今は、ビッグデータの時代だから、一映画作品が観客に受けるか否か、男女、年齢、年収や職業など属性別にカンタンに予想できてしまう。だが20世紀までに作られた商業映画はそうじゃなかったんだ。

 観客受けするため、あるいは、逆に被害を最小限度に食い止めるためプロデューサーや製作スタジオ、配給会社が「経験」と「カン」を頼りに、エンディングを撮り直したり、出来上がったもの再編集したりすることが少なくなかったのだ。

 ぼくの最も好きなアメリカ映画2作『フレンチ・コネクション』(1971)と『エクソシスト』(1973)の監督ウィリアム・フリードキンにしても、そんな仕打ちを免れなかった。

今年最後の話題作! 恐怖の報酬 【オリジナル完全版】

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 なにしろこの『恐怖の報酬』は、1977年夏の公開当時までアメリカ映画の興行収入歴代3位、世界に「オカルト」という言葉を知らしめた『エクソシスト』の監督フリードキンの新作(といっても1953年のフランス映画H=G・クルーゾー監督の『恐怖の報酬』をオリジナルとするリメイク作品ですな)ということで、ぼくも含めて世界的に期待されたのであったが、興行的にはめちゃコケ。

 製作費2000万ドルに対して、年末までの半年間で北米での興行収入は590万ドルあまり。これにビビったスタジオはフリードキンに無断で30分もカットし、翌年には、日本など北米外の国で公開。ぼくはそれを懐かしい渋谷パンティオンで観たわけだ。

 だが、そんなにひどい映画だったのかというと、「ふざけんな」「まさに『恐怖の報酬』というタイトルどおりのサスペンス映画じゃないか」というのがぼくの感想だった。

 ただ、「子供が喜ぶ映画か?」といわれればノーだ。「特に映画ファンでもない女性に好まれる映画か?」と問われればこれもノーで、つまりファミリー性は限りなくゼロ。それが運悪く世界的大ヒットを記録した『スター・ウォーズ』や、いかにも車社会アメリカで受けそうな『トランザム7000』とぶちあたっちゃうんだから分が悪い。

 だが、映画好きはわかっている。

 公開当時から支持していたアメリカで最も著名な映画評論家のロジャー・イーバートは公開から2年後には再び「完全に見過ごされていた傑作」と太鼓判を押している。

 近年になってもスティーブン・キングやクエンティン・タランティーノ、あるいは、『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』の監督ブラッド・バードなどがこの『恐怖の報酬』を激賞。ついにフリードキン自身が完全版のリマスターにのりだし、各地で公開。熱狂的なファンが続出して今回日本で「初めて」完全版が公開される。

 むろん今だってマス受けはしないだろうが(笑)、フリードキンの手腕とぼくたちまで南米の現場に投げ込まれたようなサスペンス感は極上。まさに「映画らしい映画」なんだよ。

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 物語だが、南米奥地の油田で大火災が発生。その消火には火災そのものをぶっとばす強力な破壊力をもつニトログリセリンが必要になる。この危険な爆薬をオンボロトラックで300キロ、ジャングルの道なき道をゆく4人の男たちの地獄旅だ。

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 地獄旅と書いたが、この4人それぞれが自分の地獄を逃れるためにこの国にやってきた犯罪者たちなのだ。報酬は一人一万ドルの金と新しい身分証明書。

 ほんのわずかな衝撃でも大爆発を起こすニトログリセリンの運搬をめぐり、衝突をくりかえす。だれもが、このミッションを成功させたいのだが、だれもが自分だけが生き延びたい。だが……ひとりでは凄まじい雨が降るジャングルの密林を突破できない。虚虚実実の駆け引きが始まる。

 油田に近いからというわけじゃないんだが、どいつもこいつもアブラぎっちゃって男臭いったらありゃしないんだ。

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 主演のロイ・シャイダー(『フレンチ・コネクション』『ジョーズ』)なんて細面でスラッとして、スーツスタイルなんてバツグンに素敵な俳優なんだけど、汗まみれでトラックを押したりする。

 それは『新・メグレ警視』シリーズでぼくたちメグレ好き、パイプ好きを唸らせたブルーノ・クレメルも同じ。パリで優雅な生活を送っている投資家役だが、色白のこの男までトラックの行くてを泥まみれになりながら切り開く。

 まあ、でも、みなさん、こういうドロドロな男丸出し世界、ちょっと見ておいたほうがいいよ。AIだフィンテックだって、ホコリも飛んでこないような仕事環境、清潔なマンション暮らしをズーっと続けているとさ、野生的・雄的感性がにぶっちゃうからさ。

 オリジナルのクルーゾー版は、もっともっとフィルムノワール的な「男の戦い」物語。フリードキンは、そこに荒れ狂う熱帯雨林という要素をプラスしたんですね。それがクライマックスの吊り橋シーンになってくるんだけど、ぼくはこのシーンがあまりに強烈だったからタンジェリンドリームの音楽と共に最初に観たときの衝撃がまだ体のどこかに残っているものね。さすが『エクソシスト』を撮ったひとだよ。

 よく「死ぬまでに観ておくべき映画100本」的な雑誌企画やサイトがあるけど、ぼくはこのフリードキン版『恐怖の報酬』、迷うことなくインクルードするね。

恐怖の報酬【オリジナル完全版】

出演:ロイ・シャイダー、ブルーノ・クレメル、フランシスコ・ラバル、アミドゥ
監督・製作:ウィリアム・フリードキン、脚本:ウォロン・グリーン、原作:ジョルジュ・アルノー、音楽:タンジェリン・ドリーム
【1977年|アメリカ映画|カラー|ヴィスタサイズ|5.1ch|DCP|上映時間:121分】
原題:SORCERER(魔術師)URL: SORCERER2018.com
提供:キングレコード 配給:コピアポア・フィルム
公開:今秋11月24日(土) シネマート新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー

この記事の執筆者
TEXT :
林 信朗 服飾評論家
2018.11.23 更新
『MEN'S CLUB』『Gentry』『DORSO』など、数々のファッション誌の編集長を歴任し、フリーの服飾評論家に。ダンディズムを地で行くセンスと、博覧強記ぶりは業界でも随一。