【目次】
【第32回のあらすじ】
「その願いは、別の者と果たせ」
大河ドラマ『豊臣兄弟!』公式SNSが公開していた第32回「賤ヶ岳の決闘」予告のサムネイル。あまりにも切ない柴田勝家(山口馬木也さん)の眼差しから、筆者はてっきり、勝家が市に向けた表情なのでは…と想像していたのですが…なんとこれは前田利家(大東駿介さん)に向けられたものでした。
さて、時を遡ること3か月。舞台は天正10(1582)年の12月。織田信長次男の信雄(のぶかつ/山脇辰哉さん)を擁した羽柴秀吉(池松壮亮さん)は、清須会議のあと柴田勝家(山口馬木也さん)の領地となっていた長浜を奪還し、岐阜の織田信孝(結木滉星さん)を攻撃します。
追い詰められた信孝は、三法師を秀吉に引き渡して降伏。山崎城に戻った秀吉は、三法師を当面は自らの手元で保護すると決めますが、小一郎(仲野太賀さん)も黒田官兵衛(倉悠貴さん)も、信孝がこのままおとなしくしているとは考えていませんでした。
場面は変わり、雪降りしきる能登の七尾城。北陸路が雪に閉ざされる冬場、北の将が大規模な戦に打って出るのは容易ではありません。ドラマでは仲のよい夫婦として描かれることが多い前田利家(大東駿介さん)と妻のまつ(菅井友香さん)も、つかの間、夫婦水入らずの時間を過ごしていました。
「いっそ、この日の本(ひのもと)中に、ずっと雪が降ればいいのに」
雪が解けたら戦が始まる。「ずっと雪が降る国」、つまり「戦のない国」を願うまつの言葉に、利家ははっとしたような表情を見せます。「今の織田家に戦のない世などつくれるのだろうか…?」利家の脳裏には、そんな思いが浮かんだかもしれません。
そんなとき、利家の前に突然、姿を現したのは、秀吉でした。雪が解ければ、信雄を擁した秀吉と、信孝推しの勝家との戦いは、もはや避けられません。そして、勝家を「親父殿」と呼ぶ利家が勝家に従うであろうことは誰もが知るところ。だからこそ、秀吉は戦いを前に、重要な鍵となる利家の調略に、自ら乗り出してきたのでしょう。
「柴田殿では新しき世をつくることはできない」。だから「又左(またざ)、わしは天下人になる」
「又左」と、利家のかつての名前で呼びかける秀吉。やはり策士ですね。というのも織田家において、彼らは若いころからのライバルで、互いに対抗心を燃やしてきた間柄。さらに秀吉の養女・豪姫は利家の娘です。ふたりが長年培ってきた関係を利家に思い出させつつ、「又左、わしと共にやろう」と、勝家からの離反を、利家に真っ正面から提案してきたのです。
利家は怒って秀吉を追い返したものの、かつてのライバルは、もはや自分をはるかに超えた存在となっていたことを思い知らされます。そして同時に、「自分だって世を変えたい」という、自らの心の奥に秘めていた志に気付いてしまった…大きな大きな「揺らぎ」が生じた瞬間でした。
春を間近に控えた北庄(きたのしょう)では、勝家が家臣を集め、まもなく始まる秀吉討伐の士気を上げようと宴を開いていました。和やかに盛り上がるなか、利家と勝家とで行われた腕相撲の勝負。接戦の末、勝利した利家に、勝家は「褒美に何が欲しい」と問いかけます。
「殿…天下人になってくだされ!」
利家のこの願いに激怒した勝家は、自分は織田家を守り、三法師を天下人にすることこそが使命であると利家に告げます。利家の頭に浮かんできたのは、戦のない国を夢見るまつと、秀吉の言葉。「柴田殿では新しき世をつくることはできない」。だから「又左、わしが天下人になる」「共にやろう」……実にうまい脚本です!
