厚生労働省が推進する「働き方改革」。多様化するライフスタイルを支えるために、長時間労働の抑制対策や雇用形態の改善など、日本多くの企業が変化を求められています。一方、外資系企業というと、ドライな社風で、自分の業務にさえコミットすればお互い関与しない、仕事さえ終われば残業はしなくてもいい、目標を達成できなければ容赦なくクビになる…。そんなイメージがあります。ところが日系企業でも「働き方改革」が進められているように、外資系の企業でも「人材」に対する考え方が変わってきていると聞き、さっそく取材を行いました。
今まさに、外資系企業の「働き方改革」を先鋒を切って進めているのが、不動産業界最大手のグローバル企業、シービーアールイー株式会社(以下、CBRE)。その人事のトップであるHRディレクターを担っているのは、1年半ほど前に現職へ就任した丸澤晶子さん。自身も数々の転職を経た経験をいかし、どんな企業にしようとしているのかお話を伺いました。
キャリアを着々と積み重ねてきた「人事のプロ」丸澤さん
東京大学で社会心理学を専攻し、新卒で日系の自動車メーカーに入社した丸澤さん。最初に配属された人事部は希望とは違っていたそう。しかし働くうちに人事部の役割の重要さに気づき、人事としてのキャリアを築いていくことになります。
日系自動車メーカーで10年働いた後に外資のコングロマリットへ転職。その後に業界を変えて転職したのが、運輸の外資系大手企業、ワレニウス・ウィルヘルムセン・ロジスティックスです。「メーカーとしてつくった車が、どういう風に運ばれるかを知りたくて、カーキャリアと呼ばれる自動車や重機などを運ぶ会社へ転職しました」と丸澤さん。9か国からなるAPAC地域の統括人事部長と、リーダーシップチームの一員として変革の実行や、人事基盤の構築を行いました。
そんな丸澤さんに舞い込んだのが、不動産最大手のグローバル企業、CBREの人事トップへのオファーでした。「まったく違う業界ですが、外資系で自分も興味のある業界、そして最大手という条件がそろっていたので、働くことに決めました」。
こうしてCBREで働くことになった丸澤さん。日本においてCBREは、もともと日系の不動産会社が前身にありました。約50年の間に拡大する過程で外資系企業となった経緯があります。そのため「勤続20年、30年の社員が多くいる一方で、新しい部門を立ち上げた際に入社した、社歴の短い人も多くいる状況(丸澤さん)」。それでも平均勤続年年数は10年未満という状況を、改善していきたいと考えたそう。
「どこの会社の人事のヘッドの仕事も同じだと思うのですが、ビジネスを一緒に成長させていくために、人事が重点的に扱っているのは“人”なんです。“人”というのは、投資してから回収…回収というのがビジネス上の業績だとすると、回収まで時間がかかるものなんです。なので、ファイナンス部門が進めるショートスパンの計画と、私たちのようなロングスパンの計画と、バランスを取りながら会社を成長させていくというのが、私を含めた人事部のミッションだと考えています」(丸澤さん)
外資系企業が「人」を育てる方向にシフトする理由
外資系企業というと、企業も人もドライというイメージがありますが、人材を大切にする方向に向かっているのは、どういった理由があるのでしょうか。
「ひとつに、不動産業界というのが、人材のマーケットがあまり大きくないことが挙げられます。ほかの業界と比べても、すごく限られたパイしかないので、本当にCBREで働きたい、ここでキャリアを積みたいと考えている人と、会社の方向性をなるべくすり合わせるようにして育てていく。会社と社員がwin-winになるのがいいと思っています」(丸澤さん)
現在の代表取締役社長兼CEO・坂口氏の「社員は自分で自分の行きたい道を定めて、今の自分の立ち位置を知って、それに向かって努力する」という社員育成への考え方に共感した丸澤さん。会社と社員の方向性をすりあわせるために、「キャリア申告制度」を採り入れました。
「社員に時間をつくってもらい、自分がどうキャリアを築きたいか考えてもらう仕組みです。1~3年の短期でどうしたいのか、3~5年の中長期、そして10年以上にどういう仕事をしていたいか…これは大半の人が想像つかないかもしれないけど、イメージしてもらうというレベルでもいいのです。普段、社員は忙しいので、そういうふうに半強制的にでも立ち止まって考えてもらう時間をとってもらうことが重要で、それに合わせて、私たちもどういう組織になったらいいのか、どういうトレーニングをしたらいいのかを考えます」(丸澤さん)
もともとはいわゆる外資系らしく、同じ業界からヘッドハンティングなどで人材を集めることが多かったCBRE。社内公募についても、最近は応募の件数が増え、社内に18ある部門の中で自分のやりたいことを実現するために、他部門へ異動するサポートも手厚く行っているという。こうして社員が満足して働ける環境を整えることで、社員の勤続年数を伸ばしたいという想いとともに、丸澤さんは女性管理職の割合も増やしたいと考えているそう。
「まだ、私ひとりの想いにすぎないのですが、学生の時は、“男女差”を意識することはありませんでした。しかし就職活動を経て社会に出たときに、女性にはソーシャルノーム(社会規範)が重く覆いかかってくるなと初めて感じたのです。本来は男女の区別や違いはあっても、“差”はないはずなので、そのソーシャルノームをうまく切り抜けるために、どう支援していけるかが、これからますます企業に求められている努力なのかなと考えていて。
場合によっては、男性にも同じことがいえると思います。共稼ぎの家庭だと、そうでない家庭に比べて、男性社員にも支援が必要かもしれません。例えば、私自身が出産を経験して思うのですが、産後1か月は一番大変な時期で、配偶者に隣で付き添ってもらえたら、もしその後に長い育児休暇がなかったとしても、乗り切れる力が全然違うんですよね」(丸澤さん)
