『ワンダーカクテル』でもファッションをモチーフとした話があるが、わたせ氏の作品には洋服が印象的に描かれていることが多い。確たる知識に裏打ちされたビスポークから当時の風俗を反映したものまで、洋服が好きなことが伝わってくる。

服好きはおしゃれな父親からのDNA

父親がとてもおしゃれな人だったので、洋服好きはDNAでしょう。父は『MEN'S Precious』に出てくるような正統派のスーツが似合う人でした。僕が高校の頃、父がムートンのランチコートを着ていて「素敵だな」と思っていたら創生期の『VAN』だったんですね。父が着ると本当にさまになっていました。帽子もよくかぶっていたし、おしゃれでした。

父親から服好きの血を受け継いだわたせ氏は、どのような洋服に袖を通してきたのだろうか。

最初は『セルッティ』ですね。映画『プリティ・ウーマン』でリチャード・ギアが着ていたブランド。当時は青山のフロム・ファーストビルに入っていたけれど、そこで懇意にしていた人が『アルマーニ』で働くようになったんですね。でも当時の『アルマーニ』はイタリアンマフィアが着るイメージで(笑)。でもその中から僕に似合うものをチョイスしてくれて、着てみるといいんですよ、だからその店員さんが辞めた後も『アルマーニ』には通いましたね。今でカジュアルだと六本木の『エストネーション』に行きますね。僕にいろいろ提案してくれるスタッフがいて、いろいろ相談しながら選びます。

気に入ったら一つのブランドに通うタイプ。その理由は洋服そのものだけでなく、対応してくれる店の店員との相性も重視しているという。

自分にないようなものを発見してくれる人。自分では似合わないと思っていても、勧めてくれるような人。そういう店員を見つけたら、ずっとついていきます。そういう人とコミュニケーションしながら買い物します。カジュアルな洋服に関しては若いセンスで選んでくれる人がいるので、おまかせしていますが。

わたせ氏の漫画にリアリティを感じることの一つに、キャラクターが流行の服を着ていることがあるだろう。流行の服を着せるのは理由がある。

カタログで大きく扱われる、とんがった服って時代がわかっちゃうんですよね。そういうのを買って失敗もしたし(笑)。ファッション誌やカタログを見て「こういう服、着たいな」って思ったら、買う前に作品の主人公に着せます。そういう楽しみ方もあるんですね。着せたら消化しちゃいますね。最近の若い人はみんなおしゃれなので、どういうのを着ているのかは観察しますし、作品にも反映しています。

©わたせ せいぞう/講談社
©わたせ せいぞう/講談社

歴史があり、気力を感じるヨーロッパに惹かれる

わたせ作品には海外を舞台にしたものも多い。わたせ氏自身、思い出に残っている国はどこだろうか。

会社員時代、成績がよかったご褒美にロスに連れて行ってもらったことがありました。ウエスト・コーストのイラストレーションが流行っている時代にね。部下がもう喜んで。当時は現地の情報が『POPEYE』(マガジンハウス刊)しかなかった時代で。そこの小さな囲み記事でハリウッドに『ポロ・ラルフローレン』があってポロシャツがいい、と紹介していたんですね。それでお店に行ったら、ものすごくホスピタリティに溢れた接客をしてくれたんですよ。僕に似合うポロシャツを一生懸命探してくれてね。そこで買ったマルチボーダーのポロシャツは宝物のようにずっと持っていましたね。ただアメリカは、歴史のない街でしょ。そうなると好きなのはヨーロッパでしょうね。

紀元前の建物も残っているほど、古くからの文化遺産が数多く残るヨーロッパ。そういう土地に行くと、気力を感じるという。

ヨーロッパは各地で戦争があったからこそ平和に向かっての絵を描いていただろうし、歌を歌っていただろうし。そういう土地には絵があり、歌があり、小説がある。文化があるんですよ。フランスに行ったらいろんな画家がいた南仏まで車を借りてずっと回って。特に好きなのがバルセロナ。いろんな画家がいましたでしょ。ダリにピカソ、ガウディ、ミロ。みんなが絵筆で闘った土地に行くとすごくインスパイアされます。イタリアなんかもそうですよね。ダ・ヴィンチの時代から遺産を受け継いでいるし、オペラの発祥の地だし、プッチーニの音楽祭も毎年しているし。人間が涙し、血を見てきた歴史の積み重ねが作る空気があるんですね。そういう街に行くとワクワクします。そういえば、イタリアは『六本木男声合唱団』でも行きました。