史実として、「賤ヶ岳の戦い」では、利家の戦線離脱が柴田軍の敗北に影響したとされ、秀吉は利家の懐柔を図っていました。ところがドラマでは、利家と勝家の絆は盤石のものとして描かれてきたため、どういう理屈で利家が勝家を裏切る流れになるのかが、大きな注目ポイントだったのです。
天正11(1583)年3月。柴田軍と羽柴軍はついに北近江の柳ヶ瀬において対峙します。小一郎は守りの要である田上山砦に入りますが、信孝挙兵の知らせを受け、秀吉が岐阜へと急行します。これを好機と捉えた柴田は次々と秀吉側の砦を落とし、本陣を死守するよう任された小一郎たちに迫ります。柴田としては、ここで利家らが前線に加わることを期待していました…が、利家の兵は動かず。さらに驚異的な速さで引き返してきた秀吉軍の応戦も加わって、柴田軍は総崩れに。勝家の本陣に敗戦の知らせが入ります。
勝家に降伏を迫る利家と、それに抗う勝家は、降りしきる雪の中、一騎打ちに突入します。サブタイトルの「賤ヶ岳の決闘」とは、秀吉と勝家の戦いだけでなく、このふたりの戦いを意味していたのですね。かつて「槍の又左」と呼ばれた利家に、刀で応戦する勝家。激しい戦いの末、勝家の刀が利家の首をとらえます。鬼柴田の面目躍如!
「親父殿に上様の後を継いでほしかった! 親父殿と共に、新しき世をつくりとうござりました」
魂から絞り出したような利家の言葉への応えが、冒頭ご紹介した勝家の言葉であり、表情だったのですよ。
「わしは織田家家老、柴田勝家じゃ! 今さら変わることなどできん。その願いは別の者と果たせ」
「戦のない新しい世」を望む利家と、もはや変わることなどできない勝家。たぶん、勝家自身が痛いほど、わかっていたのでしょう。自分は還暦を過ぎた身。世のパワーバランスは変わり、流れは織田家とは別の方向へ行きつつあることを。そして自分には、すでにその流れに抗う力がないことを。息子のように可愛がってきた利家だからこそ、その裏切りを知ってなお、背中を押す勝家の慈愛と矜持、そして覚悟。
明智光秀といい、不器用だけれど信念に生きる人間って、どうしてこんなに愛しくて魅力的なのでしょう! 山口馬木也さん渾身の柴田勝家に、筆者も思わずもらい泣きしてしまいました…。
時代劇の華ともいえる「チャンバラ」を、これだけたっぷり見せてもらったのも久々です。映画『侍タイムスリッパー』(2024年)で主役の侍を演じ、ブレイクを果たした山口さんだけに、刀を構えたときの佇まいや殺陣の迫力はさすがのひと言。柴田勝家という武将の荒々しさと気迫を、存分に見せつけてくれました。
さて、次回はいよいよ、勝家と北庄城の別れの戦いが描かれます。最初はガチガチに固まっていた勝家の緊張も解け、今回はよい夫婦ぶりを垣間見せてくれたふたり。史実として、結婚生活は1年にも満たない短いものだったといわれています。娘・茶々に「生まれて初めて己が決めた道を進んでいる。これほどうれしいことはない」と笑顔で語った市。これはもう、号泣の予感しかありません!