「会社から"休め”と言われても、休みづらいと感じる方もいらっしゃるのではないか」という考えが頭をよぎります。
「リーダーたちも、休暇を取るなというのはまったくありません。自分自身の仕事をマネージした上で、長めの休みを取りたいなら早めに言ってもらえたら、プランが立てられるので。ただ、社員もそういうことを言ったら、キャリアによくないことが起きるのではと思っている人もいると思います。ほかの会社でそういう思いをした人もいるので。そこに関しては、社長の坂口が、仕事だけではなく人としての成長を両立しないと、いい仕事もできないしプライベートも充実していかない。両方のバランスがよくないといい人生とは言えない、と社員の家族とのことも真剣に考えていることが、もっと伝わっていくといいなと思っています」(丸澤さん)
会社から社員やその家族へ感謝の気持ちを示す「ファミリーデー」
丸澤さんを取材するためにお邪魔したのは、CBREのファミリーデー。ファミリーデーというのは、社員の家族に向けてオフィスを開放し、催しなどでもてなす日のことで、日本でも多くの企業が企画するようになっています。丸澤さんもこの日、9歳になる息子さんを連れて参加していました。
CBREがファミリーデーを始めたのは2014年のこと。オフィス移転に際し、社員の家族や友人に新しいオフィスを紹介することが目的でした。社内のイベントチームが来場者がわくわくするようなテーマを毎年設定し、2018年のテーマは“宇宙と未来”。「不動産業界における、デジタル&テクノロジーの変革」を今年のビジネスの柱にしているため、企業の方針がイメージで伝わるようなテーマが選ばれています。
実施に関わるのは、広報部のイベントチームとデザインチームのみ。社員や社員の家族、友人に会社からの感謝の気持ちを伝えるイベントのため、参加する社員にも内容は伏せられ、当日のサプライズとして楽しめるように水面下で準備が進められているんだとか。
まるで宇宙船に乗り込むように、ライトアップされた入り口。参加者はお金替わりになるチケットを受け取ります。
CSR活動の一環として設置された募金ブース。寄付するとアルコールのチケットがもらえる仕組みで、このブースは経営陣がボランティアで担当。
“宇宙と未来”のテーマに沿った、凝ったケータリングが盛りだくさん。
大人から小さな子供まで楽しめるカーレーシングゲームや、ボウリング、ガチャガチャ、万華鏡づくりなど、一日中家族で楽しめるコンテンツが用意されています。
多額の予算と時間をかけても「ファミリーデー」を行うメリットは?
毎年、夏休みが終わる時期の土曜日に開催されるこのイベントは、年々来場者が増え、昨年度は約730名もの参加があったとか。多額の予算と時間をかけ、このようなイベントを開催する理由として、ひとつは純粋に会社から社員に対して、感謝とコミットメントを示すこと。そして社員の満足度を向上すること。さらに会社が社員のワークライフバランスの向上を推進していることを、イベントを通じて感じてもらう目的があります。
ファミリーデーに2回目の参加をした丸澤さんも、このイベントは丸澤さんの目指す「会社と社員がwin-win」の状態に、とても効果的と感じているそう。
「ご家族の支えがあってこそ、私たちの企業が成り立っているという感謝の気持ちは、普段はお給料という形でしか伝えることができないんですね。でもそれすら、感謝の気持ちとしては伝わっていないことのほうが多いと思います。なので、年に一度来ていただいて、少しでも伝わったらいいですね。
あと、社員同士も、一緒に仕事している人のオフタイムの服装や、ご家族やお友達を目にすることで、普段とは違った面を発見できるんですよね。あの人は、いつもこわもてなのに、すごく子煩悩なんだ、とか、お子さんこんなに大きいんだ、とか、ファミリーデーの後は、そんな話で職場が盛り上がります。社員間のエンゲージメントという点でも、すごくいいですよね」(丸澤さん)
こうしたさまざまな社内の働きかけのかいあって、CBREでは社内公募が増えたほか、社員紹介で入社する割合も増加しているそう。
「自分の会社がいいと思っていないと、お友達に紹介してもらえないので、すごくうれしい状況です。メンバーの大多数が社員の紹介で来ているという部署もあります。せっかく毎日8時間近くも時間を使うなら、楽しく働かないと意味がない。楽しく働く、目的をもって働くための制度は、ひと通りそろっています。
外資系らしい面でいうと、何歳になったから係長、のように自動的に道を与えられることはないです。自分で制度をどう使って、やりたいことをどう叶えていくかは、自己責任というか、本人に委ねられていますね。でも今回の“キャリア申告制度”をきっかけに、自分の将来像がつかめてきたら、制度的なことは会社がしっかりバックアップしますよ、という体制なので、今回のインタビューを読んだ方にも、ぜひ応募していただきたいくらいです(笑)」(丸澤さん)
社員が長く、満足して働ける環境づくりをサポートする仕組みづくりに邁進する丸澤さん自身は、さまざまなキャリアアップを経て、現在の環境をどう考えているのか、最後に伺いました。
「私自身についても、自分で何がしたいのかをしっかり考えて、社長に何がしたいかを伝えて、チャレンジさせてもらったことが返ってくる環境に満足しています。これからも、しっかり目標を立てて、チャレンジし続けていきたいと思っています」(丸澤さん)
キャリアアップを重ねてきた丸澤さんが、手腕をふるう「長く働きたくなる会社」づくり。ご本人も、これからも社員の方たちと一緒に成長していきたいと考えているのでしょう。
- TEXT :
- Precious.jp編集部
- EDIT&WRITING :
- 安念美和子