この夏ブロードウェイで幕を開けたのは、順に、『ヘッド・オーヴァー・ヒールズ』(Head Over Heels)、『ゲッティン・ザ・バンド・バック・トゥゲザー』(Gettin' the Band Back Together)、『プリティ・ウーマン』(Pretty Woman:The Musical)の3本。いずれも悪くない仕上がりで楽しめるが、ことに『プリティ・ウーマン』は出来がいい。

万人に愛されたロマンティック映画『プリティ・ウーマン』がミュージカル化した

『プリティ・ウーマン』上演中のネダーランダー劇場
『プリティ・ウーマン』上演中のネダーランダー劇場

 例の大ヒット映画の舞台ミュージカル化だが、映画で使われたロイ・オービソンの「Oh, Pretty Woman」は登場せず、楽曲はブライアン・アダムスが盟友ジム・ヴァランスと共に書き下ろしていて新鮮。演出・振付は『キンキー・ブーツ』(Kinky Boots)のジェリー・ミッチェル。トニー賞の振付賞を2度獲っている人だけに、ダンス・ナンバーも豊富で楽しい。

1990年公開の映画『プリティ・ウーマン』より。娼婦から淑女まで幅広い演技で注目を集めたジュリア・ロバーツの演技にどれほどの男性が魅了されたことだろうか。写真:Getty Images

 が、そうしたこと以上にグッと来る、舞台ミュージカルならではの場面が第2幕に用意されている。映画を観た方には、オペラの場面、とだけお伝えしておく。ぜひ、ご覧になって確かめていただきたい。

『ビー・モア・チル』体験はニューヨーカーにとって“事件”

パーシング・スクエア・シグニチャー・センター前の『ビー・モア・チル』のビルボード
パーシング・スクエア・シグニチャー・センター前の『ビー・モア・チル』のビルボード

 さて、それらブロードウェイの新作以上にニューヨークのミュージカル・ファンの間で話題になっているのが、オフ・ブロードウェイの『ビー・モア・チル』。42丁目にあるパーシング・スクエア・シグニチャー・センター内アイリーン・ダイヤモンド・ステージでプレヴューを開始したのは7月26日だが、それ以前から気運は高まっていたようで、6月8日には同劇場で、ファン・ミーティングのような集会がスタッフやキャストも参加して開かれている。

 観劇にあたっては、まだプレヴュー中の8月3日のチケットを6月16日に予約したのだが、脇の席がかろうじて取れる状況だった。なので、これは人気なのだなと思いはしたが、いざ劇場に行ってみると開演前から予想以上の熱気。もちろん満席で、デザイン違いで数種類売られているTシャツやパーカーをあらかじめ着込んだ観客がけっこういるのがコンサート会場のよう。

『ビー・モア・チル』の劇場入口に貼られたファンの賛辞。上に「アメリカで最も人気のある新作ミュージカルの一つ」というニューヨーク・タイムズの劇評からの抜粋も掲げられている。
『ビー・モア・チル』の劇場入口に貼られたファンの賛辞。上に「アメリカで最も人気のある新作ミュージカルの一つ」というニューヨーク・タイムズの劇評からの抜粋も掲げられている。

 客電が落ちると歓声が湧くのは、どの劇場でもそうだが、主要キャストが登場した時の騒ぎは驚くほどすごい。例えて言うと、『ハロー、ドリー!』(Hello, Dolly!)のベット・ミドラー登場時のよう。そんな表現が大げさでないくらいに盛り上がる。しかも、どの役者がどのタイミングで出てくるかを観客の半分ぐらいはわかっている様子。リピーターもいるのか? 熱気を冷ます気分で幕間にロビーに出てみると、早くも物販のレジには長蛇の列ができている。そうした諸々を見て、この舞台を体験することは、もはや“事件”になっているのだなと思わずにはいられなかった。

めざすのは『ディア・エヴァン・ハンセン』超え?

『ビー・モア・チル』の劇場入口
『ビー・モア・チル』の劇場入口

 ニュージャージーの“普通”の学校に通う目立たない高校生ジェレミーが、非合法ぽく売られている日本製の近未来的ネット系(?)ドラッグのおかげでモテモテになるが、有頂天になって唯一の親友を失い、やがて自己崩壊の危険にさらされ始め……というのが大筋。驚くような斬新な話ではないが、個性的な脇役たちの言動や風俗的ディテールが“今”を感じさせる。

 物語を支えるジョー・イコニス(作曲・作詞)の楽曲は、ひと言で言えば、エレクトロニクス風味のパワー・ポップ。新鮮な仕上がりで、ミュージカル的魅力の核心になっている。

 実は、この作品、2015年6月にニュージャージーのトゥー・リヴァー劇場という小劇場で初演されている。それが好評だったようで、ニューヨーク・タイムズには「オタクがSci-Fiピルで人気者になる『ビー・モア・チル』」という見出しで長い劇評が載り、10月にはキャスト・アルバムもリリースされている。元になった2004年の同名小説もカルトな人気を得ているようだが、著者のネッド・ヴィジーニが2013年に自殺していることも、潜在的にミュージカルの人気を押し上げている要因の一つなのかもしれない。

 そうした下地があった上で、ニューヨーク進出に当たっては、主役に、昨年のトニー賞作品『ディア・エヴァン・ハンセン』(Dear Evan Hansen)のオリジナル・キャストで主人公の親友を演じたウィル・ローランドを起用。『ディア・エヴァン・ハンセン』はシリアス、『ビー・モア・チル』はコミカル、と風合いは真逆だが、引っ込み思案の高校生、ネット世代の世界観、エレクトロニクス風味の音楽、といった要素は共通しているわけで、このキャスティングが先行作のファン層を取り込もうという戦略なことは明らか。そして、それは成功しているように見える。

 とりあえず9月23日までの限定公演としてスタートしたのだが、すでに1週間の延長が発表されている。この後さらなる延長があるのか。それとも『ディア・エヴァン・ハンセン』のようにブロードウェイに舞台を移すのか。いずれにしても目が離せない注目作だ。

公演に関する情報は下記よりご覧ください

『ビー・モア・チル』は、予想通りブロードウェイに移ることが発表された。来年の2月13日にプレヴュー開始予定。 

この記事の執筆者
ブロードウェイの劇場通いを始めて30年超。たまにウェスト・エンドへも。国内では宝塚歌劇、歌舞伎、文楽を楽しむ。 ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」(https://misoppa.wordpress.com/)公開中。 ERIS 音楽は一生かけて楽しもう(http://erismedia.jp/) で連載中。
公式サイト:ミュージカル・ブログ「Misoppa's Band Wagon」