【目次】
- 東京国際空港開港記念日とは? 8月25日の由来を解説
- 東京国際空港(羽田空港)はいつ開港した? 歴史と歩みを振り返る
- なぜ「羽田空港」と呼ばれる? 東京国際空港との違いとは
- 羽田空港はどう発展した? 国際線再拡大と現在の役割を紹介
- 羽田空港の見どころとは? 展望デッキや人気スポットをチェック
- 東京国際空港開港記念日に知っておきたい豆知識|日本初の民間空港との違いや空港コード「HND」の意味も紹介
【東京国際空港開港記念日とは? 8月25日の由来を解説】
■「東京国際空港開港記念日」とは? 日付の由来
「東京国際空港開港記念日」は、1931(昭和6)年8月25日に、東京・羽田で現在の東京国際空港、通称「羽田空港」の前身にあたる「東京飛行場」が開港したことにちなむ記念日です。東京飛行場は「日本で最初の国営の民間飛行場」でした。
■東京飛行場から現在の羽田空港へ
開港当時の東京飛行場は、現在の巨大な羽田空港とは異なる小規模な飛行場でした。その後、第二次世界大戦後の接収や返還、拡張整備などを経て発展。1952(昭和27)年には「東京国際空港」と改称され、現在に至ります。
今回の記事では通称「羽田空港」の歴史やトリビアを詳しく解説します!
【東京国際空港(羽田空港)はいつ開港した? 歴史と歩みを振り返る】
■1931(昭和6)年、「東京飛行場」として開港
現在の羽田空港の前身となる「東京飛行場」は、1931(昭和6)年8月25日に開港しました。当時は日本で最初の国営民間航空専用空港で、国内外の定期航空便が発着する日本の中心的な飛行場として発展していきます。
■戦後の接収を経て「東京国際空港」に
第二次世界大戦後、東京飛行場は連合国軍に接収され、「ハネダ・エアベース」と呼ばれました。1952(昭和27)年に施設の大部分が返還されると、「東京国際空港」に改称。その後、滑走路の延長や施設の整備が進められ、国際空港として再出発しました。なお、施設が全面返還されたのは1958年(昭和33年)のことです。
■成田空港の開港で国内線中心に
1978(昭和53)年、新東京国際空港(現在の成田国際空港)が開港すると、羽田空港から多くの国際線が移転。羽田空港は国内線を中心とする空港へと役割を変えました。
その後、航空需要の増加や空港の容量不足、騒音問題などに対応するため、1984(昭和59)年から2007(平成19)年にかけて、空港施設を大規模に沖合へ新たに展開する 「東京国際空港沖合展開事業」が行われ、空港の大規模な拡張が進められました。
■2010(平成22)年、国際線が再び羽田へ
さらなる航空需要に対応するため再拡張事業が行われ、2010(平成22)年10月21日には4本目となるD滑走路と国際線地区が供用開始。10月31日には、32年ぶりに本格的な国際定期便の運航が再開され、羽田空港は国内外を結ぶ空港として再び大きな役割を担うようになりました。
【なぜ「羽田空港」と呼ばれる? 東京国際空港との違いとは】
■「羽田空港」の正式名称は「東京国際空港」
「羽田空港」は、東京都大田区にある「東京国際空港」の通称です。つまり、「羽田空港」と「東京国際空港」に違いはありません。私たちにとっては、通称である「羽田空港」のほうが馴染みがありますね。
■「羽田」の由来は所在地の地名
「羽田空港」は、所在地の地名にちなんだ通称です。「羽田」という地名の由来には諸説あり、海老取川によって分かれた土地の形が鳥の両翼に似ていたことに由来するという説や、「植田(はにだ)」「墾田(はりた)」などの言葉が転じたとする説などがあります。
■「新東京国際空港」は成田空港の旧称
「東京国際空港」と混同しやすいのが「新東京国際空港」です。こちらは現在の成田国際空港の旧称。1978(昭和53)年に千葉県成田市で開港した際には「新東京国際空港」と呼ばれていましたが、2004(平成16)年に「成田国際空港」へ名称変更されました。
【羽田空港はどう発展した? 国際線再拡大と現在の役割を紹介】
■2010(平成22)年の国際線再開からさらに拡大
羽田空港では、2010(平成22)年に4本目の滑走路と国際線ターミナルが整備され、国際定期便が再び就航しました。その後も国際線の増便に向けた施設整備が進められ、2020(令和2)年には新たな飛行経路の運用も始まりました。
■国内線と国際線を担う首都圏の空港へ
現在の羽田空港は、国内線の主要空港であると同時に、国際線の拠点としても重要な役割を担っています。都心からのアクセスのよさを生かし、海外と東京を結ぶだけでなく、国内各地と世界をつなぐ空の玄関口として機能しています。
■羽田・成田の両空港で首都圏の航空需要を支える
羽田空港と成田空港は、ともに首都圏の空の玄関口です。現在、国は両空港を「首都圏空港」と位置づけ、一体的な機能強化を進めています。羽田空港は充実した国内線ネットワークに加えて国際線機能を拡大、成田空港でもさらなる発着容量の拡大などが進められています。
【羽田空港の見どころとは? 展望デッキや人気スポットをチェック】
■第3ターミナルは、国際線の玄関口
羽田空港の現在の第3ターミナルは、2010(平成22)年10月21日に「国際線旅客ターミナル」として供用を開始しました。その後、2020(令和2)年3月14日に「第3ターミナル」へ名称変更。国際線旅客を迎える主要なターミナルとして、「江戸小路」や「はねだ日本橋」など、日本文化を感じられるスポットも設けられています。
■飛行機を間近に楽しめる展望デッキ
