【目次】
【前回のあらすじ】
『べらぼう』第47回「饅頭こわい」では、ついに松平定信(井上祐貴さん)、蔦重(横浜流星さん)ら、源内アベンジャーズによるラスボス・一橋治済(生田斗真さん)討伐が成功しました! 少々複雑だった、事の次第を振り返ってみましょう。
第46回で定信や長谷川平蔵(中村隼人さん)が計画した討伐プランは、当の治済に気付かれて、毒饅頭(まんじゅう)の返り討ちにあってしまいます。
定信の部下たちや二重スパイとして送り込んだ大崎(映美くららさん)までもが毒殺され、間一髪で危機を免れた蔦重も、自分たちの身を守るため店を閉めざるをえない状況に。
さて、治済が配らせた毒饅頭ですが、定信や平蔵、儒学者の柴野栗山先生(嶋田久作さん)が、なぜ毒の入った饅頭を回避できたか、おわかりでしたか? それは彼らが「役者の名前入り饅頭」を欲しがったから。名前の刻印がないものに、毒が入っていたのですね。まさに「推しは身を助く」と申せましょう。
治済征伐はもはや万事休すか! と思われた矢先、蔦重は11代将軍・徳川家斉(城桧吏さん)までを巻き込んだ驚きの策を思いつき、定信に進言します。最後の決戦に向け、計画は再び動き出し、定信は体調を崩していた清水重好(落合モトキさん)の元を訪ねます。
清水重好は10代将軍・家治(眞島秀和さん)の弟で、「御三卿(ごさんきょう)」のひとつである「清水家」の初代当主。同じ御三卿でありながら、不遜な態度を隠さない一橋治済を、苦々しく感じていたひとりです。
討伐の決行当日。清水家邸宅の茶室にて、治済に眠り薬を盛ることに成功した定信は、治済と、治済瓜ふたつの能役者・斎藤十郎兵衛とをすり替え、治済を阿波の孤島へと送ります!
結果として今回の仇討ちは、誰ひとり一滴の血も流さず、治済を島流しという生き地獄へ葬り去るという決着に。“治済憎し”のあまり、チーム全体が過激な方向へ暴走するのをいさめてくれた、コンプラ(社会倫理)担当・栗山先生の存在も大きかったですね。おかげでわたしたち視聴者も、すっきりさわやかな勧善懲悪ストーリーが楽しめました。
治済の替え玉となった齋藤十郎兵衛といえば…現在の美術史研究として「彼が東洲斎写楽だったのでは」と有力視されている人物。阿波徳島藩主蜂須賀家お抱えの能役者だったとされています。
これまでの『べらぼう』では、「写楽=工房によるプロジェクトチーム」という説を採用していましたが、「活躍期間が短く、突然いなくなった」という写楽の特異性を、「治済の替え玉」という今回のミッションと紐付けた展開は、お見事でした。
しかも、替え玉作戦は定信が蜂須賀家当主の了承を得たうえで決行されましたから、治済を阿波の離島に送りつけることも、難なく可能だったわけです。抜かりはありません!
筆者はドラマの途中まで、「替え玉として生きる運命を背負わされた十郎兵衛も気の毒に…」と思って観ていましたが、彼が治済の屋敷で「能のお面がこんなにたくさん!」と目を輝かせていたシーンに、心からホッとしました。
十郎兵衛は能役者ではありましたが、生まれは能楽の下掛宝生流(しもがかりほうしょうりゅう)というワキ(脇役)の家。宝生流を重用し、自らも能を嗜(たしな)んだ治済と入れ替わることで、今後は「一橋家のシテ(主役)」としての人生を歩んでいくわけです。一橋家邸内には能舞台もありましたから、十郎兵衛にとっても、悪い結末ではなかったのかもしれません。史実では、治済はこのあとも順調に栄進し、ドラマの舞台から約30年後の文政10年(1827年)に75歳で亡くなります。
謎や伏線があまりに多く、本当にあと2話で終わるの? と心配された『べらぼう』でしたが、クライマックスを迎えた今回、散らばっていたパズルのピースがパチッパチッと次々にはまっていくような快感を得られた話となりました。
実は筆者はずっと三浦庄司(原田泰造さん)は治済のスパイなのでは? と疑っていましたが、涙ながらに、田沼意次、意知の位牌に手を合わせる姿は、立派な忠義者でしたね。最後まで微妙に信じていなかったことをここに謝罪いたします…。
【タイトル「饅頭こわい」の真意とは】
■落語「饅頭こわい」の粗筋
第47回のタイトルにもなった「饅頭こわい」は、古典落語の代表的な演目のひとつです。筋立てを簡単にご紹介しましょう。
暇をもて余して長屋に集まった若者たちが、それぞれに「怖いもの」を言い合うなかで、ひとりの男が「大の大人がくだらないものを怖がるとは情けない。俺は世のなかに怖いものなどない」とうそぶきます。それにカチンときた若者たちが「本当に怖いものはないのか」と男に詰め寄ると、渋々「饅頭がこわい」と白状します。
若者たちは、ふだんからしゃくに障っていた男の弱点がわかって大喜び。みんなで金を出し合って大量の饅頭を買い込み、寝ている男の部屋に投げ込みます。すると、目覚めた男は悲鳴を上げつつ「こんな怖いものは食べてしまって、なくしてしまおう」などと言いながら、おいしそうに全部食べてしまいます。ここにきて、男にだまされたと気付いた若者たちは怒って「お前、本当は何が怖いんだ!」と詰め寄ると、男は満足げにこう言います。
「ここらで熱いお茶が一杯、怖い」。
実は筆者はドラマの途中まで、「饅頭こわい」というタイトルは先週(第46回)のほうがぴったりだったのでは? と思いながら観ていました。しかし、清水家の茶室で、毒饅頭を警戒しまくる治済に対し、「(本当は、もっとこわい)お茶に眠り薬」を入れるとは…なんとよく計算されたオチでしょう! 将軍であり実子でもある家斉に毒味をさせたあたりにも、治済の腐った性根が表れていましたね。そして、清水重好の無表情がホラーでした!
