1971年に初めてアニメ化された「ルパン三世」は、視聴者の支持を得ることができなかった。評価が高まったのは、のちの再放送でのこと。その点においては、「宇宙戦艦ヤマト」や「機動戦士ガンダム」にも似ている。泥棒が主役という特異な作品のなかで、今もアイコニックな存在であり続けるのが、ルパンの乗るクルマだ。原作漫画の雰囲気を漂わせつつ、独自の世界観を見せた初期アニメシリーズを中心に、印象を残した名車の魅力を解説する。

暇つぶしに犯行を計画する「貴族」を描いたアニメ第1作

「スーパー・スポーツ・ショート」を意味するSSKは、7リッターのスーパーチャージャー付き6気筒エンジンを積み、最高速度は公称200km。スーパーチャージャーが作動したときのサウンドは、「ワルキューレの雄叫び」と呼ばれた。©Daimler AG
「スーパー・スポーツ・ショート」を意味するSSKは、7リッターのスーパーチャージャー付き6気筒エンジンを積み、最高速度は公称200km。スーパーチャージャーが作動したときのサウンドは、「ワルキューレの雄叫び」と呼ばれた。©Daimler AG
SSKは1928〜32年にかけて生産され、その数は40台に満たない。アニメの設定ではエンジンをフェラーリ製V12に換装したことになっているが、果たしてエンジンルームに収まるのだろうか!?©Daimler AG
SSKは1928〜32年にかけて生産され、その数は40台に満たない。アニメの設定ではエンジンをフェラーリ製V12に換装したことになっているが、果たしてエンジンルームに収まるのだろうか!?©Daimler AG

 今期、最新アニメシリーズが放映中の「ルパン三世」。今や国民的キャラクターと言えるほどの知名度を誇るが、初めてアニメ化された当時は視聴率が振るわず、打ち切りの憂き目に遭った。だが、大人になった我々が心から楽しめるのは、間違いなく第1シリーズの、それも前半のエピソードだ。

 超絶的な頭脳を駆使して莫大な資産を蓄え、退廃的な日々を送りながら、暇つぶしの一環として大胆な盗みを働くルパンは、まるで貴族。そして本心を巧みに隠して悪女ぶりを発揮する峰不二子は、フランス映画のミステリアスなヒロインをほうふつとさせる。

 彼らを中心に巻き起こる、エロティックでスリリングな物語は、必要最低限のセリフで構成され、大人のハードボイルドとして観る者の想像力を掻き立てる。これに「スキャットの女王」と称された歌手、伊集加代子の郷愁を誘う歌声や、耳に残るソウルフルなチャーリー・コーセイのシャウトが加わり、無国籍でブルージーな世界が形づくられていた。

国際A級ライセンスを持つルパンの愛車

現在に続くルパンのアイコンが、このフィアット・500。作画監督の大塚康生が所有していたことから、採用されたという。劇場映画第2作「ルパン三世 カリオストロの城」では、ボディ後方に積むエンジンをスーパーチャージャーで強化した結果、アバルト仕様のようにエンジンフードが開いた状態で走る。©FCA
現在に続くルパンのアイコンが、このフィアット・500。作画監督の大塚康生が所有していたことから、採用されたという。劇場映画第2作「ルパン三世 カリオストロの城」では、ボディ後方に積むエンジンをスーパーチャージャーで強化した結果、アバルト仕様のようにエンジンフードが開いた状態で走る。©FCA
アニメ第2シリーズでルパンが乗っていた、アルファロメオ・グランスポルト・クアトロルオーテ。メルセデス・ベンツ SSKと同時期につくられていた6C1750グランスポルト(写真のモデルはこちら)の復刻版として、1965〜67年に100台弱がつくられた。©FCA
アニメ第2シリーズでルパンが乗っていた、アルファロメオ・グランスポルト・クアトロルオーテ。メルセデス・ベンツ SSKと同時期につくられていた6C1750グランスポルト(写真のモデルはこちら)の復刻版として、1965〜67年に100台弱がつくられた。©FCA

 子供向けアニメの枠を優にはみ出していた初期ルパンを象徴する小道具が、クルマだった。国際A級ライセンスを所有し、F1グランプリにスポット参戦するほどの腕前を誇るルパンの愛車は、メルセデス・ベンツ SSK。フェルディナンド・ポルシェが設計した戦前の高性能2座スポーツカーを、ルパンはフェラーリのV12エンジンに換装して乗り回す。最新のラグジュアリー・スポーツカーではなく、敢えてクラシカルでプリミティブな「マシン」を普段使いするところが、いかにも貴族的だ。

 ふるわぬ視聴率を改善するために、コミカルで明快なエピソードが増えた第1シリーズの後半からは、最新シリーズにも登場するフィアット・500に乗る。愛らしいスタイリングは子供にわかりやすいうえ、作画が楽という理由もあった。ほかに第1シリーズで印象的だったクルマに(ルパンが運転していないものも含む)、フェラーリ・312B(第1話「ルパンは燃えているか…?!」)、メッサーシュミット・KR200(第2話「魔術師と呼ばれた男」)、ジャガー・Eタイプ(第4話「脱獄のチャンスは一度」)、ルノー・4CV(第6話「雨の午後はヤバいぜ」)、トライアンフ・TR4(第9話「殺し屋はブルースを歌う」)、ジャガー・マークII(同・前)などがある。

クルマと女を本気で描いたから面白い!

第1話で、犯罪組織スコーピオンが主催した偽のF1グランプリに、ルパンはフェラーリ・312Bで参戦する。180度V12エンジンを積むこのマシンは、現実のF1において、改良型を含めて1970〜75年にかけて参戦。合計10回の優勝を果たした。©Ferrari S.p.A
第1話で、犯罪組織スコーピオンが主催した偽のF1グランプリに、ルパンはフェラーリ・312Bで参戦する。180度V12エンジンを積むこのマシンは、現実のF1において、改良型を含めて1970〜75年にかけて参戦。合計10回の優勝を果たした。©Ferrari S.p.A
第4話「脱獄のチャンスは一度」に、ジャガーの美しいスポーツカー、Eタイプ・ロードスターも登場する。逮捕され、死刑宣告を受けたルパンが収監されている刑務所に、説法のために通う和尚が乗っている。このように、クルマをリアルに描き分けたという点で、アニメ第1シリーズは画期的な作品だった。©JAGUAR LAND ROVER LIMITED
第4話「脱獄のチャンスは一度」に、ジャガーの美しいスポーツカー、Eタイプ・ロードスターも登場する。逮捕され、死刑宣告を受けたルパンが収監されている刑務所に、説法のために通う和尚が乗っている。このように、クルマをリアルに描き分けたという点で、アニメ第1シリーズは画期的な作品だった。©JAGUAR LAND ROVER LIMITED

 再放送を見ていた当時小学生低学年の筆者に、これらのクルマがどんなものなのかはわかる由もなかったが、大人はかくも渋く品格のあるクルマを愛するものなのだという認識はあったように思う。それよりも、個人的には敵に捕まりブラウスのボタンを外された不二子が、くすぐりマシン(!?)の責め苦を受けるシーンや、同じく捕まった不二子が下着姿で吊るされるシーンのほうが心に残っているという事実!

 クルマと女…。初期ルパンは、大人の世界を本気で見せる作品だったのだ。

この記事の執筆者
男性情報誌の編集を経て、フリーランスに。心を揺さぶる名車の本質に迫るべく、日夜さまざまなクルマを見て、触っている。映画に登場した車種 にも詳しい。自動車文化を育てた、カーガイたちに憧れ、自らも洒脱に乗りこなせる男になりたいと願う。