【目次】
- 「冒険家の日」とは? 8月30日になった理由
- 「冒険家の日」の由来1|同志社大学遠征隊のアマゾン川ボート下り
- 「冒険家の日」の由来2|堀江謙一が小型ヨットで成し遂げた太平洋単独航海
- 世界初の五大陸最高峰登頂者・植村直己の偉業
- 「冒険」と「探検」の違いとは?|日本と世界を代表する冒険家・探検家
【「冒険家の日」とは? 8月30日になった理由】
■8月30日は「冒険家の日」
8月30日は、一般に「冒険家の日」と呼ばれています。制定した団体や制定年は明らかになっていませんが、1965年の同志社大学遠征隊によるアマゾン川源流部でのボート下りと、1989年の堀江謙一による小型ヨットでの太平洋横断が、いずれも8月30日に達成されたことにちなむとされています。
■由来はふたつの偉業から「日付の由来」
8月30日を「冒険家の日」とした理由は、この日付にふたつの偉業が重なったためといわれています。
【「冒険家の日」の由来1|同志社大学遠征隊のアマゾン川ボート下り】
■1965年8月30日、アマゾン川をボートで下る
同志社大学山岳部の南米アンデス・アマゾン遠征隊は、アンデス山脈での登山活動に続き、アマゾン川の源流部をボートで下るという大規模な遠征を敢行。1965年8月30日、源流部から約130kmにわたる川下りを成し遂げました。
■遠征の概要と目的
同志社大学南米アンデス・アマゾン遠征隊は同志社大学山岳部の現役学生およびOB(山岳会)の方々からなる精鋭チームで、「アンデス未踏峰の登頂」と「アマゾン川最源流からの完全ボート下り」という、2大目標を掲げて南米へ赴きました。
遠征隊は、まずペルー・アンデスのヴィルカバンバ山群に挑み、標高6,271mのサルカンタイ峰北東稜の初登攀を達成。さらに、サルカンタイ峰以外の3座で初登頂に成功しました。
続いて行われたのが、アマゾン川源流部からボートで下るという挑戦です。遠征隊はアンデス山脈から流れ出す源流域へ入り、約130kmにわたって川を下りました。この川下りを達成した日が、1965年8月30日です。
■どこが凄い?
標高6,000mを超えるアンデス山脈での登攀(とうはん/とはん、登山で険しい岩壁などをよじ登ること)の技術と、アマゾン川源流部でのボートによる川下りを、ひとつの遠征のなかで成し遂げたことが大きな特徴です。学生たちが主体となって達成したこの大冒険は、同志社大学山岳部の歴史に残る偉業となっただけでなく、戦後日本の高度経済成長期における「若者の海外挑戦」の象徴として大きな話題となりました。
【「冒険家の日」の由来2|堀江謙一が小型ヨットで成し遂げた太平洋単独航海 】
■1989年8月30日、世界最小のヨットで太平洋を制覇
1962年に兵庫県の西宮からサンフランシスコへ小型ヨット「マーメイド号」で渡り、日本人初の「小型ヨット単独無寄港太平洋横断」を成功させたことで世界的に有名な海洋冒険家の堀江謙一。この伝説的快挙から27年後の1989年、今度はサンフランシスコから東京へ向かうという逆ルートで太平洋を横断、無事に芝浦へ帰港しました。
■どこが凄い?
この挑戦の最大のポイントは、全長わずか2.8ⅿ(9フィート)という超小型艇だったこと。平均的な軽自動車より小さいのです。
しかも風を受ける帆だけでなく、足でペダルを漕いでプロペラを回す駆動装置を搭載したもので、艇内はなんとか横になって寝られる程度の“棺桶サイズ”。大量の食料と淡水製造機を積み込むと、人間が動けるスペースはごく僅かだったとか。この小さな足漕ぎボートで、148日間という過酷で孤独な航海を成功させたのです。
■世界最高齢での単独無寄港太平洋横断も!
1962年の太平洋横断は、当時はヨットでの出国手続制度が存在しなかったため密出国同然での挑戦でした。さらに1989年にはミニヨットで挑戦し、2022年には83歳で「世界最高齢での単独無寄港太平洋横断」を達成! 「生涯現役の挑戦者」として歴史に名を残しています。
【世界初の五大陸最高峰登頂者・植村直己の偉業】
■1970年8月26日、マッキンリー登頂
20代半ばから世界各国を巡り、単独あるいは隊員として各地の最高峰に挑み続けた植村直己さん。エベレスト登頂からわずか3か月後、標高6,190ⅿという北米最高峰のマッキンリー(現・デナリ)への単独登頂に成功しました。
この偉業が「8月30日の冒険家の日」の由来として語られることもありますが、実際の登頂日は、米国国立公園局の公式記録によると1970年8月26日です。とはいえ、日本でもっとも有名な冒険家といえば、植村直己さんの名前を挙げる方も多いのではないでしょうか。世界初の五大陸最高峰登頂を成し遂げた歴史的な偉業として、「冒険家の日」に知っておきたいエピソードです。
■高い生存能力を発揮
北極圏に近いマッキンリーは、高緯度ゆえの極寒と強風、急激な気象変化が特徴です。そのため、単独でのアタックには極めて高い技術と危険を回避する判断力が求められます。
植村さんは、ひとりで氷河を歩く際に隠れたクレバス(氷の裂け目)に落ちないよう、長さ数メートルの竹竿を腰に横向きに縛り付けて歩く工夫を考案。万が一落ちても竹竿が穴のフチに引っかかるという、超アナログですが独自の安全策で乗り切りました。
また、サポート隊の同行がない単独行では、食料や燃料などの重い荷物を自力で荷揚げしなくてはなりません。植村さんは装備や行動計画を工夫しながら、厳しい環境に対応できるよう、徹底的に荷物を軽量化したことも、単独登頂成功のカギといわれています。
■どこが凄い?
