とてつもない美女、ヘディ・ラマーって一体誰?

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1944年4月公開の映画『The Heavenly Body』に登場する女優ヘディ・ラマー。(C)Donaldson Collection/Getty Images

こんな美人、見たことない。一体誰? きっとそんな反応なのだろう。この人の名は、ヘディ・ラマー…… 1940年代に一世を風靡した、れっきとしたハリウッド女優である。でもおそらくは初めて聞いた名前なのではないか? なぜこんな絶世の美女の名を、私たちは知らないのか? まさしくそこに、ヘディ・ラマーという人の不思議が潜んでいるのである。

実際にこのヘディ・ラマーは一時期ハリウッドで、文字通り「世界で最も美しい女性」とされた。いや、そもそもデビュー時の売り方が、そういう触れ込みだったから、注目されないはずは無い。それもハリウッドの黄金時代に美人女優の宝庫と言われたMGM出身、そんな中でもピカイチの美しさと称えられたほどなのだ。
同年代に活躍した女優は、グレース・ケリーやビビアン・リー、イングリッド・バーグマンなど、錚々たる顔ぶれで、今に名を残す伝説の女優ばかり。しかしそんな時代にあっても、あまりの美しさに共演する男性も目がクラクラしたと言うほど。まさに眩いまでの美女だったというから、なおさら当代一の美女の名が歴史に残っていないのは不可解すぎる。

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1940年、映画『同志X』の宣伝用ポートレイト。ヘディ・ラマーと共演のクラーク・ゲーブル。(C)20th Century-Fox/Getty Images

同時に天才科学者であった!?さらに信じがたいこの人の正体

いやそれどころか、もっと驚くべきは、このヘディ・ラマーという人、ただ類い稀な美貌の持ち主であるだけじゃない。じつはとんでもない天才科学者であり、本来ならば歴史に名を残す発明家でもあったのだ。

一体どういうこと? ますます謎が深まるが、実はハリウッド女優でありながら、自宅に実験室もあったという科学オタクであり、なんとなんと彼女が発明した通信暗号は、現代のWi-FiやBluetooth、GPSの基礎となった、究極の通信技術だったというのである。

ちょっとにわかには信じがたい話だけれど、この発明、彼女が30歳位の時のものと言うから、本当の天才なのだろう。それも、第二次世界大戦中、ナチスの潜水艦、Uボートが魚雷の無線誘導を妨害することに危機感を覚え、自ら開発したのが周波数ホッピングと言う、敵に電波を傍受されるのを防ぐシステムであるらしい。全く意味がわからないけれど、そんなものを戦争中に発明するなんて、まるでアインシュタイン。いや、オスカーも獲得した映画「イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密」の主人公、イギリスの数学者アラン・チューリングみたい。彼はドイツ軍の優れた暗号の解読に成功、それがコンピューターの基礎となる発明でもあったことで、歴史に名を残しているわけだが、ヘディ・ラマーの発明も、同レベルの快挙だったと考えて良いのだ。

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1945年、32歳の頃のヘディ・ラマー。(C)Silver Screen Collection/Getty Images

現代のWi-FiやBluetoothを生む発明が「女優の気まぐれ」として無視された?

ヘディ・ラマーは、オーストリア生まれながら、ユダヤ人の血を引いている。ナチス・ドイツに対しての嫌悪もあっての偉業だったと言ってもいいが、連合軍の支援や十分な設備があったわけでもないのに、なぜこんな発明を成し遂げられたのか?
なんでも彼女は、音楽家の協力を得て、自動ピアノの穴の開いたロールの仕組みを応用して、このシステムを開発し、1942年に特許を取得してアメリカ海軍に無償で提供したと言われる。

ところが、案の定と言うべきか、当時のアメリカ軍はそれを"スター女優の気まぐれ"とばかりに、まともに相手にしなかったとされるのだ。おまけに軍部は「そんなことより、軍事費も生み出せる貴女のキスを!」と、屈辱的な要求をしたと言う。

