クルマの世界ではいよいよ脱化石燃料化の動きが加速している感があると、ライフスタイルジャーナリストの小川フミオ氏はいう。その地ならしをしてきたアウディが新たに送り出したのが、クロスオーバータイプの「e-tron」だ。新しい年にふさわしい新しい乗り物を。ただし、その出来栄えはいい意味で普通。電気自動車を構えずに「はおれる=乗れる」という点で、時代は確かに進んでいる。
3つの電気モーターを内蔵し電気式4WDで走る
洋服の世界では化学繊維のマイクロプラスチックと環境の関係がとりざたされるようになっているが(天然素材にこだわる本サイトではほとんど無縁の話)、クルマの世界ではいよいよ脱化石燃料化の動きが加速している感がある。
アウディが2018年12月に中東アブダビのマスダールシティを舞台に試乗会を開催したのは、完全な電気自動車「e-tron(イートロン)」だ。電動化のための新しいプラットフォームを使い、モーターによる四輪駆動システム、画期的なエネルギー回生システム、それに急速充電システムと、アウディの本気を感じさせる出来である。
e-tronという名前はアウディがこのところ、ことあるごとに電気自動車やハイブリッドのコンセプトモデルに使用してきた。スポーツモデルもあればクーペもあり、新しいクルマのライフスタイルを提案するコンセプトとして”地ならし”が行われてきたのだ。
そして本命がここにきてようやく姿を表した。外観は見ていただければわかるように、背が高めのフツウのハッチバックである。SUV的な要素もあるので、いまの言葉でいえばクロスオーバーというのがふさわしいカテゴリーかもしれない。
この中に収まっているのは、3つの電気モーターと、大きなリチウムイオン電池である。モーターは前輪がわと後輪がわに1基ずつ。それで「e-quattro(イークワトロ)」と呼ばれる電気式の四輪駆動システムが作動する。ブースト時(最高出力発生時)のパワーは300キロワット、トルクは664Nmに達する。
静止から時速100キロまでの加速には5.8秒しかかからず、最高速は現在時速200キロに電気的に設定されているが、実際はもっと速く走ることも理論的には可能であるようだ。
つくり込みの高さはアウディならでは
マスダールシティはアブダビを中心に、アラブ首長国連邦による現地でいかなる都市がサステナブルかを実証していくための人工的な街として作られた。基本の設計は英国の著名な建築家ノーマン・フォスターひきいる「フォスター+パートナーズ」である。
太陽光発電や、電気を使わない現地での伝統的な風による建物の冷却システムを現代的に再設計するなど、さまざまな試みがなされているマスダールシティでは、モビリティの面では無人で走行する電気自動車のピープルムーバーの導入が記憶に新しい。
アウディではここに設置された大容量のバッテリーに対応する急速充電システムを使い、e-tronをずらりと並べ、そこから高速、山岳路、砂漠と、あらゆるシチュエーションでの試乗を体験させてくれた。
とにかく感心したのは、e-tronのクルマとしての完成度の高さだ。速く、乗り心地がよく、静かで、そして広い。実車は全長が4.9メートル、全高が1.61メートルあるので、想像以上に大きかったが、ディテールの作りこみなどクオリティの追求はアウディならではと感心させられる。
高出力のバッテリーとパワフルな電気モーターのおかげで、軽く踏み込んだだけで、驚くほどの加速力をみせてくれた。静粛性が高いので早く感じないのだが、速度計を見ていると、こんなに速いのか、と感心するほどだ。
アブダビは市街地でも最高速が時速140キロなんていう区間があったりするので、e-tronを試すにはちょうどよい環境だ。アウディではそのあと山岳路へと案内してくれてワインディングロードでのコーナリング性能を試す機会を与えてくれた。
コーナリング能力は高く、操舵への車体の反応も期待以上によい。大きなボディと700キロのバッテリーというハンデをものともせず、というかんじで走る。ここで白状すると、最初のコーナーだけはオーバースピードで突っ込んでしまった。
なんとか対向車線に飛び出さずに済んだが、それは加速性のよさゆえだった。ドライバーはこの大パワーにまず慣れる必要がある。いっぽうステアリングホイールで抑え込むようなコーナリングをしても、e-tronはタイトコーナーを難なくこなしてしまうことがわかったのである。
砂漠も走れる電気自動車
e-tronにはもうひとつ、秘密兵器がある。ステアリングホイールのコラムから生えているエネルギー回生を調節するレバーだ。3段階で回生の度合いを選べる。つまり回生を強くすると、アクセルペダルの踏み込みを弱めたときに、ぐっと制動がかかる。その制動の効き具合が調節できるのだ。
回生を強くするとそれだけ電気の回収率が高まる。いっぽうでいわゆる強いエンジンブレーキのようでふだんの使い方でうっとおしいと感じられるときもある。山道のくだりではレバーを使いわけるとブレーキペダルを踏まなくても速度調節できる場面も多く、慣れると意外に便利だと感じた。
またe-tronでエネルギーの回生について感心したことがある。往々に回生システムを使うハイブリッド車では、バッテリーの充電状況によってブレーキの効きが変わるという不具合があるのだが、それもないようだ。終始変わらないフィールも評価したい。
砂漠もコースの一部に組み込まれていたのにはびっくりした。中東では、砂漠のなかに宅地やオフィスや道がある、というほうが正しいので、砂漠のなかにも通れる場所がある。もちろん舗装はない。砂が深くないところが自然とコースになり、前のクルマのわだちをたどるようにして走るのだ。
電気式クワトロシステムは、アウディの従来の例にしたがい高速での直進安定性に寄与するとともに、オフロードでもみごとな性能ぶりを発揮した。オフロードモードをモニターで選ぶと電子制御サスペンションが動き、車高が自動的に持ち上がる。
砂の上で走った経験があるひとがどれぐらいいるかわからないけれど、雪とはまた違うやっかいな路面である。行けるかな?と思って乗り入れると、砂をかくばかりでにっちもさっちもいかなくなることもあるのだ。
そこをe-tronは難なく走りきった。途中、1回だけ砂の深いところでスタックぎみになったことがある。ただしノーマルタイヤだったので、それはしようがない。それ以外はふつうの速度で砂漠を走破してしまったことが性能ぶりを端的に表している。
いまアウディでは早くも、続くモデルとして「e-tronスポーツバック」というよりスポーティなルックスのクーペ的な4ドアモデルを用意している。さらにポルシェと共同で、スポーツEV(電気自動車)向けの低床プラットフォームを準備していることも発表している。
フル充電で400キロの航続距離を持つという性能に加えて、このようにライフスタイルカーとしてラインナップの拡充が進むのがe-tronの特徴である。電気自動車がかなり身近になってきた感が強い。
- TEXT :
- 小川フミオ ライフスタイルジャーナリスト