秋の楽しみは旅先に

夏の終わりから気温も控えめだった東京も、いつの間にか季節が進んだようです。私が憧れる文人趣味の世界では旧暦で季節の巡りを感じます。秋は立秋から立冬の前日まで。現代の暦では、今年は8月7日から11月6日までが秋です。

「味覚の秋」「文化の秋」と言われるように、秋は海や山の美味しいものが店先に並び、展覧会やコンサートなどの文化的な催しがあちらこちらで開催され、 私にとって楽しみが多い季節です。天候が安定する秋は旅に出るのにも良い季節。昔、中国の文人たちも旅に憧れていました。

朝廷に仕える官僚であった彼らが、都を離れて行楽へ行くことは一般的ではなかったかもしれません。それでも彼らに旅心がなかったわけではありません。彼らは絵画に描かれた美しい景色や、遠い場所の風景を詠んだ詩を鑑賞ながら、その中でイマジネーションの旅「臥遊(がゆう)」を楽しんだのです。想像の旅を楽しんではいても、やはり実際の体験は他には代え難いものだとも思います。

鈴木 美恵さんが撮影した篠山城址
篠山城址。豪壮な石垣の上にあった城の姿を想像してみる。

秋の城下町で発見した「雅」と「食」

10月の初め、友人と旅行する機会を得ました。しばらく前から興味を持って、想像を膨らませていた兵庫県丹波篠山市(たんばささやまし)の城下町を尋ねる旅です。丹波篠山は東日本に住む人たちには身近な場所ではないかも知れませんが、「たんばの黒豆」「たんば栗」と言えばお馴染みの姿が浮かぶのではないでしょうか。黒豆も栗も10月ごろからが収穫の時期を迎える秋の味覚です。

城下町まで最寄りの電車の駅からタクシーで向かいました。 高台にある丹波篠山の城下町は空が大きくひらけて、なにかすっきりと清々しい趣。観光客の姿も思いのほか少なくて、静かです。 歩いて回れるほどコンパクトな街の中心地は想像以上に良く城下町の姿を残していました。丹波篠山は京都、大阪、神戸からほぼ同じくらいの距離にあり、江戸時代に篠山城が築かれて以来、日本海側からの交通、商業の要衝として栄えました。篠山城址を中心とした街の区割りや、重厚な屋根を持つ商家や整然と並ぶ武家の家並みなど、往時の繁栄を伝える姿にすっかり魅了されました。

鈴木美恵さんが撮影した城下町の写真
街の一角には整然とした妻入り商家の家並みには今も街の人の生活がある。

真っ青な秋空に誘われるままに街を散策していると、 ある十字路の一角に貼られたポスターが目に入りました。街の鎮守、春日大社の秋祭りの日程を知らせるポスターです。ポスターには、豪華絢爛な鉾山が連なって巡航する写真が掲載されていました。京都の祇園祭を彷彿させるお祭りには、都の雅な王朝文化の影響があるのでしょう。そう気づくと、街に残る王朝文化の痕跡に次々と目が止まります。 香道のイベントや資料館に展示された源氏物語の美しい写本、端正な姿の青磁の焼き物、能や狂言の貴重な面や装束を納めた専門の博物館などが武家の街に融合していました。

街を歩けば、秋の味覚も目に入ります。猪鍋の看板を多く見ましたが、今回は丹波牛のすき焼きをいただきました。スライスしたてのとても大きな肉が口の中でとろけます。後に、 丹波篠山はぼたん鍋の発祥の地だと知りました。「新米」の張り紙も目立ちます。それを炊いた松茸ごはんにも惹かれます。 通りの店先には大きくて艶々した栗が網にぎっしりと詰められて存在感を放っていました。夕食をいただいたお店に「蒸し栗」というメニューがありました。ただ蒸篭で蒸しただけの栗ですが、いただくとしっとりとして、ほくほく、栗の香りがふわり。ほのかに甘い栗本来の味わいです。どれも抗い難い魅力の秋の味覚ですが、この時期の丹波篠山の主役はやはり黒豆のようです。

