【目次】
【「人口調査記念日」とは?由来と意味】
■「いつ」?
「人口調査記念日」は、1月29日です。
■「日付」の「由来」は?
1872年(明治5年)の1月29日に、明治政府による日本初の全国戸籍調査が行われました。「人口調査記念日」はこの日付に由来しています。この調査による戸籍は、作成された1872年の干支にちなんで「壬申戸籍」と呼ばれ、1920(大正9)年に国勢調査が始まるまでは、この戸籍を基に、出生・死亡・戸籍変更の届出等を加減して毎年の人口を算出していたそうです。
■どんな「意味」がある?
近代における人口調査は、国の行政や社会、経済の計画立案にとって重要な情報基盤となっています。「人口調査記念日」は、単に「人口を数えた日」というだけでなく、「統計調査の基礎が築かれた歴史的転換点」としての意味をもっています。
【日本の人口調査の歴史を振り返る】
「人口調査」とは、一国あるいは一定の地域や階層の、人数の増減や現状を知るために行う調査を指します。日本の戸籍制度は、645(大化元)年の「大化の改新」に始まるといわれ、公地公民制による口分田を基礎に年貢を徴収するために国民を登録するようになった制度が、戸籍の前身とされています。
日本における制度の歴史をサクッと解説しましょう。
■寺請制度/宗門人別改帳(江戸時代)
江戸時代、村々の戸口調査は、毎年村役人から領主に報告されていた「宗門人別帳」がその役割を果たしていました。「宗門人別改帳」には宗旨人別帳、宗門改帳・家別帳など、地方や時代によってさまざまな名称がありますが、もともとは江戸幕府がキリシタン禁止政策の重要な手段として始めた宗門改めと、戦国末期の人別改めが複合されて、明治初年頃まで続けられてきた戸口報告制度でした。
江戸幕府はキリスト教の取締りのため、すべての庶民を寺院に所属させて登録させていたのです。これにより、各寺が住民(氏名・家族・信仰など)を記録し、これが江戸期の事実上の人口データとなりました。幕府もこれを活用して各藩から人口の報告を受ける形で、全国の人口把握を進めました。
■ 壬申戸籍(1872/明治5年)
1871(明治4)年に戸籍法が交付されると、日本最初の戸籍(壬申戸籍)がつくられました。全国より提出された壬申戸籍に基づいて刊行されたのが、「日本全国戸籍表(※全国壬申戸籍表ともいわれます)」です。この戸籍により、皇族から平民まで戸単位で人口を集計できるようになりました。当時の日本の総人口は、約3311万人と集計(※)されています。そして、この戸籍が人口統計の基盤となり、1873〜1919年ごろまで、出生・死亡・転出入などの変動を加減して人口推計に用いられました。
とはいえ、当時は戸籍変更の届け出がないまま移動した人が多くいるなどの問題から、統計の数字に重複が多数あることが判明。大正9年(1920年)10月1日に行われた国勢調査の結果、本来は国勢調査人口を下回るはずの本籍人口が遥かに上回ったことから、本籍人口・現住人口には死亡・脱籍等の届出漏れによる虚数がかなり含まれていることがわかっています。
■近代人口調査の確立(戦前)
1902(明治35)年に制定された「国勢調査二関スル法律」から18年後の1917(大正6)年7月、「国勢調査施行二関スル建議案」が衆議院において可決され、1920(大正9)年に第1回の国勢調査の実施が決定しました。これが全国のすべての人と世帯を一斉に調査する、現代の国勢調査の原点です。以来、ほぼ5年ごとに実施されるようになり、人口の性別・年齢・職業など幅広い項目が集計されました。
■戦後〜現代:国勢調査の制度化とデジタル化
第二次世界大戦では調査が中断されましたが、1947年に臨時人口調査が行われた後、戦後は5年ごとに国勢調査が定着しました。現在も、住民基本台帳と国勢調査法に基づき、日本に住むすべての人と世帯が対象となっています。
【データで見る!日本の人口の推移と変化】
■戦後〜現在までの人口増減グラフ
日本の人口は、戦後、増加を続けてきました。終戦直後の1945(昭和20)年に約7200万人だった総人口は、1967(昭和42)年に1億人を超え、2004(平成16)年の推計人口は約1億2800万人となっていました。
近年では人口増加率は極めて低い水準となり、2003(平成15)年から04(平成16)年の年間増加率は戦後最低の0.05%となっています。現在では、2010年の1億2806万をピークに、減少局面に突入しており、日本の総人口は、2025年(令和7年)8月の最新推計値で、1億2295万人です。この数字は、前年同月に比べ、約60万人(0.49%)の減少となっています。
■人口の「都市集中」と「地方の人口減少」の現状
日本では戦後から高度経済成長を経て、東京・大阪・名古屋などの大都市や、その周辺圏に人口が集中する傾向が長年続いています。これは、就職・教育・医療・文化などの機会が都市部に多いことが大きな要因となっています。こうした地域には人口や資源が集まり、経済活動も活発になる一方で、地方では人口が減り、サービスや雇用機会が縮小するという地域間のアンバランスが進んでいます。
総務省などの統計では、日本全体の人口は減少傾向にありますが、地域ごとの動きは大きく異なります。地方圏や地方都市以外の地域では、1990年代後半から人口減少が進行しており、特に若年層の流出や出生数の減少が顕著です。
■若年層の流出と人口構造の変化
地方から都市部へ人口が流れる大きな要因のひとつは、若い世代の流出です。教育・就職機会が都市部に集中しているため、特に20代〜30代の若年層が都市部へ移住する傾向が強いと報告されています。その結果、地方では若年人口が減少し、高齢化が加速する「人口の自然減(出生数<死亡数)と社会減(転出>転入)」が重なっています。
【「人口調査」に関するトリビア】
■そもそも「国勢調査」って何?
