19世紀に活躍したロシアの作家、ニコライ・ゴーゴリの作品に『外套』というのがある。1842年に発表された、ロシア近代文学の傑作といわれるこの物語には、かつての男たちにとって、外套=コートという洋服がいかに大切な存在であったかが、描かれている。なにしろ主人公である官吏が、大奮発して半はん纏てんのように着古したコートを新調するのだが、役所の同僚たちはそれを祝してパーティまで開催してしまう。そして帰り道コートを追い剝ぎに奪われた主人公は、失意のなか死んでしまうのだが、彼は亡霊となって街をさまよい、夜な夜な道行く人のコートを剝ぎ取りに現れるのだ。

 貧しい時代の話と笑うのはたやすいが、そんな紛うことなき一生モノであったがゆえに、コートは着る者の人格を語るアイコンになった。ウィンストン・チャーチルしかり、ジャン・コクトーしかり、だからこそ往年伊達男のコート姿は、あんなにも格好よかったのだ。

 TVドラマの名作『刑事コロンボ』の伝説的なレインコートは、長年着込んだ風情を演出するために、衣装部が丹念に汚れやダメージを施し、完成したものだった。しかし私たちは現実を生きている。一着のコートを何十年も着込んで、もっともっと味わい深く、魅力的なものにすることだって可能なのだ。

 そのためには、なるべく早いほうがいい。トレンドとは関係なく、どんな時代でもそでを通すことができ、いつしか「自分そのもの」のように思えるコートを、今のうちに見つけておくことだ。ここで提案する「7枚のコート」こそ、そんなコート選びにおける、究極の選択肢といえるだろう。


【1】LODEN COAT ローデンコート

ヨーロッパで愛される狩猟用コートの傑作

 オーストリアのチロル地方で織られる、暖かさと軽さ、丈夫さを兼ね備えたウール生地「ローデンクロス」。脇の下を縫製しないことで肩の可動域を増し、銃を撃ちやすくした「フローティングショルダー」。より動きやすくするために背中に備えた、大きな「インバーテッドプリーツ」……。狩猟のための機能を極めたローデンコートは、古くからヨーロッパで親しまれてきた。日本では今までなじみが薄かったが、近年その代表的ブランド「シュナイダー」が上陸。ファッション業界人からの注目を集めている。

¥148,000(エスプリ・ユージー〈シュナイダー〉)

 私がイタリアに赴任したのは1992年の冬で、いきなり中部の田舎町、シエナの語学学校に放り込まれました。人口は5万人ほどで、ぶどう、オリーブと小麦の畑が広がる丘陵地帯の小高い山の上にある、本当に小さな町です。

 しかし、私は町の洋品店のレベルの高さに驚きました。「トリッカーズ」「バブアー」「バランタイン」など世界の逸品ぞろいだったのです。そこではオーストリア製のローデンコートも売られていて、この町にはそれを着ている紳士が多くいました。下宿の大家さんは隣の山のすべてを所有する荘園領主で、初老の彼もローデンをはおり、ハンチング帽とペッカリーの手袋を身につけて、『ランチア・デドラ』で領地を見廻っていました。たまに登校途中の私をついでに乗せてくれて、徒歩で片道1時間の学校の途中まで送ってくれました。私にとってのミスターローデンコートです。

 チェスターやポロコートは大都市のコートですが、ローデンは田園との距離が近い、小都市のコートでしょう。出自が狩猟用ですから、腕の上げやすさも色も、軍服派生のものとは異なります。裏がチェックのダッフルとともに、最も権威的でないコート。個人的には高崎や仙台などに似合うと思います。首都圏なら八王子、川越などでしょうか。もちろん機能性を評価する方や、また都心にいながらも、心が田園にあるような人にもよいですね。

 シエナには、世界最古の銀行があります。「モンテデイパスキディシエナ銀行」といいますが、この銀行が多額の不良債権を抱え、現在のイタリアの金融不安の震源となっています。キリスト教圏では、金貸しは禁じられていました。人身売買など、社会混乱の元凶だったのです。銀行は千数百年間、支払代行が業務でした。しかし不作で困窮する農家を救うために、600年ほど前から教義を拡大解釈してお金を貸し始めます。

 シエナでは、ワインもオリーブ油も、薬草も良質なものが産出され、国際商品となっていました。それらは保存性も高かったため、それを担保に、農場の運転資金の融資を始めたのです。そしてシエナは街道の要所でもあるために多くの商人が行き来し、ヨーロッパ中の逸品がもたらされました。シエナの人々の審美眼が高度に磨かれたのは当然です。ルネサンスとは、そんな交易の活性化で起こりました。