鈴木美恵さんが撮影した城下町と栗の写真
左/夕暮れの光に包まれる街はいっそう情緒的。右/丹羽栗を蒸篭で蒸しただけ。丹羽の栗はフランスでは超高級品と聞く。

黒豆解禁を目撃する

城下町から少し離れた場所にタクシーで向かった時のことです。運転手さんが「明日が解禁ですね」と言います。「何がですか?」と聞くと、「黒豆を買いに来たんじゃないんですか?」と問い返されました。伺うと、丹波篠山では黒豆は、市場で販売できるようになる日が決められていて、その日から一斉に収穫したての枝付きの黒豆が街に出回ります。それを求めて近隣から多くの人がこの街を訪れるのだそうです。

私たちは、黒豆と言えば干して硬くなった豆か、それを甘く煮たお正月にいただく黒豆か、としか認識していませんでしたが、良く考えれば黒豆は大豆の一種です。旬の時期には枝豆としても取引されるのです。運転手さんが「明日から車が渋滞して大変ですよ」とぼやきます。

鈴木美恵さんが撮影した黒豆畑
黒豆の畑が広がる。旬の初めの黒豆はまだ 青みが強く、最盛期に向かって次第に黒くなっていく。

翌日は東京へ帰る日です。昨日のタクシーの運転手さんの言ったことは半信半疑でしたが、帰りの電車に遅れないように少し早めに宿を出ることにしました。 予約したタクシーに乗る前にお土産の栗饅頭を買いに、 街の中心で見つけた老舗と言えそうな和菓子店へ向かいました。街のメインストリートに出ると、昨日までは想像できなかった賑わいと活気がありました。

駅の方からこちらへ向かって何台もの車が列を成してのろのろと進んで来ます。そのほとんどが近隣府県のナンバープレートをつけています。列には観光バスの姿まであります。通りの両側に並ぶ商店には枝豆の束が積まれているのが見えました。 それを子供や犬を連れた訪問客たちが通りすぎる車を気にしながら物色しています。一軒の八百屋では地元テレビ局のカメラが人々が黒豆を買う様子を撮影していました。

和菓子店にも人が並んでいました。こちらは栗のお菓子が目当てのようです。私も急いで栗饅頭と栗羊羹だけを買って、帰りのタクシーに乗りました。幸い、駅への道は空いていて、予定の電車に乗ることができました。

鈴木美恵さんが撮影した栗饅頭
栗饅頭は素朴な味わい。台湾の緑茶と一緒に。

黒豆狂想曲に巻き込まれずにゆっくりと城下町を見て回ることができたことは幸運でした。おかげで、城下町の佇まいの美しさとはもちろんのこと、この街と暮らしを形作った歴史と文化の豊かさを知ることができました。
一方で、年に一度の黒豆解禁の日に偶然にも遭遇したことは貴重なことだったとも思います。 黒豆に対する人々の並々ならぬ熱情も東京では知ることがなかった秋韻だと気がつきました。自宅に戻った翌日、丹波篠山の景色を思い出しながら栗饅頭をいただきました。秋の楽しみが詰まった旅でした。

鈴木 美恵さん
文人趣味愛好家、文筆家
(すずき みえ)「文人趣味」は王朝時代中国の知識人、文人たちが育んだ知的で優雅なライフスタイル。高級ウォッチ&ジュエリー業界において、有数のハイエンドブランドのPRマネージャーとして、ブランドが創り出すお伽話のような世界で長い年月を過ごす一方で、「文人趣味」の世界に惹かれてきた。自然と芸術を身近に置き、素朴で自由な精神性で生きる文人たちに憧れる。お伽の国を去った現在は、文人生活に不可欠な中国茶を中心にして、現代日本で文人趣味の真似事をして楽しむ。
この記事の執筆者
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文・写真 :
鈴木美恵