連載|キャスター・大江麻理子の「行ってみて、聞いてみて」 

連載【キャスター・大江麻理子の「行ってみて、聞いてみて」】では、大江さんが気になる現場を訪れ、お話をうかがい、“現場”でしか分からない温度をお伝えします。

今回は【〈第ニ回〉建築家・坂 茂さんと考える、能登の“今”(後編)】をお届け。二部に分けてお送りします。

大江麻理子さん
(おおえ まりこ)キャスター。1978年福岡県生まれ。2001年テレビ東京に入社。バラエティ番組から政治経済番組まで幅広く担当。経済ニュース番組『WBS(ワールドビジネスサテライト)』メインキャスターを11年務めたのち、2025年に退社。本誌連載で本格再始動。
坂 茂さん
(ばん しげる)建築家。1957年東京生まれ。1985年坂茂建築設計を設立。1995年災害支援活動NPO法人「ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)」を立ち上げ、世界中で被災者支援を続ける。プリツカー建築賞(2014年)、マザー・テレサ社会正義賞(2017年)、文化功労者(2025年)などを受賞。

〈第ニ回〉 建築家・坂 茂さんと考える、能登の“今”(後編)

残したい、文化と食/文・大江麻理子

輪島塗の菓子椀と取材中のキャスターの大江麻里子さん
左/塗り直された明治時代の輪島塗の菓子椀。現代の生活になじむよう、色や質感が工夫されている。レスキュー&リボーンの器『菓子椀 白檀(びゃくだん)』¥47,300、明治35年くらいのもの。右/再生した漆器はほとんどが軽いうえとても丈夫。「輪島キリモト」の仮設店舗にて。

「能登はやさしや土までも」

能登を取材するキャスターの大江麻里子さんと建築家の坂 茂さん
雪の中に建つ、珠洲焼作家・篠原 敬さんの仮設工房。木と紙管でできている。

震災からの復興途中である能登を取材する第二弾として、今回は能登の伝統工芸や食の現場を建築家の坂 茂さんと見に行く。「能登はやさしや土までも」という言葉がある。能登の人々はもちろんのこと、土までもが優しい。つまり、能登の風土で育つ海の幸や山の幸などの食べ物は体に優しく、文化も優美だという意味だ。

能登のあおさ海苔と干された鰹節
左/浜でとったあおさと海苔を混ぜて干す。能登では海藻をよく食べる。「ふらっと」の夕食ではスープでいただいた。右/宿泊した宿「ふらっと」の軒下には自家製の鰹節がたくさん干されていた。

半島の特性でもあるが、独自の進化を遂げた文化をもつ能登では、震災の影響でその独自文化やそれを担う人々が忍耐を強いられている。復興を進めるにあたっては、他の地域に住む人々の「知って応援、行って応援、持って応援」が重要だ。今回の特集が、「知って応援」の一助になれば幸いだ。

能登だからこそ生まれた輪島塗や発酵食を守る

能登を取材するキャスターの大江麻里子さんと建築家の坂 茂さん
工房にて。「生漆はかぶれるから絶対触っちゃだめですよ!」と桐本さん。

輪島塗は、能登の代名詞のような存在だ。「能登はやさしや」を体現するかのような柔らかいフォルムと漆の質感で、世界中にファンをもつ。震災から2年が経ち、輪島塗の現場はどうなっているのだろうか。坂さんと輪島市を訪れると、閉鎖された大型ホテルや立ち並ぶ仮設住宅が次々と目に飛び込んできて、地震の爪痕の深さを思い知らされる。

輪島キリモトの工房の様子
レスキュー&リボーンされた漆器たち。江戸や明治の漆器に再び息を吹き込む。手に取っているのは、レスキュー&リボーンの器『平椀 黄溜』¥28,600

輪島塗の製造販売を行う「輪島キリモト」では、代表の桐本泰一(きりもとたいいち)さんが出迎えてくれた。工房内には、木を削り成形した木地や、ペースト状の生漆(きうるし)、粉状の地(じ)の粉(こ)などが並ぶ。下地材・地の粉の原材料である珪藻土(けいそうど)は輪島市内にふんだんにある。さらに、漆が乾くには湿度が必要なため、能登の湿潤な気候が漆器づくりに最適なのだ。必要な条件がすべて揃い、輪島塗は必然的に生み出された。

