それは今年の春のことでした。

肌寒い雨の金沢、そのフランス人女性のコーディネートは

神々しいほどに格好いいものでした。

ウォッシュドデニムに洗いざらしの白いVネックTシャツ、

その上にレザーのヴェストレザーのテーラードジャケット

トドメにレザーのトレンチコート!という「レザー三段活用」。

まるで使い込んだヌメ革のような味わい深いレザーと

それを雨の日に堂々と着こなす度胸に、私は心を奪われたのです・・・。

生憎今季、ヌメ革のトレンチコートは発見できなかったのですが、

素敵なスエードトレンチコートとの出逢いはありました。

それがこれだ!

エムズブラックという、大好きなドメスティックブランドで発見。

恐ろしくしなやかなディアスエード(鹿革)

を採用したトレンチコートです。その魅力は、なんといっても

味わい深い革の質感。

そして美しいシルエット。

実は展示会でもともとあったレザーから

別の素材へと無理を言って

載せかえてもらった、いわば個人別注。

ゆえに、愛着もひとしおです・・。

どうです!? この質感。

まるでビロードのような手触り、

しかも中綿など入っていないのに暖かい。

汚れなど気にせず、無造作に着込んで味を出したい

名品なのであります・・・。

しかし! 好時魔多しとはこのこと。

このスエード、毛足の長さゆえヤバイのです。

ケバ落ちが・・・!

ちょっとこすれただけでこの調子だ!

このケバ、あくまで着ていれば

そのうち自然に落ちるものですが、

とりあえずしばらくは色物との組み合わせは厳禁。

ベージュ系の淡色コーディネートが必須です。

しかし私、やってしまいました。

このコートのデビューをよりによって、

超人気ブランドの新店オープニングパーティに

もって来てしまったのです!!! 俺のバカ!

(だって着たかったんだもん・・・)

黒!黒!メルトン!フラノ!

からの・・・ヴェルベッツ(別珍)!

会場は厳禁色&素材の海だ!

よけろ山下!よけるんだ~!

ヤ、ヤバイ! いつも私を優しくハグしてくれる名物プレス氏が

今日は黒のフラノジャケットを着てる!

(両手を広げて)「山ちゃん、素敵なコート着てるね~」

「イヤイヤイヤイヤイヤまあまあまあ・・・・」(後退)

ほっとしたのもつかの間、

私の隣をひとりの素敵な淑女が通りすぎました。

そして彼女が着ていたのは、素晴らしい仕立てが施された

漆黒のベルベットジャケット・・・。

マイクを周囲から渡され、テレビカメラに向かって

軽妙なトークを繰り広げた彼女。

あ、超有名女優の●●●●さん

その袖には・・・・・・

あ、ああああ~。

華やかなりしパーティ会場で

無差別「おしゃれテロ」を繰り広げてしまった罪深き男。

その日は肩を落とし、タクシー帰宅したことは言うまでもありません。

「事件当日の自分にもし一言声をかけられるなら?」

「出かけるのをやめなさい」

ぐったり疲れ、眠りに落ちたその夜。

このコートを着て満員電車でモッシュ&ダイブを

敢行する夢を見ました・・・。

p.s.

今季最もお気に入りのコートですが、

ケバが落ちきるまで皆様の前で着ないことを、

謹んで誓わせていただきます!

この記事の執筆者
MEN'S Preciousファッションディレクター。幼少期からの洋服好き、雑誌好きが高じてファッション編集者の道へ。男性ファッション誌編集部員、フリーエディターを経て、現在は『MEN'S Precious』にてファッションディレクターを務める。趣味は買い物と昭和な喫茶店めぐり。
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