 中世には、人は信仰と迷信に支配されており、森には妖精がいると思っていたが、どうも見た人がいない。魔女もいなさそうだ。そして、神が自分の運命を決めているわけではなさそうだ、と考え始めたのです。

 先日、とあるリサイクル店で、あのモスグリーンで肩の四角いローデンコートを見つけました。サイズがふた回りも大きくて購入は断念しましたが、私のイタリア生活の出発点、混沌とした中世から世界を脱却させ、人間が主体的に生きるというルネサンス精神を育んだ、小さな農業都市を強烈に思い出させたのでした。(文・池田哲也(ファッション評論家))


【2】TRENCH COAT トレンチコート

男の冒険心を掻き立てる機能的トレンチ

 第一次世界大戦の時代から行われるようにな った塹壕戦に対応するために、英国軍の要請によって開発された、その名もトレンチ(塹壕)コート。その代名詞といえるのが、コットンギャバジンを開発したバーバリーのものである。なかでもこちらの『ウエストミンスター』は、往年のシルエットやディテールを最も色濃く残した、クラシックモデル。体を包み込むようなゆったりしたシルエットに加え、スクエアな形状のガンフラップ、エポレット、ベルトのDリングなど、男が惚れるディテールがいっぱい詰まった、極限の一着なのだ。

¥230,000(バーバリー・ジャパン)

 英国軍で用いられたミリタリーアウター、トレンチコート。しかしそれは若く溌剌とした軍人たちよりも、少しやさぐれた中年男が着たときにこそ、その魅力を最も際立たせるという、不思議なコートでもある。そして、そんなトレンチの希有なるダンディズムを世に知らしめたのは、数多の名作映画であった。

 日本でトレンチコートが知られるようになるのは、1946年に公開された『カサブランカ』(’42年)で、ハンフリー・ボガートが着てからだろう。

 最後、カサブランカの霧の空港で、ボガートが恋人のイングリット・バーグマンと別れる時に、ソフト帽をかぶり、トレンチを着ている。アクアスキュータム社のトレンチのようだ。襟を立てているのが粋。

 恋人の幸福のために身を引く。クールでいながら男気のあるボガートにふさわしい大人のコートだった。この映画でトレンチコートはボガートの代名詞になった。ウディ・アレンの『ボギー!俺も男だ』(’72年)は『カサブランカ』のオマージュで、ウディ・アレンの妄想のなかでしばしばボガートが現れるが、もちろんソフト帽にトレンチコート姿。「トレンチ(trench)」は塹壕の意味。第一次世界大戦の時、イギリス軍が戦闘用の防水コートとして兵士に支給したのが始まりという。そのため丈夫で、男っぽい。カーキ色をしているのはカモフラージュとして土に合わせているため。

 日本人にトレンチコートを強く印象づけた映画はもう一本ある。1950年に公開された『哀愁』(’40年)。

 第一次大戦のさなか、ロバート・テーラー演じるイギリス軍の大尉が、踊子ヴィヴィアン・リーとつかのまの恋をする。

 大尉はフランス戦線で戦い、休暇を得てロンドンに来ている。塹壕で戦ったのだろう、軍服の上にいつもトレンチを着ている。ある夜、激しく降る雨のなか、踊子を訪ねる。窓から、トレンチ姿の大尉を見た踊子は、階段を駆け降りる。雨に濡れてふたりは抱き合う。

 この映画の有名なラブシーン。これでトレンチが日本人に広く知られるようになった。もっとも当時はまだ「トレンチ」というより「しゃれたレインコート」と言われていたが。

 その後、トレンチが有名になってゆくのはフランスの犯罪映画、いわゆるフィルム・ノワールのなかで男たちが着たからだろう。『地下室のメロディ』(’62年)のジャン・ギャバン、『いぬ』(’63年)のジャン=ポール・ベルモンド、『サムライ』(’67年)のアラン・ドロンなど忘れ難い。

 特に『サムライ』の孤高の殺し屋アラン・ドロンは、ほとんどいつもソフト帽にトレンチ。いわば戦いの衣装になっている。

 フィルム・ノワールの特色は夜と雨にあるが、男たちは雨のなか、傘をさすことなくソフト帽にトレンチを着て戦いに挑んでゆく。まるでトレンチが雨を呼ぶようだ。 日本の俳優でトレンチが似合うのは高倉健しかいないだろう。トレンチは高倉健のように背が高くないと着こなせない。