「保管場所がなくなり、仕方なく輪島塗を手放す人も多いのですね」大江
「どうにか生かしてくれ、と託されたからにはそれにちゃんと応えなきゃ」桐本さん

輪島キリモトの工房の様子
左上/熟練職人が刷毛はけで筋目(すじめ)をつけながら漆を塗っているところ。右上/スプーン用に木を削り出す作業。漆を塗る前からなめらか。左下/坂さんからの依頼で紙管に漆を塗っている。ホテルの内装に使う予定。右下/仮設工房は3棟設置して、仮店舗、倉庫、御膳保管室として使用している。

輪島キリモトには、震災から2か月が経った頃に建てた坂さんの仮設工房がある。その中が今は展示販売スペースになっていて、震災などで手放すことになった輪島塗を引き取り、修理したり塗り直したりして再生させる「輪島塗レスキュー&リボーンプロジェクト」の作品が置かれていた。昔はどこの家にも御膳が一揃えあった。護り受けた朱色の器を直して研いで、「朱合漆(しゅあいうるし)」という深く透明感のある上塗漆を塗ることで、モダンな印象に生まれ変わらせるのだ。180年前(江戸時代)や110年前(大正時代)のお椀が、まるで新品のような顔で並んでいた。

「能登の発酵食は、究極の非常食だと震災で気づきました」船下さん
「能登の気候風土が独自の発酵文化を生んだのです」フラットさん

、能登町の宿「ふらっと」のご夫婦と提供される朝食
左/ふらっと」のベンジャミン・フラットさんと船下智香子さんご夫妻。右/時間をかけてつくられた食材を使った滋味溢れる朝食。

この活動を始めたのは、能登町の宿「ふらっと」のご夫婦だ。オーストラリア出身のシェフ、ベンジャミン・フラットさんと能登町で生まれ育った妻の船下智香子さんは一般社団法人能登地震地域復興サポート(のとサポ)をつくり、その活動のひとつとして輪島塗レスキューを始めた。実際「ふらっと」へ行くと、食堂には輪島塗が入った箱がたくさん置かれている。

能登町の宿「ふらっと」の入り口
「ふらっと」の門構え。能登イタリアンを堪能できる1日4組限定の宿。

「ほうっておくと廃棄されこの世から消えてしまうだけ。せっかくここまで残っていたのだから、私たちがお手伝いすることで次の居場所を見つけてほしい」と船下さん。おや、坂さんが能登の瓦や古材を保存し活用するのと同じ考え方だ。

能登町の宿「ふらっと」のイタリアン料理
左上/夕食のコースより/バイ貝のサワークリームソース。酸味とにんにくの風味が絶妙。右上/能登の保存食、巻鰤まきぶり。藁の香ばしさが口に広がる。左下/ 鰹のマリネ。鰹と干し柿がこんなに合うなんて。右下/大根とあおさのスープ。おかわりしたくなる優しい味。

今回はこの「ふらっと」に宿泊した。こちらでは、能登の食材と発酵食にこだわった“能登イタリアン”が食べられる。冬は寒く夏は蒸し暑い能登の気候は、発酵文化を育むのにもぴったりだった。

キャスターの大江麻里子さん
 

能登の家には、漬物を置く「しょうけば」があり、船下さんは数十種類の発酵食を置いている。震災時には漬物を取り出して食べたそうだ。それで、能登の発酵食は究極の非常食だと気がついたという。魚醤の「いしり」も「ふらっと」のお手製。いかの内臓と塩を使い、風味たっぷりに仕上げる。

震災後、能登町では若い子育て世帯がどんどん引っ越してしまい、ここまで受け継いできた発酵の文化が次世代に繋げず、忘れられてしまわないか心配になるそうだ。そこで、ひとりでも多くの人に食べてもらい、記憶してもらおうと、ご夫婦は「ふらっと」で発酵食を提供し続けている。

──第二部へとつづく

【DATA】

「輪島キリモト」(輪島工房)
住所:石川県輪島市杉平町大百苅70番5
TEL:0768-22-0842
URL:kirimoto.net
日本橋三越で取り扱いあり、オンラインショップでも購入可。

「能登イタリアンと発酵食の宿 ふらっと」
住所:石川県鳳珠郡能登町矢波27-26-3
TEL:0768-62-1900
URL:flatt.jp
1泊2食付き1名料金¥24,200(平日)〜

※掲載商品の価格は、すべて税込みです。

PHOTO :
川上輝明
EDIT :
田中美保、濱谷梢子(Precious)