新連載|キャスター・大江麻理子の「行ってみて、聞いてみて」 

新連載となる、キャスター・大江麻理子の「行ってみて、聞いてみて」では、大江さんが気になる現場を訪れ、話を聞き、深掘りし、“現場”でしか分からない温度を伝えします。

今回は【〈第一回〉建築家・坂 茂さんと見つめる、能登の“今”(前編)】をお届け。二部に分けてお送りします。

大江麻理子さん
(おおえ まりこ)キャスター。1978年福岡県生まれ。2001年テレビ東京に入社。バラエティ番組から政治経済番組まで幅広く担当。経済ニュース番組『WBS(ワールドビジネスサテライト)』メインキャスターを11年務めたのち、2025年に退社。本誌連載で本格再始動。
坂 茂さん
(ばん しげる)建築家。1957年東京生まれ。1985年坂茂建築設計を設立。1995年災害支援活動団体「ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)」を立ち上げ、世界中で被災者支援を続ける。プリツカー建築賞(2014年)、マザー・テレサ社会正義賞(2017年)、文化功労者(2025年)などを受賞。

〈第一回〉 建築家・坂 茂さんと見つめる、能登の“今”(前編)

キャスターの大江麻里子さんと建築家の坂 茂さん
 

被災地に駆けつける 現代の聖/文・大江麻理子

連載一回目に取り上げたい方は誰だろう。そう考えて最初に思い浮かんだのが建築家の坂 茂さんだった。建築界のノーベル賞とも称されるプリツカー賞を受賞するなど、世界にその名を轟かせている方だが、坂さんを語るうえで欠かせないのが「被災者支援」だ。テレビ東京でニュース番組をつくっていたとき、被災地の取材から戻ってきたディレクターが「また坂さんがいらっしゃいました」と言うのを何度聞いたかわからない。日本だけでなく、地震などの被害に遭った場所があれば世界中どこへでも駆けつける。困った人たちの生活を守るために、建築家としての知見をすべて注ぎ込む姿は、まさに現代の聖(ひじり)だ。以前坂さんにお会いした際「能登の木造仮設住宅と能登瓦の保存活動をぜひ見てほしい」とおっしゃっていたので、取材を申し込むことにした。

能登が大地震に見舞われたのは2024年の1月1日。元日を楽しむ人々を大きな揺れと津波が襲った。道路が寸断されたことで救助や物資がなかなか届かず、厳しい寒さのなか能登の人々は過酷な状況にさらされた。発災から2年が過ぎた今、能登はどうなっているのか。1月下旬、坂さんと共に「建築」という切り口で現地を取材した。

仮設住宅を訪れたキャスターの大江麻里子さんと建築家の坂 茂さん
「坂さんの仮設住宅に入居してよかった」の声に、うれしそうな坂さん。

まず訪れたのは、珠洲(すず)市見附島(みつけじま)近くにある坂さんが設計した木造仮設住宅だ。取材日は雪が降り底冷えする日だった。片栗粉のような雪を踏み締めながら歩いていくと、木造2階建ての仮設住宅が見えてきた。この建物の特徴は、プレハブで造られた従来の仮設住宅と同じコストで建設できるうえ住み心地がよく、仮設といいながら恒久的に使うことができることだという。矛盾をはらんだ「恒久仮設住宅」。現在ご夫婦ふたりで入居中の部屋に、ご好意でお邪魔させてもらった。

「坂さんが仮設住宅でこだわった点は?」大江
「建てるのが簡単で恒久的に使え、木の温もりを感じる、居心地のよさを追求しました」坂さん

建築家の坂 茂さんが設計した仮設住宅
左/無垢材を使用しログハウスのような雰囲気。千羽鶴が飾られていた。右/仮設住宅の外廊下。エアコン室外機は木の格子で目隠し。

部屋に入ると、まだ木の香りがほんのり漂う。壁も床も、造り付けの棚もすべて木製で、いわゆるログハウスのような雰囲気だ。使われているのは、地元石川県産の杉の木。DLT(Dowel Laminated Timber)という、木の板を何枚か重ねて穴を開け、そこに円筒形の木の棒、ダボ(これを英語でDowelという)を差し込みパネル化した積層材だ。接着剤や釘を使わず、手早く造れるメリットがある。「住みやすさをいちばんに考えました。断熱や防音は当たり前。生活動線を熟慮し、冷蔵庫や洗濯機が通路にはみださないデザインにしました」と坂さん。ご夫婦が「本当に快適で、ここに入れてよかったです。この先ずっと住んでもいいなあ」と話すと、坂さんの顔がほころんだ。「そう言っていただけるのがなによりうれしいです。やってよかった」

仮設住宅を訪れたキャスターの大江麻里子さんと建築家の坂 茂さん
住み心地について熱く語ってくださるご夫婦。

坂さんは、能登の文化も守ろうとしている。そのひとつが能登瓦の保存活動だ。

「能登瓦の特徴は?」大江
「雪と塩害に強いんです」坂さん

能登瓦を手にするキャスターの大江麻里子さん
表面が漆黒でツヤツヤしている能登瓦。

能登瓦は、表裏両面に釉薬が塗られてつややかだ。塩害を防ぐのと、冬に雪が滑り落ちやすいようにするためだが、その結果とても美しい見た目になった。今はもう製造されておらず、現存するものを大事に使っていくしかない。ところが地震で壊れた家を解体する際、災害廃棄物として捨てられ、瓦礫になってしまった瓦がたくさんあった。「公費解体を急ぐのは致し方ない。でも、もうつくれないものをブルドーザーで粉々にするのはあまりにもやるせない。能登の文化が消えてしまう」

収集した能登瓦
倒壊家屋から手作業で取り外し3万枚を収集。

そこで坂さんたちは、地元の瓦保存プロジェクト「瓦バンク」と協働して、能登瓦の回収に動き始めた。職人や学生の力も借りて壊れた家屋の屋根から瓦を一枚一枚手作業で取り外し、最終的に集めた枚数は3万枚にのぼるという。

収集した能登瓦
能登瓦はもう製造されておらず今あるものでおしまい。

回収した瓦の保管場所へ向かうと、雪原のなかに黒い塊がいくつも見えた。雪をはらうと、漆黒で光沢のある瓦があらわれた。新品のようにつややかだ。傷をつけず回収するため、バケツリレーのように手渡しで運んだと聞いて、胸が熱くなった。

石川県を訪れたキャスターの大江麻里子さんと建築家の坂 茂さん
集会所の内部。木の温かみを感じる空間。屋根には能登瓦が使われている。

──第二部へとつづく

PHOTO :
川上輝明
EDIT :
田中美保、濱谷梢子(Precious)
文 :
大江麻理子