【目次】
【第4回のあらすじ】
いよいよ桶狭間の戦いが幕を開けました! 尾張侵攻を目論む今川義元(大鶴義丹さん)の大軍は2万5千。対する織田信長(小栗旬さん)の兵はわずか数千。兵力では圧倒的に劣る信長が、義元の大軍に挑みます。
戦いの序盤、信長から桶狭間の前哨戦ともいえる丸根砦を任された佐久間盛重(金井浩人さん)は苦戦を強いられ、味方を裏切って降伏を試みます。しかし、信長家臣の梁田政綱(金子岳憲さん)が迷わず重森を刺し、あえて敵陣にその首を差し出します。果たしてその真意は…?
一方、敵将の義元は桶狭間山に本陣を据え、休息を取っていました。そこに到着したのは…盛重の首! この策略により義元の居場所をピンポイントで捕らえた信長は、一気に奇襲をかける決断をします。ここのカラクリ、おわかりでしたか? 信長は今川軍の手で運ばれる盛重の首を、追尾させていたのですね。最初から、盛重の裏切りを想定したうえでの、おとり作戦だったというわけです。
空を見上げた信長の目に留まったのは、「いつもより低くいところを飛ぶトンビ」でした…。そう。第3回で、小一郎(仲野太賀さん)が「トンビがいつもより低く飛んだら、まもなく雨」と言っていた、あのトンビです。
小一郎の言葉通り、まもなく激しい雨が降り始め、その音は急進する信長軍の気配を打ち消します。雨に濡れ、使えなくなった義元軍の鉄砲に対し、雨策を講じていた信長軍の鉄砲が猛威をふるい、今川軍を蹴散らしていくのでした。
そのころ、豊臣兄弟も戦いの真っ只中にいました。混乱に乗じて、藤吉郎(池松壮亮さん)は父の敵討ちである城戸小左衛門(加治将樹)を討ち取ろうとしますが、戦力として秀でた城戸をここで討つのは得策でないと気付いた小一郎が、藤吉郎を制止します。「殺すのは今でなくともよい」…そんな矢先、宿敵・城戸は、目の前で敵の矢に倒れるのでした。
まもなくして今川義元は討ち取られ、織田軍の上げた勝鬨(かちどき)が戦場に響き渡ります。
大勝利の翌日、清洲城では首実検とそれに伴う論功行賞が行われていました。義元の首を獲った毛利新介(永田崇人さん)は母衣衆(ほろしゅう:選抜された親衛隊)に取り立てられました。
藤吉郎と小一郎は、今川家の侍大将の首を獲ったことになっていましたが…実際にはこれは城戸が討ち取った首。「この首は私が取ったものではありません」と正直に話す兄弟に、信長はその正直さを認め褒美を取らせます。
藤吉郎は足軽組頭に取り立てられ、「木下」の名字を与えられて木下藤吉郎秀吉に。小一郎は信長のそば近くに仕える「近習になれ」と命じられますが、これを固辞。兄に仕えることを宣言します。小一郎の輝くような笑顔を見た信長の、何とも複雑な表情が秀逸でしたね!
というのも…信長には信勝という弟がいました。奔放なタイプとして知られる信長とは異なり、信勝は穏やかな優等生タイプであったと言われていますが、信長に対し2度の謀反を企て、殺されているのです。直接手を下したのは、劇中劇のシルエットからも察せられた通り、柴田勝家(山口馬木也さん)です。
肉親同士争うことも珍しくない戦国の世とはいえ、若い弟を殺めてしまった信長にとって、「弟」という存在は癒えることのない心の傷。だからこそ、互いを支え合う、藤吉郎・小一郎が見せる兄弟の絆は、信長にはとても眩しく、ある意味羨ましく映ったのではないでしょうか。
脚本を担当した八津弘幸さんによれば、今回の大河において“家族の絆”は大きなテーマのひとつ。小一郎と秀吉の見事なバディぶりは、今後も鮮やかに描かれていくことでしょう。
それにしても…信長の「草履は片方だけではなんの役にも立たん。互いに大事にいたせ」というセリフ…史実として、秀長(小一郎)が秀吉(藤吉郎)より先に逝ってしまうのは、誰もが知るところです。
ここまで描かれた”兄弟の絆”、そして”秀吉の良心”“秀吉のストッパー”としての小一郎のポジションを考えると、秀長死後の秀吉の暴走ぶりが想像できてしまい、なんだか暗澹たる気持ちになってしまいます…。うまい脚本です!