羽田空港のアイコンともいえるのが、各ターミナルに設けられた展望デッキです。第1・第2ターミナルでは6時30分から22時まで、第3ターミナルでは24時間利用可能。滑走路を行き交う飛行機を間近に眺められるため、飛行機に乗らない日にも空港の雰囲気を楽しめる人気スポットです。
ターミナルによって見える景色が異なるのも魅力のひとつ。第1ターミナルでは国内線の飛行機を中心に、第2ターミナルでは東京湾を背景にした離着陸の様子を楽しめます。第3ターミナルからは国際線の飛行機に加え、東京タワーや東京スカイツリーなど、東京らしい景色を望むこともできます。
■第3ターミナルの「はねだ日本橋」
第3ターミナルには、江戸時代の日本橋をモデルにした「はねだ日本橋」があります。実物の日本橋の約半分の大きさで再現された木造の橋で、橋の下には江戸の旅にまつわる展示も。かつて日本橋が旅の出発点だったことになぞらえ、空の旅へ向かう人を送り出す場所として設けられています。空港という現代的な施設のなかに、江戸の旅文化を感じさせる空間があるのも、羽田ならではの楽しみです。
■ショッピングも充実
第3ターミナルには、日本の文化や魅力を発信するショップも充実しています。江戸の町並みをイメージした「江戸小路」には、飲食店や土産物店などが並び、出発前の買い物や食事を楽しめます。
また、第1・第2ターミナルにも、東京や全国各地の銘菓、食品、雑貨などを扱う店舗がそろっています。旅行のためだけでなく、東京土産を探したり、空港グルメを楽しんだりする目的で訪れる人も多いんですよ。
【東京国際空港開港記念日に知っておきたい豆知識|日本初の民間空港との違いや空港コード「HND」の意味も紹介】
■羽田空港は「日本初の国営の民間航空専用空港」
羽田空港の歴史を調べると、「日本初の民間空港」という表現を見かけることがあります。しかし、より正確には、1931(昭和6)年に開港した東京飛行場は「日本初の国営民間航空専用空港」とされています。軍用ではなく、民間航空のために国が建設・管理した空港だったことがポイントです!
■空港コード「HND」は何を表す?
羽田空港の空港コードは「HND」です。「Haneda」に由来する3文字で、航空券や手荷物タグ、フライト情報などで見かける空港コードとして使われています。ちなみに、成田国際空港のコードは「NRT」です。
■開港初日の「乗客」は6000匹の鈴虫!?
1931(昭和6)年8月25日。「羽田空港」の前身である「東京飛行場」の開港日に、大連行きの定期便が出発しました。当時の飛行機は6人乗りでした。しかも、この記念すべき初フライトで運ばれたのは、人間の乗客ではなく、なんと松虫と鈴虫約6000匹。大連で暮らす日本人に秋の風情を届けるためだったとか。当時の航空運賃が庶民には手の届かないものであったなか、記念すべき初飛行を乗客なしで飛ばすわけにもいかなかった、飛行会社の営業努力によるものだったとも言われています…。
■空港に残った「動かせない鳥居」の伝説
羽田空港の建設地には、かつて穴守稲荷神社がありました。戦後、空港が米軍に接収された際、神社は移転しましたが、赤い鳥居だけが残されました。撤去をめぐって事故が起きたとされ、当時は「動かすと『たたり』がある」といった風聞も流れていたといいます。その後、1999(平成11)年に現在の位置へ移設されました。
■開港当初の羽田空港には「管制塔」がなかった!
現在の空港では、管制塔から航空機に離着陸の指示を出すのが当たり前ですが、1931(昭和6)年に開港した東京飛行場には、管制塔がありませんでした。当時はまだ、航空機と地上との無線通信による離着陸の指示が行われていなかったためです。では、どうやって飛行機を誘導していたのでしょうか?……なんと、地上から「手旗信号」で発着を指示していたのです!
開港当時の東京飛行場は、面積約53ha、滑走路は長さ300m、幅15mが1本。施設も円形の待合室と格納庫2棟など、現在の羽田空港とは比べものにならないほど簡素なものでした。今では当たり前の光景となった管制塔も、羽田空港の歴史のなかでは後から登場した設備なのです。これはびっくりですね。
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東京の空の玄関口として、多くの人に利用されている羽田空港。1931(昭和6)年の開港から、戦後の接収や返還、成田空港の開港による役割の変化、国際線の再拡大など、時代とともに大きく姿を変えてきました。
現在では、展望デッキで飛行機を眺めたり、ターミナルを散策したり、食事や買い物を楽しんだりと、空港そのものを目的地として過ごせる観光スポットとしての機能も充実しています。そして最大の魅力は、なんと言っても都心からのアクセスのよさ。記念日である8月25日あたりは、お盆休みの旅行ラッシュも落ち着いたころでしょう。普段は何気なく利用している空港の歴史や魅力に目を向け、観光スポットとしての魅力を堪能してみてはいかがでしょうか。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- 参考資料:『日本国語大辞典』(小学館) /『デジタル大辞泉』(小学館) /『日本大百科全書 ニッポニカ』(小学館) /東京国際空港株式会社(https://www.tiat.co.jp) /HANEDA(https://tokyo-haneda.com/index.html) /国土交通省関東地方整備局 東京国際空港整備事務所サイト/大田区ホームページ「羽田空港の歩み」/国土交通省東京航空局「東京国際空港(羽田空港)」/「羽田空港の歴史」 :

















