【目次】
【前回のあらすじ】
とうとう最終回を迎えた『べらぼう』。第48回のタイトルは、満を持しての「蔦重栄華乃夢噺」でした。
東洲斎写楽という謎の絵師をつくり上げ、江戸市中に再び活気を取り戻した蔦重(横浜流星さん)。浮世絵やおふざけ本だけではありません。江戸に和学(国学)を広めるべく、伊勢・松坂の本居宣長(北村一輝さん)を訪ねてその書物を扱う手筈を整えるなど、手堅い商売にも抜かりなし! ちなみに吉原のおやじ連中が詠んでいた狂歌の結び「あはれなりけり」は、本居宣長が提唱した日本独自の美的理念。紫式部の『源氏物語』を研究するなかで見つけた、日本の美意識の根底にある概念です。
さて、硬軟取り揃えて版元・蔦屋、「耕書堂」もこれからますます――といったところで、蔦重は「江戸わずらい」と呼ばれた脚気(かっけ)に侵されます。これも史実、蔦屋重三郎は47歳で脚気により亡くなっています。
当時の脚気は、ほぼ死を宣告されたような病です。それなのに、歌麿(染谷将太さん)も妻のてい(橋本愛さん)も意外と冷静。現代のような医療体制ではなかった時代ですから、死を覚悟しなければならない病と対峙したら、治療だ延命だとあがくことは、あまり意味をなさなかったのかもしれませんね。それでもていは江戸を離れて養生することを提案しますが、蔦重本人は死を目前にして、ますます書をもって世を耕す気概満々。ていも、最期まで蔦重らしく生き抜くことを認めました。このふたり、まさに「夫妻がよく和合していること」という意味の夫唱婦随ですね。
蔦重ブレーンに自身の脚気を伝え、「ひとつ、望みがありまして。死んだあと、こう言われてぇのでございます。あいつは本をつくり続けた、死の間際まで、書をもって世を耕し続けたって。みなさま、俺のわがままを聞いちゃもらえねぇですか」と、若干芝居がかって頭を下げる蔦重。そこに過剰に反応して「おぬしの花道を飾ってやる~」と飛び出ていった曲亭馬琴(津田健次郎さん)。「黄表~紙!」の叫びが秀逸でしたね。
『べらぼう』物語のずっとあとになりますが、馬琴は28年という歳月を費やして黄表紙『南総里見八犬伝』全106冊を完成させました。伊勢の茶店で聞いた、「江戸っ子は短気だ、もっと長い話が読みたい」という声に応えるべく、馬琴には芝居のように長い話の読み本にこだわらせた、ということですね。
馬琴だけでなく、みなが蔦重の最期を飾ろうと意気込みました。
山東京伝(古川雄大さん)には諸国巡りの戯作を、北尾重政(橋本淳さん)にはすべての新作黄表紙の絵付けを、大田南畝(桐谷健太さん)には飛び切りめでたい狂歌集を。そして勝川春朗(くっきー!さん)には、狂歌集の景色の絵付けを依頼。「音が聞こえてきそうな…波の絵とか」「春朗は音を頼りに描いていくといいと思うぜ」と蔦重。はい、勝川春朗はのちの葛飾北斎ですね。日本の絵のなかで、世界中で最もよく知られているといわれる北斎の「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」。北斎をこの作品の制作へと導いたのも蔦重という設定、これも花道なのでしょう。なんて粋なの、森下脚本!