【戦国時代、「首実検」は当たり前?】
戦国時代、討ち取った敵将の首は、首桶(くびおけ)や袋に入れる、衣類に包む、あるいはそのまま(!)などの方法で、主君の元へ運ばれました。「首実検」をするためです。
■「首実検」とは
首実検とは、討ち取った敵兵の首を自陣に持ち帰り、大将が誰の首であるかを検分し、恩賞を決めるための儀式です。平安時代の終わり頃から、自陣の戦意高揚とねぎらいの意味で行われていましたが、室町時代なると儀式や作法にのっとって行われたそうです。
兵が首を取るのは、それが確実な手柄の証拠だからです。当然、身分が高かったり、重要な人物の首は価値が高い、つまり、恩賞も大きかったのですね。当時は写真もなかったので、実際に生前の姿を見たことがある者に確認させたようです。
現在でも、「首実検」という言葉は、「実際に見せたり会わせたりして、当人であるかどうかを確かめること」という意味で使われています。
■小一郎がもらった「銭50貫文」ってどれくらいの価値?
「近習になれ」と命じた信長に対し、「褒美なら金で」とお願いした小一郎(ここでもまた、「金」ですよ、皆さん。覚えておいてくださいね!)に、信長は破格の褒美を与えます。両手で大きく開けた口を押え、少々オバサマみを感じさせるリアクションを取った小一郎でしたが、果たして「銭50貫文」とは、どれくらいの価値があるのでしょうか。
「貫(=貫文)は、銭貨を数える単位です。中世〜近世において、1貫は銭1000文を指していました。
1貫を現在の貨幣価値に換算するのはとても難しいのですが、多くの歴史研究では「米1石=銭1貫(1000文)」が標準的な換算レートの目安として使われています。さらに、当時の米1石は約150kgに相当するという前提で計算すると…
・50貫文は米約50石分。つまり、150kg×50=7,500㎏=50貫文
・現在(2026年1月)の米の平均価格は[4,283円/5kg]。つまり、1㎏なら約857円。
・米7,500㎏は、857円×7500kg=6,424,500円
別の試算方法では、[1貫=約15万円〜30万円程度]とする見方もあり、こちらを採用すれば、50貫は750万円から1500万円。さらに別の方法では、数千万円から1億円を超えるという試算もあるようです。
当時の足軽は、食料については最初の三日分は自前で用意し、4日目からは軍からの支給。鎧や刀などの具足はもちろん、着替えやその他もろもろ、自分で用意するのが当たり前だったようですから、年収についても、かなりの薄給であったことは想像に難くありません。
小一郎が手にした50貫が、彼にとって”人生を変えるほどの大金”であったことは確かです。秀吉、小一郎兄弟の、新たな人生がスタートしました!
【次回 『豊臣兄弟!』第5回「嘘から出た実(まこと)」あらすじ】
小牧山城に拠点を移した信長(小栗旬)は、織田家中で御前試合を開くことを決定。小一郎(仲野
太賀)は、試合で藤吉郎(池松壮亮)のライバル・前田利家(大東駿介)の鼻を明かすべく、一計を案じ
る。そんな2人に、信長は美濃攻めに不可欠な鵜沼城の調略を申し付ける。だが鵜沼城主・大沢次
郎左衛門(松尾諭)は、これまで誰の説得にも応じていないという。果たして小一郎たちは、大沢の
心を動かすことができるのか?
※『豊臣兄弟!』第4回「桶狭間!」のNHK ONE配信期間は2026年2日1日(日)午後8:44までです。
※宮崎あおいさんの【崎】は「たつさき」が正式表記です。
- TEXT :
- Precious編集部
- WRITING :
- 河西真紀
- 『日本国語大辞典』(小学館) /『デジタル大辞泉』(小学館) /『日本大百科全書 ニッポニカ』(小学館) /『世界大百科事典』(平凡社) /『NHK大河ドラマ・ガイド 豊臣兄弟!~ 前編』(NHK出版) /『NHK2026年大河ドラマ完全読本 豊臣兄弟!』(産経新聞出版) /松江市「長谷川先生コラム」 /農林水産省「スーパーでの販売数量・価格の推移」 :

