『六本木男声合唱団』で懇意しているのは、あの作家のご主人

作曲家の三枝成彰氏が団長を務め、名誉団長に故・羽田 孜元首相をはじめ国会議員や大企業社長など地位のあるメンバーが名前を連ねる『六本木男声合唱団』。わたせ氏も所属している。

今は入団試験と中間テストがあって、入団するのも厳しくなってきているんですけれど、三枝さんとは以前からいろいろとお仕事でご一緒していて「わたせさんは、もう『六本木男声合唱団』に入っているよ」って15年くらい前に言われて、それからですね。入団当初は声だけ出ればいいってことで舞台だけ上がっていたのですが、だんだんレベルが高くなってきて、一時期団員が250名くらいの大所帯になりましたね。舞台に立つ時はみんなコシノジュンコさんのスーツで揃えて、台に乗って身長も揃えてね。だからかっこいいですよ。

『六本木男声合唱団』は海外公演も多く、華々しい舞台に立ち、著名バンドとの共演も果たしている。

政財界の偉い方がいるので、いろんなルートがあるんですよ。最初の海外公演がウィーンにある『ウィーン楽友協会』っていうニューイヤー・コンサートをしている素晴らしいホールでした。キューバで『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の方と一緒にコンサートしたり。僕は行かなかったけれど、つい最近もマンハッタンの『カーネギー・ホール』で歌ったんですよ。『六本木男声合唱団』ではみなさん素敵な思い出作りをしています。今はもう僕には追いつけないほど、みなさんの合唱は素晴らしいです。

手厳しい妹が唯一褒めてくれたのが『ハートカクテル』

『六本木男声合唱団』では、プライベートでも仲良くしている友人に出会ったという。

時々紅一点でステージに出られる林真理子さんのご主人も『六本木男声合唱団』に参加していたんですよ。ご主人は素敵な方です。飲み仲間で、旅仲間で、もう一人の友人と3人で香港に行ったり。3人の中でご主人は一番年下で、なにかといじられながらも楽しそうですね。旅は年に2回くらいのペースで行っています。真理子さんに会うと「早く次の旅に誘ってよ」と言われていますけど(笑)。

この夏、楽しみにしているのは毎夏恒例のモルディブへの家族旅行。この時はロンドンにいる娘さん、東京にいる息子さんも一緒に家族団らんができるという。

モルディブ旅行は子ども2人が旅程を組んでくれて、休暇という意味では本当に休暇になりますね。以前はハワイにも行っていたけど、ハワイは買い物したり、食事でも予約したりとか、することがいっぱいあるでしょう。モルディブだったらコテージだけ与えられて、その島ですごすだけなので本当に休養できる。海が好きでオリジナルカレンダーの7月、8月は必ず海の絵にしていて、その取材も兼ねています。

ずっとマネジメントをしていた妹さんのサポートで生まれたオリジナルカレンダーはわたせ氏にとって思い入れのある作品。

今年はオリジナルカレンダーが誕生30周年ですし、『ハートカクテル』生誕35周年。『ハートカクテル』からいろいろと派生していったので、やっぱり思い出深い作品ですよね。

2018年オリジナルカレンダーの表紙になったイラスト。©SEIZO WATASE/APPLE FARM INC.
2018年オリジナルカレンダーの表紙になったイラスト。©SEIZO WATASE/APPLE FARM INC.

『ハートカクテル』は、昨年亡くなった妹さんが唯一褒めてくれた作品でもある。

妹は手厳しかったけれど、一度だけ褒めてくれました。『ハートカクテル』に関して「どうしてあんな作品が描けるの?」って。彼女なりに褒めてくれました。だから僕に対して厳しい人の方がいいですよ。編集者でも普段から「よかった、よかった」って言わない人が、たまに「よかった」って言ってくれる方が信用できるし、指摘してくれる人の方がいい。闘う人がいいですね。人間、闘うべきだと思いますね。

ワンダーカクテルの本編はこちらから!

この記事の執筆者
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
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