「国勢調査」の基本は、人を数えること。統計法に基づき行われ、外国人も含めた日本国内の人口や世帯の実態を明らかにすることを目的としています。「国勢」の意味は「国の勢い」ではなく「全国の情勢」。明治時代に統計院を設立した大隈重信が国勢の言葉を使ったそうです。報道機関などが政権や政党への「支持」や社会の「意識」を調べる「世論調査」とは異なり、国勢調査の項目はすべて、住民や世帯の「実態」について問う内容となっているのが特徴です。
2025年に行われた国勢調査には、各世帯ひとりひとりの性別や出生年月、世帯主との続柄、就業状態や仕事の種類など、17項目の設問がありました。今回の調査結果は、2026(令和8)年5月までに、人口速報集計(男女別人口と世帯数)が公表される予定です。その後、それぞれの項目について順次公表されますが、集計が完了し、調査の結果が公表されるまでに2年程度かかるものもあることが総務省統計局から発表されています。
■「国勢調査」の結果は、どのように活用される?
・学校や保育施設の設置計画
地域ごとの年齢別人口から、将来の児童数を見込み、学校の設置や統廃合、保育施設の新設・定員調整などに活用されています。
・高齢者福祉や子育て施設の充実
単身高齢者や子育て世帯の分布を把握し、訪問介護や見守り体制、延長保育や休日保育などの支援充実に活用します。
・災害時の避難計画や備蓄量の設定
避難所に集まる人数や高齢者・乳幼児の割合を推定し、水や食料、授乳スペースなど必要な備蓄量を決める基礎になります。
・公共交通や道路整備の計画
通勤・通学の人の流れや高齢者の分布をもとに、バス路線の見直しや道路整備の優先度を検討する際などに利用されています。
■国勢調査は何人くらいの調査員で行われる?
国勢調査では全国で約70万人もの調査員が動員され、各家庭を回って調査票を配布・回収します。これは日本最大規模の“臨時雇用”のひとつと言えます。調査員の選考は、市町村において、一般からの公募、町内会や自治会の推薦、前回調査の経験者からの選考など地域の実情に応じた方法により、候補者の推薦を行っています。
■初めての国勢調査の費用はいくらかかった?
大正時代の貨幣を現在の貨幣価値に置き換えるのは難しく、あくまで試算の一例となりますが、1920(大正9)年に行われた第1回の国勢調査には、現在の価格に基づく概算で71億円以上の費用がかかっています。
当時の調査費用の総額は295万7000円でした。これを米価を基準に現在の価値に換算すると、1921(大正10)年の米1kgの平均的な販売価格が35銭50厘(1厘=0.01銭)です。一方、農林水産省が発表した2026 (令和8)年1⽉12日の週の平均価格は、4,283円/5Kgです。つまり、1㎏あたり857円となっています。ここから、295万7000円を現在の価値に換算すると、71億3845万円相当になります。
■1920(大正9)年に半数以上を占めた職業は?