 日本版フィルム・ノワール『地獄の掟に明日はない』(’66年)で敵に向かってゆく時、高倉健はトレンチを着た。ここでも雨が降った。雨に濡れてトレンチは引き締まった。(文/川本三郎 (評論家))


【3】RAIN COAT レインコート

シワすらもドラマティックに魅せる、職業人コート

 レインコートには、形としての定義は存在しない。よって軽い撥水性を持たせたコットンギャバジン生地から、バブアーに代表されるオイル引きのコットン、1960年代頃から主流となった化繊のものまで、世の中には様々なタイプが存在する。中でも人気が高いのが、コットン生地にラバーコーティングを施したマッキントッシュクロスのコート、通称『マックコート』である。19世紀半ばに英国で開発されたこちらは、完全防水であることに加え、特有のハリ感が特徴。どんなに雨が降っても凜々しい姿をアピールできるのだ。

¥168,000(マッキントッシュ青山店)

 音楽評論家・大田黒元雄は大正元年に初渡英し、以後もたびたび外国を訪れている「はいから紳士」である。この単行本に収められているエッセイの多くは第二次世界大戦前に書かれたもので、右に引いたものも初出は1933年(1959年に加筆)とある。初出原稿にはあたれていないが、ここから、少なくとも加筆が行われた1959年までには、レインコートが降雨時以外にも積極的に着用されていた、つまり晴雨兼用だったということがわかる。

 われわれはどうも「兼用」という謳い文句に弱い。男女、晴雨、昼夜などのあとに「兼用」がつくと、実に便利と思ってしまう。これは20世紀に始まったことではなく、もともと装飾的な意味合いもあった日傘に晴雨兼用のものが登場したのは1850年代末である。ことほど左様に、飽くなき「兼用」の探求は現在まで留まるところを知らない。やや話は逸れるが、日本の高度経済成長を支えたビジネスマンが一時期こぞって着ていたベージュのステンカラーコート(アクアスキュータムのサイトでは、現在でもいわゆるステンカラーコートはレインコートと表記されているように、元来雨外套的要素が強い)は、晴雨兼用という便利な機能が内包する効率的性格から、その時代の精神性を象徴しているようにも思えるがいかがだろう。

 さて、冒頭に引いた文に再度注目すると、レインコートはあくまでも雨のときに着ることが主であると示されている。つまりレインコートは「晴れの日にも」着られるものであった。元来はそういうものであったが、いつの頃からか「雨の日にも」着られるコートとなり、レインコートという呼び名はあまり聞かれなくなって久しい。このことを別の角度から眺めるならば、レインコートにおける雨をしのぐという機能をファッション性が追い越し、その意味を変容させたといえはしないだろうか。

 こうした逆転現象が起こるには、そのものに使い手の自由裁量を受け付けるだけの余白、つまり本来の使い方から逸脱できるだけの余地が必要とされる。このことは、ジーンズやワーク・ウエア、ミリタリー・ウエアなどを思い起こせば明らかだろう。機能や使途のあるものは、そこに留まらないときに初めてファッション・アイテムとして新たに生を受け、広がりをみせるのである。その視点をもって現代におけるレインコートを考えるならば、機能素材を使ったものであろうが目の詰まったウールのコートであろうが、好みのものを選べばよろしい。忘れてはいけないのは、ある程度撥水性のある素材のものを選んでおくことぐらいであろうか。突然の雨に降られたら『個人教授』のルノー・ヴェルレーよろしくコートの襟を引っ張り上げて頭を包もう。(文・青野賢一/BEAMSクリエイティブディレクター)


【4】BAL COLLAR COAT バルカラーコート

100年経っても色褪せない英国発のシンプルコート

 ラグランスリーブのゆったりとしたシルエットと、後ろ襟が前より高く、折り返す形になっていることがバルカラーコートの特徴。別名「バルマカーンコート」、「ステンカラーコート」。「バル」や「バルマカーン」は、スコットランドの地名バルマカーンに由来しているという。写真は英国の名門アクアスキュータム製バルカラーコート。この上ないほどにシンプルなデザインが魅力である。かつてはスーツスタイルに合わせるのが定番だったが、近年はジーンズなどカジュアルな合わせも見直されている。

¥130,000(レナウンプレスポート〈アクアスキュータム〉)

