【目次】

【第42回のあらすじ】

九州の島津氏を降伏させ、天下統一へとまた一歩近づいた豊臣秀吉(池松壮亮さん)。1587(天正15)年には京都に壮麗な聚楽第が完成し、関白としての権勢もますます強固なものになっていきます。

弟・秀長(仲野太賀さん)も徳川家康(松下洸平さん)と共に権大納言に昇進。順風満帆に見えた豊臣家ですが、なにやら不穏な空気が漂い始めました…二人三脚で歩んできた兄弟の間に、思わぬ「ほころび」が見えてきたのです。

今回のキーパーソンは、秀吉の甥・秀次(山田涼介さん)でした。

(C)NHK
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聚楽第の完成を祝い、諸大名を集めて盛大な茶会を開いてはどうか。秀次は、関白の威信を示し、大名たちの忠誠心を試す機会にもなると秀吉に提案します。しかし秀長は、天下がまだ安定しておらず、諸大名の不満を高めかねないと異を唱えます。

なにしろ、お派手なことが大好きな秀吉のこと。大喜びで秀次の案を採用し、さらに大規模な茶会へと発展させてしまいます。これが1587(天正15)年10月1日、京都の北野天満宮で開催された「北野大茶湯(きたのおおちゃのゆ)」です。身分を問わず参加でき、運がよければ関白自ら点てた茶を味わえるというのですから、当時の人々もさぞや驚いたことでしょう。

開催を知らせる高札には、茶がなければ「こがし」(炒った穀物の粉を湯で溶いた飲み物)でもよいと記されていました。一方、茶の湯をたしなむにもかかわらず参加しない者には、今後茶の湯を禁じるという厳しい一文も。開放的な催しの裏に、天下人の絶大な権力が垣間見えます。

果たして茶会は大盛況。秀吉にとって、自らの権勢を天下に知らしめる絶好の機会となったのですが…会場に秀吉の命を狙う刺客が潜入。当時は宣教師の国外退去を命じる伴天連(ばてれん)追放令が出されたばかり。秀吉に反感を抱く者もいたのですね。

さらに九州では、肥後を与えられた佐々成政(白洲迅さん)の強引な検地に反発し、国衆たちが蜂起。大規模な一揆に発展していました。結局、10日間の予定だった北野大茶湯は、わずか1日で中止に。ドラマでは肥後の一揆への対応が理由として描かれ、秀長の懸念が現実となるかたちとなりました。

実は、小牧・長久手の戦い(1584年)以来、秀長は秀次の指導者としての資質に疑問を抱いていました。その思いを、秀次も敏感に感じ取っています。秀長が亡き妻・直(白石聖さん)と縁のあった少年・鍋丸(福田龍世さん)を養子に迎えようとした際にも、秀次は出自のわからない子を豊臣一族に加えることに反対します。

ちなみに史実では、秀長が養子に迎えた鍋丸は、秀次の異母弟、つまり秀長の義甥にあたります。また、秀長は秀次を引き立て、秀次も病に倒れた秀長の快復を祈願するなど、ふたりの関係は良好だったと考えられています。それだけに、秀次を兄弟の「ほころび」を際立たせる人物として描いた脚色が興味深いですね。

そんな豊臣家の変化を敏感に察していたのが、相変わらずクセ強なキャラが魅力の千利休(吉岡秀隆さん)。

(C)NHK
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利休は、天下人になるという共通の夢をかなえた今、兄弟は互いの知らなかった一面を見るようになるかもしれない、と語ります。

さらに、久しぶりに登場した元将軍・足利義昭、改め昌山(尾上右近さん)も秀長に警告します。かつて権力を手にした自分は我欲にとらわれ、判断を誤ってしまったと。忠義を尽くした明智光秀(要潤さん)を救えなかったことを悔やみ、秀長に語りかけます。

「決して関白殿下から離れてはならない。兄を諫(いさ)め、助けられるのはお主だけだ。わしらのようになるでないぞ」

利休が指摘したのは、共通の目標を達成した兄弟の関係の変化。一方、義昭が警告したのは、権力が本人だけでなく周囲の人々まで変えてしまう怖さでした。立場の異なるふたりが、豊臣家の行く末に同じ危機を感じ取っていたのですね。

その警告は、ほどなく現実味を帯びてきます。肥後の一揆を招いた佐々成政の処遇を巡り、またも秀長と秀次が対立。秀吉は含みをもたせた秀次の進言に傾き、ついに成政の切腹を命じたのです。

北野大茶湯は、秀吉の権勢を天下に示す華やかな催しであると同時に、豊臣兄弟の関係の変化を浮かび上がらせる舞台でもありました。ふたりが目指すのは、身分の隔たりのない安寧の世。しかし、何を優先すべきか、その考えは少しずつ食い違い始めています。

そして、その違いを際立たせるのが、次世代を担う秀次の存在です。 山田涼介さんの端正な容姿が、その不可解な言動をいっそう不気味に感じさせます。 華やかな茶会の余韻よりも、兄弟の間に生まれた小さな「ほころび」が心に残る第42回でした。


【「長生不老」の願いもむなしく…幻の城「聚楽第」】

■「聚楽第」は豪華な邸宅? 実は本格的な「城」だった!