植村さんは20代半ばから、単独あるいは遠征隊の一員として、世界各地の最高峰に挑み続けました。
1966年には、ヨーロッパ最高峰のモンブラン(4,807m)と、アフリカ最高峰のキリマンジャロ(5,895m)に単独登頂。
1968年には、南米最高峰のアコンカグア(6,960m)に単独登頂しました。
1970年5月には、日本山岳会エベレスト登山隊の一員として、松浦輝夫とともに世界最高峰のエベレスト(当時の公称標高8,848m)へ日本人として初めて登頂。
そして1970年8月26日、29歳で北米最高峰マッキンリーへの単独登頂を果たし、世界で初めて五大陸の最高峰すべてに登頂した人物となったのです。
【「冒険」と「探検」の違いとは?|日本と世界を代表する冒険家・探検家】
■「冒険」と「探検」は違う?
『デジタル大辞典』によると、「冒険」は危険な状態になることを承知の上で行うことをいいます。また、成功するかどうか確かでないことを敢えて行うこと。
いっぽうの「探検」は、危険を冒して未知の地域に入り、実地に調べること。「探検」には調査という目的が含まれます。
いずれも危険をも顧みない志のある挑戦を示す言葉です。
■冒険家・探検家ってこんな人
前人未踏峰への登頂や極地探検、深海調査や、従来の限界を超える記録(最小の船での大洋横断、無補給での大陸縦断など)を目指すのが「冒険家」や「探検家」です。危険を認識しない無謀な行為とは異なり、緻密な計画、専門的な技術、自然科学や生存術の知識を備え、徹底したリスク管理によって「目的を達成し、生きて帰る」ための挑戦を行うのが冒険家であり、探検家なのです。
「冒険」や「探検」は、その挑戦によって、地理的な調査、気象や環境のデータ収集、人間の極限状態における心理・生理の研究など、得られた知見や感動を記録・発信して人々に還元するという、社会的・科学的価値のある行為なのです。
■世界的な冒険家・探検家
植村直己さんについては前章で詳しくご紹介したため、ここでは植村さんを除く、日本と世界を代表する冒険家・探検家と、その偉業を見ていきましょう。
◆三浦雄一郎さん(1932年~):1970年にエベレストのサウスコルからスキー滑降に挑戦。70歳、75歳、80歳でエベレストに登頂し、2013年には80歳223日で男性最高齢登頂記録を樹立しました。
◆堀江謙一さん (1938年~):日本人初の小型ヨットによる単独無寄港太平洋横断、世界最高齢での太平洋横断など。足漕ぎボートやソーラーボートなど、さまざまな小型艇での海洋冒険に生涯を捧げる現役のパイオニア。
◆田部井淳子さん(1939~2016年):1975年、女性として世界で初めてエベレスト登頂に成功。1992年には、女性として初めて世界七大陸の最高峰登頂を達成し、女性登山家の道を切り開きました。
◆間宮林蔵(1775~1844年):江戸時代の探検家で、間宮海峡(タタール海峡)の発見者。樺太(サハリン)が島であることを実地調査で証明し、当時の世界地図にあった「樺太半島説」を覆しました。
◆クリストファー・コロンブス(1451~1506年/イタリア):「冒険家」といってきっと誰もが名前を挙げるのがコロンブスでしょう。西回りでアジアを目指して大西洋を横断し、1492年にカリブ海の島々へ到達。その航海を契機に、ヨーロッパ諸国によるアメリカ大陸への進出が本格化しました。
◆フェルディナンド・マゼラン(1480~1521年/ポルトガル):人類初の地球一周航海を艦隊によって達成。南米大陸南端のマゼラン海峡を発見し、太平洋を横断しました。本人は航海途中のフィリピンで命を落としたものの、残された隊員たちが世界一周を完遂しました。
◆ロアール・アムンセン(1872~1928年/ノルウェー):人類初の南極点到達と、北極海を回る北西航路を初踏破。緻密な準備とイヌイットの知恵を取り入れた戦略で、ライバルのスコット隊に競り勝ちました。人類初の、地球の両極(北極・南極)に足跡を残した冒険家です。
◆ヤック=イヴ・クストー(1910~1997年/フランス):技術者エミール・ガニャンと共同でスキューバダイビングの原型「アクアラング」を開発した海洋探検家です。探検船「カリプソ号」で世界中の海を巡り、数々の海洋ドキュメンタリーを制作。未知だった深海・海洋世界を人々に知らしめました。
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地域によってはすでに新学期が始まっていますが、子ども時代の8月30日といえば終わらない宿題を抱えて焦っていた――という人も多いでしょう。8月30日が「冒険家の日」と聞いてもピンと来ないかもしれませんが、人類未踏、前代未聞の挑戦は、とってもロマンがありますよね。この機会に、冒険家のノンフィクションを読んだり、映像を見たり、冒険ものの小説を読んだりするのもおもしろそうです。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- 参考資料:『デジタル大辞泉プラス』(小学館)/『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)/『世界人名大辞典』(講談社)/『日本人名大辞典』(講談社)/『世界大百科事典』(平凡社) :

