 コートは映画の登場人物、特に男性のキャラクターを一目で観客に伝えることができるヴィジュアル言語として、脚本家や監督が最も工夫を凝らすコスチュームのひとつである。

 映画が制作された’60年代初頭、すでに私立探偵や男らしさのイメージと強く結びつけられていたトレンチコートを、筆で勝負する作家に着せるわけにはいかないでしょう? バルカラーのコートには育ちのよさや知性、常識感を感じさせる「健全さ」が備わっているのだ。

 鋭い映像作家たちはその後、その「健全さ」のイメージを逆手にとって利用するわけですね。

 同じくヘプバーン主演の『シャレード』(’63年)ではケイリー・グラントがバルカラーのコート姿で登場する。

 しかし粋で大金持ち風の彼の正体は、スパイもどきの大使館員。何度もピンチに陥るオードリーを命がけで救うのである。

 スティーブ・マクイーンの『ブリット』(’68年)でコートのプレーシングはさらに進化する。

 フォード・ムスタングを駆り、犯人逮捕のためならなんでもやる刑事役のマクイーンにあえて健全なバルカラーコートを着せ、対比の妙を見せるのだ。

 そして決定版が1971年から13年も続いたテレビドラマ『刑事コロンボ』。

 バルカラーといえばピーター・フォーク演じるコロンボ刑事のよれよれコートを思い浮かべるひとが多いのではないか。風采があがらない、その素になるバルカラーコートこそが犯人を油断させる最大のカモフラージュだったわけですよ。

 シャツを厚手の布地で大きく仕立てただけのような、素朴で、飾り気のない外見。しかし、その裏には一癖も二癖もある知性と行動力の大人の男が潜んでいる──映画人たちが注目したバルカラーコートの「トリック効果」、どうです、なかなかのものでしょう?(文/林 信朗(服飾評論家))


【5】CHESTERFIELD COAT チェスターフィールドコート

襟にビロードが付いたタイプがチェスターフィールドコートの原型

 現在はディテールが簡素化されがちだが、本来のチェスターフィールドコートとは、生地はウールかカシミア、シングルで比翼仕立て、上襟に黒のビロードが付けられたもののことをいう。写真はその典型的な一着だ。19世紀にチェスターフィールド伯爵によって仕立てられたのが、そのはじまりだという。これとよく似たデザインで、カヴァートクロスという綾織りの生地で、そで口とすそに4~5本ステッチを施したカヴァートコートというものもある。どちらも由緒正しき紳士のオーバーコートである。

¥220,000(ヴァルカナイズ・ロンドン〈ターンブル&アッサー〉)

 大人の男の姿を完成させる服を挙げるならば、スーツに並ぶものとして、コートもそうであろう。肩、後ろ姿から発するぬくもり感、腰から下へ向かう長いラインが大人の色気を醸し出すのである。

 僕がはじめて、本格的なウールコートを誂えたのは2005年の秋のこと。以前に男性誌で加藤和彦さんの連載コラムでイラストを担当していたとき、その記事で加藤さんがすすめていた「カヴァートコート」というものが、ずっと気になっていた。当時の東京ではあまり見かけたことがなかったそのコートは、カヴァートクロスという、英国のカントリー系の綾織り又は繻子織りの専用生地で仕立てる。形は短めのシングルチェスターフィールドといった感じで、そでにボタンは付かず、そで口とすそに4本のレールロードステッチが走る。そして上襟にはベルベットが付いた、クラシックなスポーツコートである。このコートのことを、加藤さんが魅力たっぷりに伝えている、1999年当時の記事から引用させて頂くと、「ブラウン系のこのカヴァートクロスは、コートがスポーティーな感じを漂わせているにもかかわらず、紺のチョークストライプのスーツなどに合わせると、エレガントになる。やや外してタキシードなどに合わせても洒落ている。セーターの上に着ても良し。深夜の来客?の折りに、ガウンが見つからずこのカヴァートコートを羽織るといった対応もできるのである」

 ドレッシーに着てもカジュアルに着てもサマになるという、この万能コートを僕はほしくてたまらなくなった。ロンドンの「J・C・コーディングス」というカントリーウエアの専門店で、レディメイド品は手に入るというのだが、是非ともビスポークで仕立てて着てみたいと思った。

 この記事を読んで6年が過ぎた秋の日に僕は、スーツを誂えるつもりで、なじみのテーラーを訪れると、店内の隅にトルソーに着せられた、茶系のウールコートが目に入った。上襟にベルベットが付き、フロントは比翼仕立て、そでとすそには特徴的な4本のステッチが……。

