コルムが「ゴールデンブリッジ」のシリーズをつくり始めたのは1980年のことだ。そしてこの傑作には、公開された発明者がいた。天才時計師として鳴らすヴィンセント・カラブレーゼは、独立時計創作者アカデミー(AHCI)の創立メンバーである。私がカラブレーゼ本人に初めて声を掛けたのは、もう20年以上前のことになる。それ以降、仕事であってもなくても言葉を交わす。昨年彼が出した自叙伝(英語・仏語)も、一気に読んだ。
ありえない構造のムーブメントが実に美しい!
ブランドを象徴するモデル「ゴールデンブリッジ」
「ゴールデンブリッジ」は、20世紀を代表する腕時計のひとつである。多くの新作腕時計が生まれては消え、流行しては廃れていく中で、腕時計のミニマルアート的な存在であるこの時計の居場所は、決してなくならない。言葉だけではないシンプルの極北を占めた腕時計に、変わるものがないからだ。動力ゼンマイから歯車、バランスホイールに至るまで、ギアトレイン=輪列と専門用語で呼ばれる動力の伝達ルートが一直線にある。他にはない造形を描く腕時計ムーブメントは、そのままで時計として成立する。「ゴールデンブリッジ」は文字盤すら必要とせずに単立で完結するのである。
天才時計師ヴィンセント・カラブレーゼ氏
多くの独立時計師はかつて、有名ブランドの依頼を受けて名前を出すことなしに複雑時計の製作を請け負ってきた。カラブレーゼはそうした慣習を乗り越え、「作者」としてのステイタスを表明する先駆者だ。その出世作が「ゴールデンブリッジ」なのである。まだ無名のカラブレーゼは、ひとりでつくりあげたプロトタイプを世に出す方法を探しあぐねていた。奇想にも見える常識はずれの機構を受け入れたのは、彼が最初にそれを持ち込んだ超高級時計ブランドでも最大のムーブメントメーカーでもなく、コルムだった。
奇才と呼ばれた当時のコルム社長は、ものの価値を一瞬で見抜く人物だった。初めて会った二人は「30分後に契約を交わした」とカラブレーゼは言う。その条件のひとつが、発明者の名前を公開することだった。その約束を、今もコルムは守っている。カラブレーゼは契約金で最初の工房を開き、その後の世界的な名声を築いていく。カラブレーゼは、トゥールビヨンを手作りする名人である。さらにはトゥールビヨンと似て非なる超絶機構ワンミニット・カルーセルを完成させたことでも、知られている。複雑さを極めた超絶技巧の手練なのである。その男がシンプルの極みの腕時計「ゴールデンブリッジ」を作った。複雑を純化師すると、濃縮された緻密になる。「ゴールデン ブリッジ」は、そういう時計である。
コルムの新作時計「ゴールデンブリッジ レクタングル」
実はカラブレーゼの発明に「ゴールデンブリッジ」という秀逸な名前をつけたのは、前出のコルム社長である。橋に見立てられたそのムーブメントは、最新作「ゴールデンブリッジ レクタングル」ではローマ数字のアワーマーカーをトラスのように張り、アーチ橋のような構成を採る。風雅な見立ては、今も続いているのである。
繊細であるために、組み立てには熟練を必要とする。コルムは「ゴールデンブリッジ」の製品化のために、極めて高い工作精度を達成した。今でも「ゴールデンブリッジ」の組み立てのために、専門の2人の時計師を充てている。コルム以外につくれない。コルムしかつくらない。「ゴールデンブリッジ」は、腕時計の世界が継承する、同時代の世界的な遺産なのである。
世界的ピアニスト、ヨアキム・ホースレイ氏とコラボした記念モデル「ゴールデンブリッジ レクタングル」
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- TEXT :
- 並木浩一 時計ジャーナリスト