と語る。
4代目のマリオ氏が手にしているのは、かなり古い鹿の角。「何かインスピレーションが浮かんだら傘にしたい」と語る。

今も現役の4代目、85歳のマリオ氏と、5代目となるマリオ・ジュニア氏のコンビは、叔父と甥の間柄だ。傘づくりは、両人とも1本の傘をつくれるが、基本的にふたりで仕事を分担する。長老マリオ氏が傘のハンドルや骨部分をつくり、布張りや仕上げのデコレーションは、マリオ・ジュニア氏が担当する。マリオ タラリコの傘は、何よりハンドルの木材が際立つ。木製のハンドルを使う既製の傘は散見するが、樹木の自然な木肌を残した木のハンドルは傑出している。蒸気を当て、手作業で曲げたハンドルに、ひと目でマリオ タラリコとわかる個性がある。

5代目となるマリオ・ジュニア氏

音楽が大好きだというマリオ・ジュニア氏は、まるでヴァイオリンを奏でるように、リズミカルに傘の布を縫いつける
音楽が大好きだというマリオ・ジュニア氏は、まるでヴァイオリンを奏でるように、リズミカルに傘の布を縫いつける

「ハンドルの素材は、ナポリ近郊で採取した木材を使用します。ヴェズーヴィオ山の麓で採れたエニシダ、ソレントのレモン、ベネヴェントのクルミ、栗の木、桜……。珍しい木では、ヒマラヤの灌木や北極の流木もあります」

傘のハンドルをつくるマリオ氏が、店の片隅に並んだ木材を指して答える。傘の生地になると、マリオ・ジュニア氏が替わって話す。「明るい人間性の私たちナポリ人がつくるので、派手な色の生地をたくさん提案したいが、紳士物は基本的にクラシックな色と柄が中心です。ダークグリーン、キャメル、ボルドー……。生地はドットやストライプなど、タイのような柄を30年ぐらい前から販売しています」

マリオ タラリコのもうひとつの魅力

絵心のあるマリオ・ジュニア氏は、傘に似顔絵をペインティング。ナポリを象徴する往年の名優トトや偉人たちの顔を描いた傘も販売する。
絵心のあるマリオ・ジュニア氏は、傘に似顔絵をペインティング。ナポリを象徴する往年の名優トトや偉人たちの顔を描いた傘も販売する。

マリオ・ジュニア氏が、「主張の強い饒舌な傘」もあると、傘をキャンヴァスに見立て、ナポリを象徴する往年の名優トトなどの似顔絵を描いた白い傘も店内に並ぶ。

次期6世代目を約束されたマリオ・ジュニア氏の子息も、8歳にして工房で手習いをはじめた。道具もつくり方も、150年前から変わらずに次世代に受け継がれていく。

マリオ タラリコの傘を持つことは、ナポリ唯一の傘づくりの源流と繫がるほど、重みもあるのだ。

※2017年冬号掲載時の情報です。

この記事の執筆者
TEXT :
矢部克已 エグゼクティブファッションエディター
BY :
MEN'S Precious2017年冬号 知られざる「手づくりの名品4」より
ヴィットリオ矢部のニックネームを持つ本誌エグゼクティブファッションエディター矢部克已。ファション、グルメ、アートなどすべてに精通する当代きってのイタリア快楽主義者。イタリア在住の経験を生かし、現地の工房やテーラー取材をはじめ、大学でイタリアファッションの講師を勤めるなど活躍は多岐にわたる。 “ヴィスコンティ”のペンを愛用。Twitterでは毎年開催されるピッティ・ウォモのレポートを配信。合わせてチェックされたし!
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クレジット :
撮影/篠原宏明(日本)、仁木岳彦(イタリア) 小池紀行(パイルドライバー/静物) 構成・文/矢部克已(UFFIZI MEDIA