1920年国勢調査による「職業別本業者に係る統計」によると、農業が本業者全体の51.6%と圧倒的に多く、過半数を占めています。第二位は工業で19.4%、第三位は商業で11.6%。ただし、この調査の際の「農業」のカテゴリーには、農作以外に、造園、園芸、牧畜、養鶏、養蚕、林業、狩猟なども含まれます。
【日本の未来予測と人口が与える影響】
■総人口の減少
国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、日本の人口は2030年代に1億人を割り、2060年には約8,600万人程度まで減少すると予測されています。つまり、現在の約1億2000万人から、約2000〜3000万人の減少が見込まれているのです。ここには出生数の低さが続いていることが影響しており、1年あたりの出生数は70〜80万人台と歴史的低水準になっています。
■高齢化が急速に進行
2025年9月15日現在、日本の[65歳以上人口]は3619万人と、前年に比べ5万人の減少となりました。一方、総人口に占める割合は29.4%と、過去最高となりました。男女別にみると、男性は1568万人(男性人口の26.2%)、女性は2051万人(女性人口の32.4%)と、女性が男性より483万人多くなっています。
国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、この割合は今後も上昇を続け、第2次ベビーブーム期(1971年~1974年)に生まれた世代が65歳以上となる2040年には34.8%、2050年には37.1%になると見込まれています。
世界で人口4000万以上の38か国について、2025年の総人口に占める65歳以上人口の割合を比較すると、日本(29.4%)が最も高く、次いでイタリア(25.1%) 、ドイツ(23.7%) 、フランス(22.5%)などとなっています。
75歳以上の後期高齢者も大幅に増え、社会保障制度(医療・介護)の負担が膨らむことが予想されています。
■「2040年問題」「2060年問題」って何?
2040年前後には、1971年~1974年生まれの団塊ジュニア世代(第二次ベビーブーム世代)が65歳以上になるため、日本の高齢者数がピークに達すると予測されています。これがいわゆる「2040年問題」です。さらにこれに伴い、現役世代(15〜64歳)が大幅に減少、約1100万人〜1300万人の労働力不足が予測されています。労働人口の減少は企業の人手不足や社会保障制度の支え手不足を招き、経済成長の鈍化や税・社会保険負担の増加を招くと考えられています。
また、日本の総人口は、今後、長期の人口減少過程に入り、2048年には1億人を割って9913万人となり、2060年には8674万人にまで減少すると推計されています。総人口に占める65歳以上人口の割合は37.9%。2.6人にひとりが高齢者ということになります。
2060年ごろまで続く人口減少と高齢化は、「年金・医療・介護費用の増大・税収不足・地域社会の縮小」といった中長期的な課題につながります。社会保障費は増え続け、財政にも大きな圧力がかかります。また、総人口の急激な減少により、地方自治体の運営やインフラの存続が困難になる地域も出てくる可能性があります。
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日本の人口調査の歴史は、1872年(明治5年)の1月29日に明治政府が行った、日本初の全国戸籍調査から始まりました。その後、1920(大正9)年に国勢調査が始まるまでの過程には精緻さと課題の両面がありました。以降、ほぼ5年おきに調査が実施されている国勢調査は、人口構造や社会の変化を具体的に示す、最も信頼されるデータです。
とりわけ、戦後の人口増加から、近年の減少・少子高齢化への転換は、単なる統計上の数値ではなく、働き方・暮らし方・社会保障や経済のあり方に直結するリアルな課題です。2025年現在、65歳以上の高齢者が総人口に占める割合は、29.4%と過去最高。ここ数年、若年世代にかかる負担の大きさが指摘されている社会保障費など、問題は山積みといえます。
国勢調査のデータは、学校や公共施設、福祉計画から交通整備に至るまで、あらゆる社会計画の基礎となります。ビジネスキャリアを歩む私たちにとって、人口統計を読み解く力は、マーケットや組織、ライフプランの“根拠ある判断”を支える重要な知識です。歴史と最新動向を理解し、変化をチャンスとして活かす視点を持ち続けたいものです。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- 参考資料: 『日本国語大辞典』(小学館) /『世界大百科事典』(平凡社) / /総務省統計局「統計150年の軌跡を辿る」 /三島市郷土資料館「歴史の小箱」 /大阪府立図書館「明治以降、国勢調査開始以前の人口調査について知りたい」 /国土交通省「第1節 日本の人口構造の変化」交通白書2020 /東洋大学「人口減少と東京一極集中、地方が抱える課題を解決し多様で豊かな国づくりの実現へ」 /大和総研「若者や女性に選ばれる地方とは」 /総務省「統計からみたわが国の高齢者」 /キヤノンマーケティングジャパングループ「2040年問題とは?2040年問題が引き起こす労働市場の変化とその対策」 :

