 僕が、その場にいたオーナーに、「これ、カヴァートコートですね」と訊くと、「そうです!」と彼はそのコートを見つめながら答えた。

 ずっと頭の中にあった憧れの形が実物で目の前に現れたのである。僕はスーツのオーダーをやめ、「今回はこのコートをお願いします」とオーナーに伝えた。

 仕立て上がったコートは、体にピタリと沿ってすそに向かってきれいなフレアを描いた。少し光沢のある目の詰まったヘヴィな生地は、身にまとうと想像以上に暖かい。乗馬服由来のこのコートは、大好きなサイドゴアブーツとも相性がよい。そしてセーターやコーデュロイパンツなどを合わせただけでも、エレガントにカジュアルアップが成功する。もちろんスーツにはおれば、ジェントルマンのムードである。このコートを手に入れて11年目になるが、毎年そでを通すのが楽しみになっている。そしていつしか年季の入ったカヴァートコートを着て、街をゆったりと歩く老人の自分を今、イメージするのである。(文・ソリマチアキラ(イラストレーター))


【6】POLO COAT ポロコート

防寒性重視でつくられた野外用コートがルーツ

 アイルランドのアルスター地方で生まれた防寒用アウターが、アルスターコート。厚地のウールに加え、ダブルブレスト、ターンナップカフ、背面のプリーツといった保温性重視のデザインが特徴だ。その後アメリカ人が、このコートを着てポロ競技を観戦する英国貴族の優雅なイメージを強調するために、「ポロコート」という呼称を考案した。キャメル(ラクダ)素材が一般的だが、近年は写真のようにカシミアを使ったものも多い。こちらはそで口をボタンカフスにするなど、現代的なアレンジを加えたものだ。

¥285,000(伊勢丹新宿店〈ヒッキー・フリーマン〉)

「アカミネ、そろそろこんなコートを仕立てたらどうだ?」そう言って、キャメルのポロコートを見せてくれたのは、フィレンツェの名サルト、アントニオ・リベラーノでした。場所は彼の仕事場で、私が50歳を超えた頃です。私は「ようやく、そんな歳になったか……」と思い、採寸をお願いしました。

 そのコートができ上がって20年経ちますが、今でも着用頻度が多い。というのも、人一倍寒がりなので、まず暖かい点が気に入っています。ポロコートはそもそも北国、アイルランドのアルスター地方で生まれました。保温性を高めるため、ダブルブレストやそで口の折り返し、背中のプリーツなど、生地を重ねるパーツを多く取ったデザインが特徴で、アルスターコートと呼ばれていました。英国では旅行やスポーツ観戦など、余暇の野外着として広まります。その様子を見たアメリカ人がポロコートの名で売り出したことから、この名称でも呼ばれています。「暖冬の現代に、重くて、厚くて、ゆったりしたコートはどうも……」という人もいますが、私はその点も気に入っています。特に背中のシェイプからすそにかけて広がるドレープに色気があり、男の立ち姿をより存在感あるものにしてくれます。

 私がポロコートに憧れを感じたのは1950年代、中学生の頃でした。当時、テレビはまだ街頭テレビの時代で、娯楽の中心は映画でした。洋画スターの着こなしが格好よく、映画雑誌の写真を切り抜いてスクラップブックに貼り、写真集をつくって飽きもせずに眺めていました。その中でデビッド・ニーブンがポロコートを着こなす姿を見て、子供心に「このコートは格好いいけど、着る人も少し禿げ上がって、シワがあるくらいでないと似合わないな」と思ったものです。

 40歳を超え、ロンドンに足繁く通うようになると、仕事の合間はハイドパークで散策を楽しみました。ある日、ポロコートを着て犬の散歩をしている紳士とすれ違うと、紳士はタートルセーターとジーンズを合わせていました。もともとフォーマルよりフィールドが似合うコートなので「こういう着こなしもありだな」と思いつつ、自分にはまだ早いと感じて購入を先送りにしました。

 リベラーノが見せてくれたキャメルのポロコートは裏地のお直しで持ち込まれたものでした。オーナーは80歳ぐらいの建築家で、30年ほど着込んでいるそうです。リベラーノから「アカミネ、見てみろよ。着込んでキャメルの毛がところどころ剥げている。これが味なのだ」と言われると、急にほしくなりました。それから20年経った今、ようやく「着頃」になってきました。

