いま最も勢いのあるスーパーカーブランドが、マクラーレンだ。F1との関連性を色濃く感じさせる市販モデルは、そのレーシーなスタイルと圧倒的なパフォーマンスから想像できないほど、実は運転がしやすい。最新の限定車「セナ」を前にして、超一流の速さとは、ドライビングテクニックとは何かを考えてみた。

超一流のドライバーはここがスゴイ!

「セナ」のお披露目は、東京港区の増上寺で行われた。500台限定で、価格は日本円で約1億円。しかし、発表した時点でもう完売しており、そんなところも「音速の貴公子」そのままであった…。
「セナ」のお披露目は、東京港区の増上寺で行われた。500台限定で、価格は日本円で約1億円。しかし、発表した時点でもう完売しており、そんなところも「音速の貴公子」そのままであった…。

 運転の上手なドライバーほど、手や足を動かす動作が小さい。ステアリングもアクセルも、初めはじわっと。そして必要なぶんだけを素早く正確に操作する。だからクルマの挙動は最小限に抑えられ、さらにアクセルの加減で車両前後にかかる荷重を変化させて曲がる。無駄がないから(峠を攻めたりしなければ)燃費が良く、同乗者も快適だ。そして、先を見通す判断力にも優れている。周りを走るクルマがどんな動きをするのかを微細な挙動から見極め、自分が向かうべき方向に入ってくるようなら、先んじてアクセルを抜く。だから急ブレーキも少ない。

 一流のレーシングドライバーは、これらの技術が抜群に優れているだけでなく、恐ろしく動体視力が良かったり、路面や足回りの状態を感知するお尻のセンサーが発達している。さらに時速300kmを超え、レース全体の流れを把握しながら最善を尽くすF1ドライバーとなると、もはや常人には理解不能。だからこそ、彼らの「すごい人伝説」は、しばしばクルマ好きやレース好きの間で話のネタになる。

 日本でも有名なアイルトン・セナの逸話は様々なメディアで語られているので、今さら書き記すことはしないが(真実かどうかもわからないし)、少なくとも動体視力を含めた視野の広さと、予選終了ぎりぎりでベストラップを引き出す能力(自分のピークをそこにもっていくマネジメント能力みたいなものか)において、他を圧倒していたことは間違いないと思う。

抜群の乗りやすさにF1との繋がりを感じる

高速で強力なダウンフォースを生み出す大型リアウィングは、支柱に内蔵された油圧ピストンで素早く角度を変える。
高速で強力なダウンフォースを生み出す大型リアウィングは、支柱に内蔵された油圧ピストンで素早く角度を変える。

 そんな「音速の貴公子」が全盛期に所属していたマクラーレンは、やはりF1ドライバーだったブルース・マクラーレン(1970年に事故死)によって設立された。セナの生涯で初の、そしてチームとしても年間優勝を果たした1988年、最速マシンのMP4/4を設計した自動車デザイナー、ゴードン・マーレイは、のちにマクラーレンの市販車部門に移籍。同社初のスーパーカー、マクラーレン・F1(1991年)をデザインしている。

コクピットはヘルメットを装着してサーキットを走行している時の、視認性と操作性を重視して設計されている。
コクピットはヘルメットを装着してサーキットを走行している時の、視認性と操作性を重視して設計されている。

 2011年から市販車の開発・販売が本格化したマクラーレン(オートモーティブ)は、現在「アルティメット」(限定のみ)、「スーパー」、「スポーツ」という3つのシリーズをラインアップ。すべてV8エンジンをキャビン後方に積んだミッドシップ方式でありながら、それぞれの個性は際立っている。そのすべてに乗ったわけではないが、「スポーツ」シリーズの570Sに関しては、とても運転がしやすかったことを覚えている。低くワイドなボディから想像できないほど、取り回しがしやすいのだ。レーシングカーの心を宿しながら、公道を快適に、スポーティに走ることにも重きを置いたつくりは、かつて「F1」を手がけたゴードン・マーレイのコンセプトを継承するものであり、同時にセナをはじめとするF1ドライバーの、まるで自分の手足のようにマシンを操る感覚を誰もが味わえるような狙いさえ感じられる。

ドライバーを包み込む形状のバケットシート。カーボンシェルにクッションを装着し、見た目も格好いい。
ドライバーを包み込む形状のバケットシート。カーボンシェルにクッションを装着し、見た目も格好いい。

 そして、この5月に日本で披露された「アルティメット」シリーズ最新作は、その名も「セナ」であり、公道仕様のレーシングカーというコンセプトを実現するために、最高出力800馬力に対して重量はわずか1,198kgに抑えられている。今は亡きセナが、この素晴らしくハイテクで軽いスーパーカーを前にしたら、どのように操ったのだろうかと、思いは膨らむ。サーキットを走れば、間違いなくすごいタイムを叩き出すだろう。その間、車内ではごくわずかな操舵とペダル操作で、拍子抜けするほどジェントリィだったに違いない。超一流のテクニックは、周りにそうは思わせないほど繊細で地味なのだ。クルマを愛する者なら、誰もが目指すべきスタイルがそこにある。

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この記事の執筆者
男性情報誌の編集を経て、フリーランスに。心を揺さぶる名車の本質に迫るべく、日夜さまざまなクルマを見て、触っている。映画に登場した車種 にも詳しい。自動車文化を育てた、カーガイたちに憧れ、自らも洒脱に乗りこなせる男になりたいと願う。