精緻に描き込まれた背景に映えるように、厳選された線で描かれる人物。それを鮮やかな色で彩るわたせせいぞう氏の世界。氏のタッチはどのようにして生まれたのだろうか。

師匠がいなかったからこそ画風が確立できた

©SEIZO WATASE/APPLE FARM INC.

『ハートカクテル』を描き始めたのは1983年。その少し前から当時の若者が憧れていたウエスト・コーストを舞台にしたイラスト作品が流行っていたんですね。大滝詠一さんのレコードジャケットを手がけられていた永井博さんとか、山下達郎さんのアルバムジャケットを描いていた鈴木英人さんとか。そこに自分のコミックの主人公を入れたらどうなるんだろう、って描き始めました。漫画家になるにはアシスタントをして、先生の薫陶を受けて独立するのが一般的でしょう。そうすると師匠の影響は少なからず作品に出てきます。僕は師匠がいなかったので好き勝手にさせてもらって、それがとてもラッキーだったし、他にないものになったんじゃないのかな。

1コマ1コマがすべて1枚のイラストのように完成された漫画は、登場人物の心の機微を丁寧に描いていく。それは80年代当時の漫画にはなかったスタイルを発明したとも言える。

©わたせ せいぞう/講談社

『ハートカクテル』は編集者が一切口出ししなかったんですね。ストーリーが練られた劇画風の作品なら、当時の『モーニング』(講談社刊)編集部も対応できたと思うんですよ。ところが全く異質のものに関しては、どう言っていいのかわからなかっただろうし、僕は勝手にやっているし。当時まだ僕は会社員でしたので、編集部としては「打ち切りにしても、サラリーマンだから大丈夫だろう」って考えもあったんじゃないですか(笑)。だから自由にやらせてくれたんだと思うんですね。

80年代、『ハートカクテル』を好んでくれたのは気持ちに余裕がある人

80年代をリアルタイムで知らなくとも、熱に浮かされたように熱狂する人たちの映像は見たことがある。『ハートカクテル』を好んで読む人がいた時代とは、わたせ氏にとってどんなものだったのだろうか。

80年代はみんな無謀で、分不相応な夢を持っていた時代。みんなの消費意欲もすごくて、貯金はしなかったんじゃないかな。明日はもっともらえるから、夢を買うために働こうって感じでした。とっても楽しそうでね。会社員の頃、通勤中に僕が連載していた週刊誌を持っている人がいました。僕のページで止まってじっくり読んでくれる人もいれば、ぱっと飛ばしちゃう人もいました。少し余裕のある人は『ハートカクテル』の世界をいいなと思ってくれていたんでしょう。

©わたせ せいぞう/講談社

80年代といえば恋愛をテーマにしたトレンディドラマ全盛の時代。わたせ氏の作品に恋愛を柱にしたものが多いのも、時代の影響はあったのだろうか。

恋愛していると心豊かになるし、感情が敏感になるというかね、楽しくなるでしょう。恋愛はみんなにしてほしいと思うんですよ。でも今はすぐセクハラだって言われるでしょ。僕たちの時代は、1回は断られるのが常識で2度3度アプローチするのです。失恋しても、それが勲章というか、いい傷というか。今はダメージが大きく、非常に恋愛しにくい世の中。若い男性は非常にかわいそうだと思うのですが、やっぱり恋愛してほしいな。

©わたせ せいぞう/講談社

恋愛に消極的になった人間が増えたと感じる理由をわたせ氏はこう考える。

偏差値教育の弊害だと思いますね。僕の頃はセンター試験がなかったので、無謀でも東大が受験できたんです。その感覚で恋愛も無理ってことはなかったんですね。でも偏差値で学校が決まると、就職先も決まるでしょう。範囲も狭まるし、相手も決まってくる。だから「あなたはこのくらいだから受験しちゃいけませんよ」っていうのは、なんか変だと思いますね。

インターネットで注目を集めても、編集者に認められなければ世に出られない

80年代との違いといえば、インターネットの普及が挙げられる。コミュニケーションツールも発達し、電話を受けることさえ避ける人もいる。

そういうのが閉塞状況を産んで、恋愛もしなくなっていくんでしょうね。恋愛はもろに相手がいることですからね。ネットで出会っても、最終的にはフェイストゥーフェイスですから。

今やインターネットで発表した作品が注目を集め、デビューする作家もいるが、それに関してはどう考えているのだろうか。

インターネットで作品を発表する方法も、いいと思いますよ。絵がさらされて平等に評価されるじゃないですか。でも作家として独り立ちしていくには、編集者とかに会って話す必要がありますよね。そこで編集者のアンテナに引っかかるかどうか、じゃないですか。そのクリエイターを起用したいかどうかは、編集者がその人を好ましく思うかどうか。僕が編集者の立場だったら人間性のいい人にお願いします。だから漫画やイラストに関してもそうだと思いますよ。絵だけ描いていても、営業がいないと成り立たない。教えている絵の学校でよく「営業しろ」って言いますね。どんなにすごいものを描いていても、認めてくれる人がいないと世に出ていかないでしょ。

わたせ氏に話をうかがっているとクリエイターであると同時に、ビジネスマンの面が時折表れる。その性質は作家になる前の会社員経験が色濃く影響しているという。次回は会社員時代から独立するまでを振り返ってもらう。

ワンダーカクテルの本編はこちらから!

この記事の執筆者
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EDIT&WRITING :
津島千佳