『べらぼう』の脚本を担当された森下佳子さんは、歌麿の作として多く残っている山姥と金太郎の絵も、歌麿と毒母の関係性に見立て、物語のラストに登場させると決めていたのだとか。
乳を吸ったり、耳かきや頬にキスをしてもらったりする金太郎。切株に乗って母の髪を梳いたり、抱っこをねだるような仕草をする金太郎——。そして、森下さんはドラマのなかで、「おっかさんとこうしたかったって、ふたりに託して描いてみようかって」と歌麿に言わせました。
【見事な「終活」、理想の「最期」】
そして、本作で語りを担当していた九郎助稲荷(綾瀬はるかさん)に、「本日午(うま)の刻にあの世へのお迎えにあがります」と告げられた蔦重。ここからの展開が小気味よかった! 湿っぽくなる場面のはずですが、妻のていも店の手代たちも、いたって冷静。筆者は自分もこんなふうにカラっと逝きたいと思ったり。蔦重本人の「終活」が病を餌に本を売りまくることなら、看取る側の「終活」は緻密極まりないものでした。時間軸で追っていきましょう。
■2代目蔦屋は…
子どもをもたなかった蔦重夫妻。ていは、蔦重と年齢が違わない自分が継ぐのでは(あまりよろしくない)…と、「蔦屋(耕書堂)は手代のみの吉(中川翼さん)に託すのがよいのでは」と蔦重に提案します。そのあとには、こんなセリフのやりとりがありました。「あいつ継いでくれるかな…」「念のため聞いてみたところ、まんざらでもないようでございました」――念のためって(笑)。
■絵師、彫師、摺師リストを作成
仕事の頼み先に関しては、ていの筆によって「画工」「彫師」「摺師」の詳細なリストがすでに完成していましね。引継ぎって大事ですからね。弱り切った蔦重も、店は大丈夫そうだと感心するしかありません。
■葬儀の手配もぬかりなく
「通夜のことなんだけど…」と蔦重が問えば、ていは「寺に、今夜になるかもと、ただいま知らせに行っております」。これにはもう、ぐうの音も出ませんね。
■さらに戒名に碑文(ひぶん)まで…
「ちなみに、こちらが戒名でございます」「戒名まで…」。この辺りになると、まるで漫才のよう。 死がふたりを分かつ瞬間まで秒読み段階だということを、筆者は忘れてしまいそうになりました。「ちなみに」って、ねぇ(笑)。
蔦重の戒名は「幽玄院義山日盛信士」。墓石に刻む碣銘(碑文)は、宿屋飯盛(又吉直樹さん)によるもので、戒名も碑文も史実です。浅草の正法寺に葬られた蔦重。現在あるものは再建されたものではありますが、墓碑も正法寺で大切に守られています。
■拍子木まで伏線だったとは!
息を引き取った蔦重のもとに押し寄せる“べらぼうメンバー”たち。南畝の「呼び戻すぞ!」の掛け声で「屁! 屁! 屁!」と蔦重の周りを練り歩きます。そしてまさかの蘇り!? 死の淵から帰還して「拍子木、聴こえねぇんだけど」と蔦重が放つも、ここでカ、カーン…。九郎助稲荷に「合図は拍子木です」と言われていましたね。毎回、次回の予告に入る際に打たれていた拍子木。このカ、カーンという音まで伏線回収したというわけでした。
【読む人がいりゃあ本も本望、本屋も本懐――ありがた山でした!】
生田斗真さんがふた役を演じた、阿波徳島藩のお抱え能役者・斎藤十郎兵衛と、一橋治済の展開もあっぱれでした。まさかの替え玉だけでなく、ラスボス治済を誰の手も汚さず葬る…なんという巧妙な脚本なのでしょう。そういえば、劇中でちょくちょく市中で見かけた“生田斗真さん”は、変装した治済ではなく十郎兵衛だったのですね。
本作で松平定信を演じたことで血圧が上がってしまったのでは…と心配な井上祐貴さんと、ふた役お見事でしたの生田斗真さんには、絶賛特別賞を差し上げましょう。
さてさて。ていの万事抜かりのない準備に「万端だねぇ」と安心顔の蔦重。「万が一のことをずっと考えておりましたので。こんなもの、くず屋に出せるのがいちばんと思いつつ」「くず屋かぁ、懐かしいな……」。放送46分45秒辺りからの約4分間は、何度リピートして観ても…涙、涙、涙…。
「笑いという名の富を日の本じゅうに振る舞ったのではございませんでしょうか。雨の日も風の日もたわけ切られたこと、日の本一のべらぼうにございました」。ていのこのセリフはまさに『べらぼう』ファン、みんなの感想だったのではないでしょうか。
一年間、まさに“べらぼう”に楽しませていただき「ありがた山」でした。カ、カ~ン!
※『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第48回「蔦重栄華乃夢噺」のNHK ONE配信期間は2025年12日21日(日)午後8:59までです。
※2026年大河ドラマ『豊臣兄弟!』は2026年1月4日(日)午後8:00スタート! 『Precious.jp』では、1月9日から毎週金曜日に各回のレビューを公開いたします。こちらもぜひぜひよろししくお願いいたします。
- TEXT :
- Precious編集部
- WRITING :
- 小竹智子
- 参考資料: 『NHK大河ドラマ・ガイド べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~ 完結編』(NHK出版) /『NHK2025年大河ドラマ完全読本 べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺』(産経新聞出版) /『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』(文春新書)/『蔦屋重三郎の生涯と吉原遊郭』(宝島社)/『デジタル大辞泉』(小学館) :

















