100年の歴史が築いた独自の世界

 
 

昨今、ほとんどの自動車メーカーは、いくつかのプラットホーム(クルマの骨格)を使って多彩なモデルラインアップを構築している。グローバルに展開する企業にとって、合理化は必然だ。もちろん、それでいて車種ごとの個性があり、複数のブランドを抱える自動車メーカーにいたっては、基本コンポーネンツを同一としながらも、ブランドごとのアイデンティティを色濃く感じさせる完成度を実現している。

1919年に創立された英国の老舗、ベントレーは現在ドイツのフォルクスワーゲングループに属している。こちらもご多分にもれず、プラットホームやエンジンなどの基本コンポーネンツは親会社から供給されているが、みごとなまでのクラフトマンシップで独自の世界観をつくりあげている。現行のラインアップは2ドアGT(&コンバーチブル)の「コンチネンタル」、サルーンの「フライングスパー」と「ミュルザンヌ」だ。少し前になるが、この素晴らしき英国車に試乗したときの模様をお伝えしたい。

古典の味を残す「ミュルザンヌ」の後部座席へ

 
 

試乗したのはフラッグシップモデルの「ミュルザンヌ」だ。といっても実際にハンドルを握ることはなく、後部座席での試乗だ。ベントレー・ジャパンがプレス向け試乗会した目的は、あくまでもベントレーの醸し出す「空気」を感じてもらうことにあり、東京都心から首都高速~中央自動車道を使った往復のドライブでは、仕立てのいいラグジュアリーな後部座席に身を預けて実に心地よい時間を味わうことができた。「ミュルザンヌ」は現行ベントレーのなかで最も古典的な要素をもつクルマで、専用設計のシャシーからなるボディは全長5575㎜、ホイールベースも3270㎜に達する。その安定感は格別で、かつての英国製プレミアム・サルーンの伝統に則った高めの着座位置の効果もあり、「天上の旅人」気分が満喫できる。

 
 

エンジンはふたつのターボチャージャーを装着した、最高出力512馬力の6・75リッターV型8気筒。わずか1750回転から怒涛のトルクを発揮して、2.7トンもの車重をものともせずにパワフルな加速をみせる。たとえアクセルを自分で踏んでいなくとも、滑らかに回るV8エンジンの上質な味はお尻から伝わってくる。そのうえ外界のノイズはことごとくシャットアウトされ、路面からの不快な振動も皆無といっていい。この静寂なる乗り味は、クロームやウッド、レザーがふんだんにあしらわれたサロンのごとき室内空間に、上質な空気をもたらす。ちなみに重い車重は分厚いパネルやガラス、天然素材をふんだんに使っている証であり、そのため路面からの振動や音はことごとく遮断されるのだ。

 
 

唯一無二の存在感を放つ名車

 
 

試乗では八王子にあるいろり炭火焼料理の店「うかい鳥山」を訪れた。越中五箇山の合掌造りと奥高尾の情景が美しいこの隠れ座敷で、季節の美味を味わう機会に恵まれたあと、改めて「ミュルザンヌ」を見て思う。重厚極まりないスタイリングが放つ唯一無二の存在感。そして後部座席の快適性はもとより、ハンドルを握っても静かで力強い走りが味わえる大排気量車ならではのダイナミズム...。車名やデザインだけでは語れない古典の魅力。時代の波にもまれながらも伝統を継承してきたベントレーの類まれなるクルマづくりは、自動車100年余の歴史を心ゆくまで味あわせてくれる。

〈ベントレー・ミュルザンヌ〉
全長×全幅×全高:5575×1925×1530㎜
車両重量:2710kg
排気量:6747cc
エンジン:V型8気筒OHVツインターボ
最高出力:512PS/4200rpm
最大トルク:1020Nm/1750~3250rpm
駆動方式:RWD
トランスミッション:8AT
価格:35,000,000
(問)ベントレーコール:0120・97・7797

この記事の執筆者
TEXT :
櫻井 香 記者
2018.2.11 更新
男性情報誌の編集を経て、フリーランスに。心を揺さぶる名車の本質に迫るべく、日夜さまざまなクルマを見て、触っている。映画に登場した車種 にも詳しい。自動車文化を育てた、カーガイたちに憧れ、自らも洒脱に乗りこなせる男になりたいと願う。