今回の烈伝の主人公は、過去の登場人物と違い、かなりマイナーな存在かもしれない。まず、大きく違うのは、タキ・テオドラコプロス氏は、81歳にして現役のダンディ・ジャーナリストであること。タキ(Taki)と検索すれば、『タキズ マガジン』というサイトがすぐに出てくるだろう。より抜きの評論家、ライターが集う、保守系社会批評マガジンである。タキはこのサイトの編集長で、現在も鋭い舌鋒で世のリベラル派を攻撃している。
しかし世界的には、同じく’80年代にキャリアのピークを迎えたニュージャーナリズムのゲイ・タリーズやトム・ウルフほど知名度は高くない。タキは、主に英国の『スペクテーター』やアメリカの『エスクァイア』などの雑誌コラムニストであり、単行本も4、5冊と少ないからだ。日本でも、『ハイ・ライフ―上流社会をめぐるコラム集』(河出書房新社)1冊しか出版されていないのである。
社交界きってのドラ息子、タキ・テオドラコプロス
監獄からきたペトロニウス
ところが、筆者は、まさにこの珠玉の1冊によって、ダンディズムや上流の世界に目覚めたのである。この本を読んでいなかったら、『メンズプレシャス』のような高級メンズ雑誌には縁がなかったかもしれない。実際『メンズプレシャス』への寄稿にも幾度となく『ハイ・ライフ』から引用している。それほどユニークなコラム集をなぜタキは書き得たか?
それは、タキ自身が上流社会に身を置くインサイダーだからだ。
タキは、1937年、ギリシャの海運王ジョン・テオドラコプロスを父に生まれた。祖父は、ギリシャの首相をつとめたこともある、名門かつ資産家のドラ息子である。
当時のヨーロッパの金持ちの例に漏れず、タキはアメリカで学生時代を送る。何を好んでか、有名プレップスクールを3校はしごし、南部のヴァージニア大学に進むも、ドラ息子はドラ息子、父親のツケでニューヨークのプラザホテルに居を構え、女遊び三昧。
一応ヘミングウェイのような「作家志望」であったが、自分の才能に見切りをつけ、スポーツと女性に人生を集中する。テニスも空手もギリシャの代表選手になるほど運動神経に恵まれていた。
1965年、フランス貴族の娘クリスティーナ・ド・カラマンと結婚し、落ち着くかと見えたが、『ニューズウイーク』の記者、アルノー・ド・ボルシュグラーブとの出会いが、燻っていた表現者としての欲求に再び火をつける。『パリ・マッチ』や『ニューズウイーク』にカメラマンとして参加、ジャーナリストとしての道を歩みだす。
そして1977年、『スペクテーター』誌の編集長アレクサンダー・チャンセラーから伝説のコラム「ハイ・ライフ」の連載を依頼されるのである。
このコラムの凄さは、三つある。一つ目は、タキ自身も属する、ジェットセット族と呼ばれ、世界を飛び回って贅沢人生を送る男女の内幕を赤裸々に描きだしたことである。
お馴染みであろう、ロスチャイルド家の男たち、タキの親友であるフィアット社会長ジャンニ・アニエリ、作家のトルーマン・カポーティ、写真家のリチャード・アヴェドン、第二次大戦後最大の海運王アリストテレス・オナシスなど、最初の50ページだけでもこれだけの名士がその生態をさらけだす。彼らは皆タキの仲間なのだ。
ところが、タキのペンは、仲間といえど遠慮がない。これが二つ目だ。いい男はいいし、ダメなやつはダメで、いまに至るまで何度も筆禍事件を起こしている。それでも平チャラなのは、タキには金の心配がなく、恐れるものがないからなのである。
三つ目は、古き佳きものこそ価値があるという保守主義を曲げない彼のスタンスである。いまだから反グローバリズムだ、トランプ現象だと騒ぐが、’80年代はリベラリズムが世界を席巻していた時代である。そんな逆風のなか、あえて、紳士とは、マナーや教養を大切にし、いざというときは身を投げ出す覚悟がなくてはいけないと、ノブレス・オブリージュに通じる、上流階級の責任を説く鼻柱の強さ。
ときにはその強気が仇になる。1985年コカイン所持の罪で英国の刑務所で3か月服役。だが、タキはしれっとこう言うのだ。「そのおかげで海運関係の友人は何人か失ったさ。しかし上流階級の友人で僕から離れたヤツはひとりもいない」。そのペンの激しさとは裏腹に、友情に厚いダンディの姿がある。
筆者のネタ本中のネタ本『ハイ・ライフ』、どこかでぜひご一読を!
- TEXT :
- 林 信朗 服飾評論家
- BY :
- MEN'S Precious2017年春号ダンディズム烈伝より
- クレジット :
- 文/林 信朗 イラスト/木村タカヒロ