いや〜、森下脚本の緻密さは、本当にべらぼうです。目覚めたころには、治済は阿波の孤島。「おいたわしや…。もはや夢と現(うつつ)もわからぬようで…」といった心境を、彼自身はわがこととして受け入れられるのでしょうか。
■「定信は、硬軟兼ね備えたオタク」by 九郎助稲荷
今回のラストシーン、耕書堂を訪れた定信と蔦重を映すカメラワークも最高でした! うしろに控えた蔦重には自分の顔が見えないのをいいことに、ガチオタ丸出し、瞳キラッキラの表情で、黄表紙の新刊・既刊・復刻本をコンプリートして抱え込む定信は、ラブリーそのもの。
神と崇める恋川春町の『金々先生栄花夢』にも出てくる挟み言葉「唐言(からこと)」を使い、「いキちキどコきキてケみキたカかカったカのコだカ(一度(耕書堂に)来てみたかったのだ)」と、春町リスペクトをにじませたツンデレぶりを発揮する様子も微笑ましく。もはや時代遅れの流行語だったため、蔦重でさえすぐには意味がわからなかったのもご愛敬です。
「春町はわが神。蔦屋耕書堂は神々の集う社(やしろ)であった」とは、まさに「オタクの聖地巡礼」。自らの行いで春町を死に追いやり、布団部屋でひとり号泣した不覚も、昇華できるといいですね。定信も蔦重も、すべては春町先生の供養のためでもあったのですから。
最後は蔦重に千両箱の恩を売り、ちゃっかり黄表紙の“サブスク通販”をゲットしたのも抜かりない! SNSでは「籠の中で戦利品を眺めてほくそ笑む様子は、コミケ帰りのオタクそのもの」と評判に。筆者は「定信はその後、文化振興にも務め、硬軟兼ね備えたオタクとしてもその名を歴史に残すことになります」という九郎助稲荷(くろすけいなり/綾瀬はるかさん)のナレーションに吹き出してしまいましたよ。政治の表舞台を去ったとはいえ、当時の定信は30代。現代で見ればまだまだ若手でエネルギーみなぎる年ごろです。質素倹約のイメージを軽やかに乗り越え、文化振興に奔走する姿は、今のSNSで語られる“オタク的情熱”とも確かに重なります。
素晴らしすぎる展開に、「ありがた山」と手を合わせつつ…一年続いた夢噺も、次回いよいよフィナーレを迎えます!
【次回 『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』最終回「蔦重栄華乃夢噺」あらすじ】
店を再開した蔦重(横浜流星さん)は、写楽絵を出し続け、更にその後、新たに和学の分野に手を広げたり、本屋として精力的に動いていた。しかし、ある日、蔦重は脚気の病に倒れてしまう。
てい(橋本愛さん)や歌麿(染谷将太さん)たちが心配するなか、病をおして政演(古川雄大さん)や重政(橋本淳さん)、南畝(桐谷健太さん)、喜三二(尾美としのりさん)ら仲間とともに作品をつくり、書をもって世を耕し続ける。そして蔦重は、ある夜、不思議な夢を見て…。
※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第47回「饅頭こわい」のNHK ONE配信期間は2025年12日14日(日)午後8:44までです。
- TEXT :
- Precious編集部
- WRITING :
- 河西真紀
- 参考資料: 『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 後編』(NHK出版) /『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 完結編』(NHK出版) /『NHK2025年大河ドラマ完全読本 べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺』(産経新聞出版) /『見てきたようによくわかる 蔦屋重三郎と江戸の風俗』(青春文庫) /『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』(文春新書) :

