【「その願いは別の者と果たせ」。柴田勝家が前田利家に託したものとは】
■「鬼柴田」と呼ばれた猛将、柴田勝家
「鬼柴田」「かかれ柴田」などの異名で知られる柴田勝家は、織田信長に仕えた宿老であり、北陸方面軍を率いた織田家切っての猛将として知られています。もともとは信長の弟・信勝に仕え、信勝の謀反に加担したものの、のちに信長に許されて仕えるようになりました。その後は信長の重臣として数々の戦で武功を重ね、越前を拠点に北陸の支配を担いました。
勇猛さが強調されがちな勝家ですが、戦だけでなく領国支配にも才を発揮した武将です。信長亡きあとは、織田家の後継者として三法師を推す立場から、秀吉と対立。「賤ヶ岳の戦い」で敗れ、北庄城へ退くことになります。
■『賤岳合戦記』に残る、前田利家との別れ
「賤ヶ岳の戦い」において秀吉に敗れ、敗走する勝家が向かった先には、戦線を離脱した前田利家の府中城がありました。後世に成立した軍記『賤岳合戦記』には、勝家が利家のもとに立ち寄り、湯漬けをふるまわれ、馬を借りて出発したあと、利家を呼び戻して言葉を交わしたという逸話が記されています。
『賤岳合戦記』に描かれた勝家は、秀吉と以前から親しかった利家に対し、今後は秀吉に従って、所領を安堵(承認)してもらうよう促したとされています。 『賤岳合戦記』は戦いをリアルタイムで記録した一次史料ではなく、この逸話そのものを史実と断定することはできません。
とはいえ、今回のドラマで描かれた「勝家が利家を責めることなく、秀吉のもとへ行くよう暗に促す」という展開とは、驚くほど共通点が多いとは思いませんか?
■「その願いは別の者と果たせ」に込められた思い
ドラマでは、この逸話をさらに大きく膨らませ、勝家と利家が雪の中で一騎打ちを繰り広げるという、視覚的にも実にドラマティックな展開を見せてくれました。そして利家が勝家のもとを離れる理由を、秀吉と共に「新しき世をつくる」という希望へとつないでいきます。
かつては信長の弟・信勝に仕えていた自分を、重用してくれた信長。その恩に報いるためにも、織田家の忠臣であり続けることは、勝家にとって決して譲れないものだったのかもしれません。だからこそ、利家の気持ちも理解できるのです!
『賤岳合戦記』に描かれた勝家も、ドラマの勝家も、最後に利家に対して示してみせたのは「自分とは違う道を歩め」という思いでした。史実かどうかは別としても、この逸話が今回のドラマでよみがえったのだとすれば、なんとも感慨深いことですね。
【次回 『豊臣兄弟!』第33回「北庄城の別れ」あらすじ】
羽柴軍の圧倒的な兵力の前に勝家(山口馬木也さん)は敗走、市(宮﨑あおいさん)の待つ北庄城に籠城する。小一郎(仲野太賀さん)は降伏を促すべきと言うが、秀吉(池松壮亮さん)は勝家が降伏するなどありえないと一刀両断。利家(大東駿介さん)に先鋒を命じる。
羽柴軍が北庄城を取り囲むなか、市は茶々(井上和)ら三姉妹を投降させ、自らは勝家と果てる覚悟を決める…。苦い戦ののち、大徳寺にこもっていた小一郎は、ひとりの茶人に出会う。
※『豊臣兄弟!』第32回「賤ヶ岳の決闘」のNHK ONE配信期間は2026年8月30日(日)午後8:44までです。
※宮崎あおいさんの【崎】は「たつさき」が正式表記です。
- TEXT :
- Precious編集部
- WRITING :
- 河西真紀
- 参考資料: 『日本国語大辞典』(小学館) /『デジタル大辞泉』(小学館) /NHK 大河ドラマ『豊臣兄弟!』公式 /『秀吉と秀長』(NHK出版新書) /『NHK大河ドラマ・ガイド 豊臣兄弟! 後編』(NHK出版) /NHK公式X 大河ドラマ『豊臣兄弟!』 /福井県立歴史博物館「過去の企画展示/「鬼柴田」勝家の実像」(https://www.pref.fukui.lg.jp/muse/Cul-Hist/kikaku/kako/2023/20230729_onishibata.html?utm_source=chatgpt.com) /福井市立郷土歴史博物館「平成18年春季特別展」(https://history-museum.city.fukui.lg.jp/tenji/tenran/katsuie.html?utm_source=chatgpt.com) /福井県史「織豊統下一の両国」(https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/fukui/07/kenshi/T1/0a1-01-02-01-05.htm?utm_source=chatgpt.com) /ウィキソース「三壺聞書/巻之五」(https://ja.wikisource.org/wiki/三壺聞書/巻之五?utm_source=chatgpt.com) :

















