和食器で味わうカクテル

前編でも折に触れて伝えてきたが、井上氏の美意識は群を抜く。驚いたことに、カクテルを和の器で出されたのだ。

作家ものの和食器(手前:津田友子氏作、奥:富田啓之氏作)で出されたジントニック

丸い器と対比をなす四角い氷、そこに頼りなく浮かぶレモンピール。中身はジントニックでありながら、日本的な美的感覚が横溢している。

「抹茶碗なので、両手で包んで飲むことになるでしょう。それが聖杯のようでいいかな、と。時間が経って器の表面に水滴が現れてくると、また表情が変わるのもいいですよ」

凝り性の井上氏のこと、陶芸も始めたのかと尋ねた。

「自分の求めるレベルには到達できないので、作陶することはないでしょうね」

美に関しては、どこまでもストイックだ。

『アーツ』のスペシャリティは、カウンターでフランベ!

高い美意識を支えるのは、一つのことに徹底的に取り組むこだわりが大きいだろう。そこで得た経験や知識が美意識へとアップデートされていく。刺激的なことを吸収したら、そのままアウトプットするのではなく、昇華して提供することも心がけている。

例えば井上氏は香水の調合からアロマオイルを学び、ディプロマを取得している。バーとアロマ、一見すると結びつきづらい。しかし井上氏はそれをカクテルに反映する。

カウンターに並ぶアロマオイルの数々

そのカクテルが『アーツ』のスペシャリティである『セロリとピンクペッパーのカクテル』だ。 まず取り出したるはスキレット。そこにセロリを投入し、フランベする。

カウンターでフランベされるセロリ

これはセロリを加熱することで甘みを引き出すためで、このカクテルには必要なステップ。それをエンターテインメントとして我々の前で披露してくれる心意気が憎い。その後にホールのピンクペッパー、ボンベイ ドライ ジンを加え、セロリとともにミキサーにかける。最後にソーダで割ったら完成だ。

『セロリとピンクペッパーのカクテル』1,800円

まずセロリの苦味が口の中に広がり、ピンクペッパーの刺激がアクセントとして表れてくる。一口一口、じっくりと楽しみたいカクテルだ。

それにしてもこういった独創的なアイデアはどう思いつくのだろう。

「閃きですね。スーパーで見かけた食材から考えたり」

と、なんとも飄々としている。でもこのカクテルを作っていくなかで、何度もpHという言葉を口にしていた。ロジックにカクテル作りに取り組んでいる姿勢がうかがえた。

店の価値観に合う客を大切にするだけ

今、井上氏が熱中しているものがある。それがワインだ。もともと関心はなかったものの、ある時『ドメーヌ デュジャック』を口にして開眼。

井上氏がとっておきと語る3本のワイン

ソムリエの資格を取得し、今では自らの足で探すのはもちろん、食中酒ではなくワイン自体に向き合って飲むブルゴーニュの赤をはじめとした銘柄を揃えている。飲めるのは数年後。熟成されていくのを心待ちにしている客も多い。

一から手がけた内装、カクテル、オジリナルのラベル作り、一つ一つ手にとって選び取ったグラスや器、そしてワイン。こだわりが多層的な魅力につながり、とにかく客を飽きさせない。

「そういった面白みが、この店の強みにもなっているかもしれません。素晴らしいお酒や調度品、器、音楽、スタッフ、接客を揃えても、結局良いお客さまがいないと心地のいい空間は生まれません。でもすべてのお客さまにとって最高の空間というのは難しい。だから店が主導し、その価値観に賛同してくださるお客さまを大事にするしかありません。確かに僕の気位は高いし(笑)、敷居が高い店と思われる部分もありますが、価格は良心的に設定しています」

最後に南青山という地で店を構えた理由を聞いた。

「憧れの『バー・ラジオ』もありますし、自分が勝負するなら南青山だと決めていました。2002年にオープンした時はかっこいい大人が遊べる街でしたが、リーマンショックを境にどんどん元気がなくなってきて。今ようやく盛り返してきていますが、全盛期にはおよびません。僕はバーテンダーとして、南青山を再び大人が楽しめる街として盛り上げていければ思っています」

次回からは井上氏が懇意にしている、気鋭のバーテンダーがいるバーを中心に紹介していく。

問い合わせ先

  • アーツ TEL:03-5411-6618
  • 住所/東京都港区南青山3-2-6 セントラル第5ビルBF
    営業時間/20:00〜26:00
    定休日/日曜、祝日
この記事の執筆者
フリーランスのライター・エディターとして10年以上に渡って女性誌を中心に活躍。MEN'S Preciousでは女性ならではの視点で現代紳士に必要なライフスタイルや、アイテムを提案する。
PHOTO :
小倉雄一郎
COOPERATION :
ARTS
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