鈴木保奈美さんの連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」第十七回
俳優・鈴木保奈美さんの大好評連載「Carnet de petite voyageuse 中途半端な旅人は語る」では、保奈美さんの趣味のひとつである旅をテーマに、これまで経験してきた旅路を振り返ります。
第十七回となる今回は、【女たちの旅】と題してお送りします。
第十七回「女たちの旅」 文・鈴木保奈美
母がドバイ行きを意外にもあっさり即断したことで、妹とわたしは四ヶ月がかりのプロジェクトに乗り出すことになった。八十代の海外旅行って、どう計画すべきなのだ? ここで、元旅行会社勤務のヨーコ(仮名)とヒロシ(仮名)夫婦という強力な助っ人が登場する。
わたしが小学生の頃のご近所さんで、家族ぐるみのお付き合いを長年続けているヨーコ(仮)は、職場結婚したヒロシ(仮)とアムステルダムに十年ほど赴任していた。わたしたち母娘も彼らを訪ねて、オランダをあちこち案内してもらったり、TGVでベルギーやパリへ足を延ばしてみたり、いわばこのご夫婦はわたしたちにとってヨーロッパへの窓口だったのだ。
ヨーコ(仮)は六十五歳を過ぎた今でも時々添乗員の仕事を受けていて、「帰国便がドバイ乗り換えだと二十時間くらい空いちゃうから、チャチャっと観光してくるのよね。おすすめ教えてあげるよ」と頼もしい(ちなみに彼女は仕事をしていない時は週三回はプールで泳ぐ猛者である)。ヒロシ(仮)も昔とった杵柄(きねづか)、とばかり、あっという間に旅程表を作ってくれた。「砂漠の中のホテル、ここはできた当時に僕も視察ツアーで行ったけれど、ゆっくりできておすすめだよ。オールインクルーシブで楽だし、空港からもさほど遠くない。車での送迎も頼める。市内に戻ったら、観光はとにかく一日一つね。一ヶ所観たら、ホテルに戻ってお昼寝するくらいのスケジュールで。出かけた先でもいつでもカフェで休めるように、トイレの位置も確認してね。日帰りでアブダビ? 却下、日帰りは、却下!」うええ、だってアブダビ、車で一時間半だって、モスク綺麗なんだって、ヒョイっと行けるって…。「モスクの中だってたくさん歩くんだよ。そうじゃなくても慣れない外国で時差もあるし暑いし、この日程では却下です」はい、そうですよね…。「それから帰りの飛行機が、深夜二時過ぎに出ます。早めに夕食を済ませて一度ホテルに帰って休んだほうがいい。何時までレイトチェックアウトが可能か確認して、無理ならもう一泊取る覚悟でね。日本に帰ってから疲れが出てはいけないからね」
年をとるってこういうことなのだ。いつものわたしなら、効率重視でルートを組んで時間が許す限り歩き回るけれど、ヒロシ(仮)のメニューではその半分もこなせない。体力の低下、腰に抱えた爆弾、何より帰国後に体調を崩しでもしたら、もはや命に関わるかもしれない。絶対に無理をさせてはいけないのだ。改めて旅程表を見ると、ヒロシ(仮)ってば「市内観光用お車、一日貸切」まで用意してくれてる! いや、でも、一日中動き回ることはないんだし、現地在住の娘もいるし、ドバイ版UberのCareemってのがすぐ配車できて安価らしいとのこと、さすがにお車はキャンセルしていただく。
その娘からは、「有給取れた!」という報告と共に長大なお食事処リストが送られてきた。「ドバイ料理というのは特にないみたいなんだけど、バラエティは欲しいよね。和食じゃなくても大丈夫だよね。辛いものとパクチーNGね。なるべく観光する場所の近くで組み合わせるからね」
祖母と叔母と旅するのは十年ぶりの彼女も、張り切っている(それにガイドとして素敵なホテルに泊まれるのだから、有給を取る価値はあるのだ)。知人の口コミとネットの評価を駆使して彼女が予約してくれた渾身の夕食は、ディズニーランドみたいな小舟で行くタイ料理に、生演奏で大盛り上がりのタジンレストラン、辛くないインド料理、と、味も装置も完璧だった。が、バターチキンカレーを食べながら不満げなので聞いてみると、「本当はテラス席を予約してたんだよ」と言う。「テラスなら絶対に食事しながら噴水ショーを観られるの。下見したんだから。なのに直前に、イベント予約が入ってテラスは使えないって。猛抗議して、一番窓側のこのテーブルを確保したんだけど、悔しいなあ」下見? してくれたの? わざわざ? それに平和主義でいつも言いたいことを我慢しちゃうあなたがお店に強気で交渉してくれたなんて、そっちが驚き。異国生活で鍛えられたんだねえ。としみじみする母であった。
食後にぶらぶら歩いて噴水ショーも堪能して、ホテルに戻ってバスローブでゴロゴロしながら娘が言った。「ねえ、この部屋割りで良かったのかな?」うん、それはわたしもずっと考えていた。ツイン二部屋にわたしと娘、母と妹の組み合わせ。父が亡くなってから二人暮らしの母と妹は別の部屋にしたほうが、気分転換になったんじゃなかろうか? わたしには、母のケアを妹に任せっきりだという負い目もある。旅の間くらい、妹を解放してあげるべきではなかったか? でも。あの二人には二人にしかない間合いがあって、それは揺らぐとお互いが消耗してしまう。母なりの身だしなみの順番や細かいあれこれ、手助けが必要なわけではないけれど、お姉ちゃんにはわからないでしょ、って、妹はきっと言う。面倒くさがったり、口喧嘩して険悪になったりもしているけれど、彼女だけが把握していることがたくさんあって、わたしが付け焼き刃で肩代わりすることはできない。きっとそこに妹のプライドがある。だからわたしは介入しないほうがいい。ただありがとう、って思いながら、一緒に美味しいものを食べて、珍しい景色に驚いて、笑っていこうと思う。「わたしもそう思ってた」と娘が言う。「それにさ、スーツケース共有してるから荷物を分けるの面倒くさい〜って言われるよね、きっと」と笑う。
四泊六日の旅を終えた翌日、母は颯爽と麻雀の定例会に出かけていったらしい。元気だ。
そしてひと月後、トンカツ屋で開催された母の八十三回目の誕生会は、旅の思い出話で大いに賑わった。「スークで迷った時はどうしようかと思ったわね」「だって香水スークがどうしてもみつからないんだもの」「あれは歩き過ぎた、流石にギブアップだった」「ごめんごめん」「パームなんとか? 椰子の木の島の夜景は綺麗だったわねえ」「しかしどこもかしこもギンギラだった、東京が暗く感じたね」「あ〜あ、ほんとに楽しかった、みんなありがとう。でね、思い出したんだけど」「え? なに?」「山口県の瑠璃光寺に昔行ったことがあってね、あの五重塔をもう一度観たいのよ。あ、あと出雲大社、ついでに回れない?」
オッケー、ママ、次は山口へゴー!
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- PHOTO :
- 鈴木保奈美 (本人の写真は、スタッフ、友人、家族が撮影)
- EDIT :
- 喜多容子(Precious)

