そこで思うのは、この人は早く生まれ過ぎた。そして何もかも持ちすぎていた。"天は二物を与える"どころではない、現代に例えて言うなら、ニコール・キッドマンとシャーリーズ・セロンとマーゴット・ロビーを合わせたくらいの美女が、同時に"女イーロン・マスク"とも言える偉業を成し遂げたような、あり得ないことになるわけで、今ならおそらく「史上最強の絶世美女」と言われることになったはずである。
皮肉にも、この発明が注目されたのは戦後、特許が切れた後だった。キューバ危機でようやくアメリカ軍に採用され、その後、現代の携帯電話やWi-Fiなどのワイヤレス通信に不可欠なコア技術となる。しかもその功績を讃えられたのは1997年。 彼女の晩年のことだったという。
時代が早すぎたことで、その発明がいかに凄いものだったかを完全に見逃されたのはもちろん、女性の研究そのものが相手にされなかったこと。ましてや美人女優がまさかそんな発明などできるはずがないという、偏見と差別が露骨にあったということで、なんと残念な話だろう。女性の地位がいかに低かったか、職業的な差別がいかに激しかったかを物語る。

すべてにおいて規格外だったからこそ、スキャンダルまみれになった天才美女

とは言え、この世紀の天才美女が、女優としても名を残していないのには、実はもう一つ理由がある。まずこの人は18歳の時チェコスロバキアの映画でいきなり映画主演を成し遂げているが、この作品でじつは映画史上初の"全裸での性的絶頂の演技"を見せており、これが時代的に世界を股にかける大スキャンダルとなり、ローマ教皇からも非難されたという。訳もわからず、ただ体当たりの演技をしただけ。ただ世間はそれを許さなかった。

この大スキャンダルは女優人生にずっと付きまとったとされるが、それでもその後に「世界一の美女」としてハリウッドでは大きな成功を収めた。ところがさすがは超知性派、当時の美人女優は皆そうであったようにお飾りのような役柄ばかりであったことに不満を持ち、自ら映画製作会社を立ち上げるのだ。しかし一女優のスタンドプレーとしての反発も激しく、制作した映画がことごとく失敗。また6回もの結婚は、彼女の自立心や男のような闘争本能が災いし、最長7年、最短7か月でいずれ離婚に至っている。

だから一時期は莫大な慰謝料などで潤うも、結果的に経済的に困窮し、40代から50代にかけドラッグストアなどで度々「万引き」で逮捕されるのだ。盗んだものは大したものではなく、少し精神的にバランスを崩していたのかもしれないし、世間に再び注目されたいという歪んだ顕示欲があったのかもしれない。ただ、人並み外れた能力を誰にも理解されなかったら、少々おかしくなるのも頷ける。

あと半世紀遅く生まれていれば……それは最大の悲劇?

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1949年のヘディ・ラマー。映画『サムソンとデリラ』のワンシーン。(C)Keystone-France/Gamma-Keystone via Getty Images

ただいずれにしても、ただの美人女優に収まるようなスケールの人ではなかったことが悲劇の素。18歳の時の、文字通りの体を張った演技も、野心があり勇敢だったからこそとも言えるし、映画制作会社設立もそれに足る能力とじ実行力があるからこそ現実に至ったわけで、すべてが規格外であったからこそ、そうした残念な人生を送らざるを得なかった。何か1つ欠けていれば、もっと伝説になっていたのに、あまりに皮肉。これが現代であったら、全てが成功につながっていただけでなく、今のようにサイエンスが優先される時代ならば、それこそビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグのように、IT長者の1人になっていたのは間違いないのだ。一体どんな存在になっていたか想像もつかないほどの逸材なのである。

本当に本当に残念である。こんな美しい人、そしてこんなに頭が良い人、その後も現れていない。実際に女イーロン・マスクなど実在しないのだから。そういう幻の最強美女が、歴史の中に置き去りにされたこと、せめても記憶に留めておきたい。何とも惜しまれる話として。

この記事の執筆者
女性誌編集者を経て独立。美容ジャーナリスト、エッセイスト。女性誌において多数の連載エッセイをもつほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。近著『大人の女よ!も清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)ほか、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)など著書多数。好きなもの:マーラー、東方神起、ベルリンフィル、トレンチコート、60年代、『ココ マドモアゼル』の香り、ケイト・ブランシェット、白と黒、映画
PHOTO :
Getty Images
WRITING :
齋藤薫
EDIT :
三井三奈子