 私は財形や保険の生涯プランには無頓着でしたが、コートは年齢とともに買い足し、結果的に、生涯プランでつきあってきたことになります。そんなコートとの出合いも、着こなしの味なのです。(文/赤峰幸生(ファッションディレクター))


【7】DUFFLE COAT ダッフルコート

 北欧の漁師にルーツを持ち、その後英国海軍が採用したダッフルコートは、第二次世界大戦後にそのサープラス(余剰品)が流通したことで、街で着られるようになった。本来は分厚いメルトン生地や木製トグル、麻ひものループが特徴だが、その後はヘリンボーン織りのパイル生地、牛の角製のトグル、革製のループなどにアレンジした都会派ダッフルも出回っている。こちらは1951年に英国で創業した老舗グロヴァオール製。「ジョシュア・エリス」社製の上質なパイル生地が使われた、極上品だ。

¥96,000(アソシエイテッド・インターナショナル〈グロヴァオール〉)

 遠い昔の話、僕がファッションに興味を持ちはじめたとき、最初に買ったコートはVANのダッフルコートだった。それ以来ずっとダッフルコートが好きだ。現在は4着のダッフルを所有している。いちばん古いものは1980年代後半のエルメス製で、カシミアウールの一枚仕立てで色は濃紺、かなり着丈は長くゆったりとしたつくりだ。いちばん最近のものは2年ほど前のサンローラン製で色はキャメル、毛布のような分厚いザラッとしたウール地で、サイズ感はややタイトなもののモードブランドの品とは思えない重量感とワイルドな味がある。ディテールもオリジナルに忠実だ。エディ・スリマンのクラシックに対するリスペクトが感じられる一着である。

  実はエディがディオール時代につくったダッフルも持っているが、こちらは手触りのよいウール地で色は黒、随所にモード的なアレンジが施されている。最近作のほうが武骨でクラシックである点が興味深い。多分、ダッフルコートのデザインは英国海軍の防寒着であったものをオリジナルと考えると、その時点で極めて完成されたものだったということだ。そしてエディ・スリマンも僕と同じようにダッフルが好きなんだろうなあと勝手に思っている。ダッフルはいわゆる軍モノと呼ばれる服の中で老若男女を問わず、万人に愛されている。フード、麻縄のループ、トグルなどのディテールが醸し出す愛嬌が愛される所以であろうが、かつてダッフルは英国海軍の兵士たちにとって極寒の海で戦うためにどうしても必要な道具だった。僕が少年が大人になる時期に読むべき本の一冊であると信じている海洋冒険小説の傑作『女王陛下のユリシーズ号』(アリステア・マクリーン著)を読むと零下20度の風が吹きすさび、5分間の皮膚露出が凍傷を意味した大しけの北極海で、ダッフルコートが寒さから身を守る最後の盾としていかに重要なものだったかがよくわかる。

 ダッフルコートは実に汎用性が高くフランネルのスーツなどはもちろん、タキシードの上にはおっても素敵だ。そのルーツを考えても少しゆったりとしたサイズを選んだほうがよいと僕は思っている。

 寒い寒い夜にダッフルコートのフードをすっぽりとかぶって歩いていると、どこからか海の音が聞こえるような気がする。もしかしたら、ダッフルコートは、あんなに過酷だった北極海を懐かしんでいるのだろうか……そんなときは同じく『女王陛下のユリシーズ号』に登場して、男たちを体の中から暖めたシングルモルト・ウイスキー『タリスカー』が飲みたくなる。 僕にとってダッフルは幻の海を感じさせる特別なコートである。
(文/河毛俊作 (演出家))

 いかがだろうか。服を知り尽くした男たちに、さまざまな角度からコートの魅力を語ってもらったわけだが、あなたがお店で理想の一着をみつけたとき、新たな物語が始まるのだ。出会い、育てる楽しみを後代に繋げていくためにも、最高のコートをみつけ出して欲しい。

※価格はすべて税抜です。※2016年冬号掲載時の情報です。

この記事の執筆者
TEXT :
MEN'S Precious編集部 
BY :
MEN'S Precious2016年冬号 男が生涯で手に入れるべき7枚のコートより
名品の魅力を伝える「モノ語りマガジン」を手がける編集者集団です。メンズ・ラグジュアリーのモノ・コト・知識情報、服装のHow toや選ぶべきクルマ、味わうべき美食などの情報を提供します。
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クレジット :
撮影/戸田嘉昭・唐澤光也(静物/パイルドライバー) スタイリスト/村上忠正 イラスト/緒方 環 構成/山下英介(本誌)