1587(天正15)年、豊臣秀吉が京都に完成させた「聚楽第(じゅらくてい)」。「第」とは、立派な屋敷や邸宅を意味する言葉ですが、実際のところ聚楽第は、堀や石垣を備えた本格的な城郭だったのです。

「聚楽」という名前にも、興味深い由来があります。秀吉の側近・大村由己が記した『聚楽行幸記』には、「長生不老の楽しみを聚(あつ)める」という趣旨の一節があり、これが名称の由来の一説とされています。地位も権力も手に入れた天下人・秀吉の次の願いは、「不老」だったのでしょうか。

場所は現在の京都市上京区。平安京の大内裏、つまり天皇の宮殿や役所が置かれていた場所に築かれ、秀吉の住まいであると同時に、政治の拠点ともなりました。その壮大さを物語るのが、発掘調査の成果です。2012(平成24)年には、長さ約32m、高さ最大約2.3mの石垣が発見されました。これは1辺70cmから1mほどもある大きな自然石を積み上げたもの。重機などなかった時代に、これほど巨大な石を運び、石垣としたのですから、天下人・秀吉の権力の大きさがうかがえますね。

聚楽第内には、秀長や秀次の屋敷も設けられました。周囲には諸大名の屋敷を集め、京都の街路や寺院の配置も改めました。1588(天正16)年には後陽成天皇を聚楽第に迎え、諸大名に秀吉への忠誠を誓わせています。金色に輝く瓦から天皇の行幸まで、聚楽第は豊臣政権の威光を天下に示す、パフォーマンスの舞台だったのです。

ただし、聚楽第の全貌はいまだ明らかになっていません。天守の有無も含め、その姿には謎が残されています。

■金箔瓦はリサイクル品? 信長と秀吉の意外な違い

1991(平成3)年の調査では、東側の堀跡から大量の金箔瓦が出土しました。興味深いのは、その一部がリサイクル品だったと考えられていること。聚楽第以前の城郭と同じ文様の瓦や、欠けた状態で金箔を施されたとみられる瓦が見つかっているのです。廃城となった城から瓦を集め、金箔で飾り直して再利用した可能性が指摘されています。

しかも、金箔の使い方にも、織田信長と秀吉では違いがありました。信長の時代には、瓦のくぼんだ面に金箔を施していましたが、秀吉の時代になると、文様の盛り上がった部分に金箔を施すようになりました。

実は金箔瓦の使用自体も、信長は一族の城に限っていたのに対し、秀吉は家臣の地位や功績に応じて認めていたと考えられています。こうした金箔瓦は、城の豪華さを演出すると同時に、持ち主の権威を示す役割も果たしていたのでしょう。

■わずか8年で消えた聚楽第。御殿はどこへ?

これほど壮麗な聚楽第ですが、その歴史は驚くほど短いものでした。

1591(天正19)年、秀吉は関白の座と聚楽第を甥の秀次に譲ります。しかし1595(文禄4)年、秀次が失脚すると、秀吉は聚楽第の破却(壊すこと)を命じました。1587(天正15)年の完成から、わずか8年。秀吉は自らの命令でこの壮麗な城を壊してしまったのです。

とはいえ、聚楽第の建物は、すべてが壊されてしまったわけではありません。破却の際、御殿などの一部が伏見城へ移されたことが、当時の文書からわかっています。また、京都の西本願寺にある飛雲閣や、大徳寺の唐門にも、聚楽第から移築されたという伝承があります。ただし、いずれも聚楽第の建物だったと確定できる証拠はありません。

「長生不老の楽しみ」を願って名付けられたとされる聚楽第。しかし、その命は儚いものでした。天下人が築いた城にも、永遠の栄華は約束されていなかったのですね。


【次回『豊臣兄弟!』第43回「殿下の刀狩り」のあらすじ】

国衆に一揆をたきつけた罪で、成政(白洲迅さん)に切腹を命じた秀吉(池松壮亮さん)。二度と同じことが起きないようにと、全国に刀狩令を発する。秀長(仲野太賀さん)が領民に、秀吉が建立する大仏の資材として戦道具の提供を促す一方、秀次(山田涼介さん)は力ずくで召し上げようとする。

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そんななか、大名のなかには秀吉の政策に不満をもつ者がいると知った秀長は、大和郡山城に家康(松下洸平さん)ら諸大名を招き、本音を聞き出そうと考える。

※『豊臣兄弟!』第42回「北野大茶湯」のNHK ONE配信期間は2026年11月8日(日)午後8:44までです。

この記事の執筆者
美しいものこそ贅沢。新しい時代のラグジュアリー・ファッションマガジン『Precious』の編集部アカウントです。雑誌制作の過程で見つけた美しいもの、楽しいことをご紹介します。
WRITING :
河西真紀
参考資料: 参考資料:『日本国語大辞典』(小学館)/『日本大百科全書』(小学館)/『デジタル大辞泉』(小学館)/『NHK大河ドラマ・ガイド 豊臣兄弟! 完結編』(NHK出版)/NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』公式X/駿河台大学「黒田教授の『豊臣兄弟!ワンポイント解説』」(https://www.surugadai.ac.jp/toyotomi/)/『豊臣兄弟!完全読本』(産経新聞出版)/『秀吉と秀長』(NHK出版)/『羽柴秀長の生涯』(平凡社)/『秀吉政権を支えた天下の柱石 図説 豊臣秀長』(戎光祥出版)/京都府教育委員会文化財保護課(https://www.kyoto-be.ne.jp/bunkazai/cms/) :